第21話 イェスイの眼差し

「救護部隊? 確か参謀府もあるでしょ?」

「準備だけは念入りなわけよ。他にも色々やってるみたい」

「それを聞き出してきたわけね」


 男子寮がついに持ち得なかった存在。諜報専門とも斥候部隊とも言うべき存在がセツミだ。元々男子は生徒数が多いこともあって結束は堅くない。というよりもむしろ出身国別に派閥が形成されていると言ってもいい。


 そういった微妙な力関係を読み取って、セツミはそっと近付いていく。容姿に恵まれていることもあり、ほとんどの男子はベラベラと話してしまうのだ。

 その手際の良さは、ほとんど天性と言っても良い。


「……セツミ、よく調べてくれたわ」


 コウハの声が静かに響く。


「コウハさん! そんな私なんかまだまだです!」

「本当にまだまだだわ――どうしてそういうものが作れるのを報告しないの」

「ふぇ?」


 一瞬、誉められたと舞い上がるセツミにコウハの硬質な声。


「基本的にハクオン先生、男子がやりたいって事を拒否しないみたいなのよね」


 ミクリアがとどめを刺す。ミクリアの方は逆に教師達からの受けが良いので、模擬戦に関する重要な情報は漏れてこないが、噂話ぐらいは女子の中でも事情通だ。


「それって男子を贔屓してるってこと?」


 セツミが自分の失敗を誤魔化すかのように勢い込んでみせるが、


「そんなの男子しか言わないからでしょ。こっちだって言ったら、通るに違いないわ。昨日のハクオン先生見たでしょ」


 リリーアンの言うとおりだった。最初の宣言通り、男女の扱いにまったく差はないようで、どちらの扱いにも平等にやる気が感じられない。


「ミクリア、その救護部隊やってくれる?」


 コウハの突然の指名に戸惑うミクリア。


「それいいわ。ね、やってよミクリア。戦場に出るわけでもないし、危ないこと無いわよ」

「で、でも、私、そんなに成績良くないし……」

「大丈夫。私達もミクリアが治してくれると思った方が安心できるもの。もっともそれも模擬なんだけどね。イェスイもその方が良いよね」


 未だに試作品に取り付いていたイェスイが、コクコクと熱心に頷く。


「じゃ、じゃあ……やってみます。ハクオン先生に申し込めば良いんですよね」

「それで良いと思う。惜しいわ……救護部隊が居れば今日は休戦に応じることもなかったのに」

「うぐっ」


 未だに厳しい評価のままの先輩の言葉に、セツミが傷ついていると、それを助けるつもりでもないだろうが、リリーアンがある意味ではそれよりも厳しい疑問点を口にする。


「でも休戦じゃなかったら、何をするの?」

「それは……」


 自分達が自由に動けるとしても、相手は寮に立てこもって出てこないだろう。

 寮自体には防禦機能がないが、地の利は確実に向こうにあるとか、後背を取られるとか、そういう単純な話しだけではなく、その有利さは戦力判定機にも反映されるのだ。


 過去のなぁなぁな戦いの間でも、その寮の有利さを知らずに戦った男子が、女子寮で全滅の憂き目にあっている。

 最終日というなら討って出てくるだろうが、まだ二日目では博打に出る理由がない。


「イェスイは、昨日みたいな時に何でも自由できるなら、何かしたいことはある?」


 ミクリアが水を向けると、イェスイは少し首を傾げて、


「広場の真ん中に砦を作りたい」


 と、宣言する。


「砦? 何言ってるの? そんなもの作れるはずないじゃない?」

「でも、みんなは怪我はしてないけど、怪我をしてる“ごっこ”でしょ」


 セツミの上からの物言いにのイェスイが反論する。著しく表現が幼いが、確かに模擬戦は言い換えれば“ごっこ”遊びと言えなくもない。


「……ちょっと待って、じゃあ砦も建てたていに出来るって事?」


 リリーアンがイェスイの言葉を先取りして通訳してみせる。


「うん、あのね……えっと……」


 今までの祝勝会で、散乱した取り皿を食卓の上に並べ始めるイェスイ。何事が起こるのかと、全員が見つめる中、イェスイは手を止めると、


「こっちが家」

「家? ああ、女子寮ね」

「ということはこっちが、男子寮――そうか、昨日あたし達の攻撃が通用しないわけがわかったわ」


 男子寮の前に積み重ねられた取り皿をみて、コウハが呻く。


「……どういう事ですか?」


 セツミが真剣な口調で尋ねると、


「見て。この男子寮の前、谷みたいなのが出来てるでしょ。昨日のあたしとリリーアンは、ここに誘い込まれていたのよ」

「待って下さい。そもそもこの地形――は何なんですか?」

「尋ねる相手を間違ってるわよ。ちゃんとイェスイに聞きなさい」


 自分にばかり懐いて、他国の者と一線を引いているセツミに含むところがあったのだろう。救護部隊の事も含めて、かなり冷淡な声音と言葉にさすがのセツミも表情を引き締める。


 そして、覚悟を決めて後輩に尋ねた。


「イェスイ――せ、説明してくれる?」

「……あ、あのね。広場は化粧石が使われているでしょ。それを見ていくと何となく見えてくるの。あの広場がどんな地形なのか」

「化粧石……」


 確かに広場が色分けされていることは知っていたが、そこから地形を読み取るなど、セツミは考えたこともなかった。そしてそれは他の三人も々だ。


「それで、イェスイは砦の事を話したかったのよね」


 落ち込んでばかりもいられないと、リリーアンが気を取り直して話を向けると、


「うん。昨日、広場にほとんど人がいなくなったでしょ。それで、色々見てたの」


 いつもなら生徒達が三々五々と広がっている広場を、人見知りのイェスイが調べられるはずがない。だが昨日は状況がまったく異なっていた。生徒のほとんどが男子寮前に集まったので、イェスイもゆっくりと調べることが出来たということだろう。


「……それはコチ先生も災難だわ」

「いや、あの先生のことだからイェスイがくるくる回ってる間、真ん中でドンと待っていたに違いないわ」


「それで、砦を築くのに良い場所があったのね?」

「うん。ここ」


 と、イェスイが指差したのは食卓のほぼ中央。それはつまり広場においても中央の場所と言うことだ。


「こんな都合の良い場所に?」


 セツミがやっかみ半分気味でそういうと、


「でも、それは地形を読み取ることが出来れば、の話でしょ。しかも砦を作ろうとしたときに始めて見えてくる場所なんじゃないかしら?」

「ミクリア、それ当たりよ」


 リリーアンが嬉しそうに声を上げる。


「そうね。模擬戦の歴史は学院の歴史。そのぐらいの仕掛けはあると見た方が無難でしょうね」

「でも、砦を作る時間はないのよね……」


 さすがに反省したのか、セツミが肩を落としながら悲しい現実を口にする。そんなセツミの肩にコウハはポンと手を置く。


「コウハさん……」


 セツミの瞳が潤む。


「ま、過ぎたことはしょうがない。セツミとミクリアが聞いてきてくれた情報もあるんだし、気を取り直して頑張ろう。いやらしい男子達を駆逐するために!」


 リリーアンが明るく締めて、祝勝会はお開きとなった。

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