第20話 外付けの別腹
ヘルデライバ島は一種の――というよりは、むしろ堂々とした治外法権扱いである。
三国で受け入れられなかった異端者が、流れに流れてこの島にたどり着くことも珍しい話ではない。
ゴールディアにテクイという男が居た。
ソーレイトにマーシャという女が居た。
異なる国出身の二人だが、この二人には共通点があった。
それは今までは食事の添え物に過ぎなかったある種の料理に心血を注いで、一つの独立した品目として確立しようとしていたのだ。
一般に言うところのその料理の種類は――お菓子。
故郷では受け入れられなかった二人の情熱は、このヘルデライバで見事に花開いた。
それがヘルデライバにしか存在しない菓子専門店「テクイ・マーシャ」開店の経緯である。この店の存在は、一説には学院の女子生徒数を増加させた一員とも言われ、事実この離れ小島にわざわざ使いの者を寄越して菓子を求める王侯貴族も少なくない。
今日はその店に女子代表と他数名が昼下がりから陣取っていた。
昨日の戦勝祝いといったところだろう。
「テクイ・マーシャ」は外観は丸木をそのまま積み上げたような素朴な外観の店だ。それは当初、ヘルデライバでは石材の調達のしようがなく、建築技術もない二人の苦肉の策だったが、思ったよりも外観に味が出ていた。
女子生徒達に言わせるところの「可愛い」という外観を獲得できていたわけだ。
そのため売り上げが軌道に乗り、店の全面改装を行う際にも、この素朴な外観は残され「テクイ・マーシャ」はその外観についても異端さを世に知られることとなった。
女子代表達がいるのは、その全面改装によって増設された露天部分だ。
季候も良く、天気も上々である今ぐらいしか使いようがないということで、屋外での戦勝祝いとなった。
参加者は、コウハ、リリーアン、セツミ、ミクリア。そしてもちろんイェスイである。
「なんだか、大活躍だったらしいね。ということで、ちょっと試してみてよ」
とそこに陶器製の深皿を持ってやって来たのは、マーシャだ。
ソーレイト人らしく黒髪に黒い瞳。それに加えて地味な顔立ちで、印象に残りづらい容姿の持ち主だが、腕は確かな職人である。
作業着でもある白い割烹着を着ているので、ますます印象に残りにくくなっている――容姿に関しては。
「あれ、もう知れ渡ってるの?」
と自慢げに応じたのは、ほとんど無関係のセツミだ。
「もちろん。ウチのお客さんは女の子ばかりだもの。イェスイちゃんが大活躍だったらしいじゃない?」
「そうね。イェスイは凄かった……」
「あたし達は全然でした……」
と、さすがに落ち込むのはコウハとリリーアンだ。イェスイは自分の昨日の働きがどれほどのものをかを、今ひとつ理解していないのだろう。
のほほんと、ヤオナで評判の餡を餅で包んだお菓子を頬張っていた。
「それで、試すというのは?」
「うん。ちょっと思いついたことがあるんだけどね。お祝いの意味も込めてごちそうするからさ。感想を貰えないかと思って」
ミクリアが尋ねると、マーシャは深皿をテーブルに置きながらそう答えた。
「“思いついた”?」
おおよそ、料理に対する言葉ではないことに不安を覚えたミクリアだが、皿の中にあるものはそれほどおかしなものには見えなかった。
卵色の皮膜が皿一杯に広がっていて、その上に果物が適度に配置されている。
「これは……」
「見たことありますね」
それを見てヤオナ出身の二人が反応した。
「そう。これは元はヤオナの“茶碗蒸し”を参考にしたんだ。食感が面白かったからね。それを甘くしたらどうだろうって思ってさ」
それを聞いたセツミが露骨に顔をしかめた。彼女にとって“茶碗蒸し”とは出汁の効いた、前菜の一種であるという常識がある。
「やめろやめろ! そんなもの旨いわけがない!」
セツミの心の声を代弁するかのような胴間声が飛び込んできた。
この店のもう一人の職人、テクイである。大きな
ゴールディア人らしい彫りの深い顔立ちは、実は女生徒からのも人気が高い。
ただ、今の発言からもわかるように性格に少々難がある。
「うるさいわね! ちょっと黙ってなさいよ!! 独創性の素養がないのは!」
負けじと言い返すマーシャ。
そもそも二人共が異端になることを恐れずに、最終的にこの島にまでたどり着いた頑固者だ。
寄ると触るとこうやって喧嘩になるのも当然の話で、今ではお菓子と並ぶ「テクイ・マーシャ」の名物と化している。
「なんだ、てめぇ! お前は自由すぎるんだよ」
「店を出したら、守りに入ったって言うわけ? 情けない男ね」
「今度という今度は勘弁ならねぇ!」
取っ組み合いを始める二人を、慌てることなく、むしろ醒めた目で見つめる女子一同。この二人の喧嘩はいわゆる“犬も食わない”類のものなので、関わるだけ損なのだ。
それよりも今は、この試作品に誰が一番に手を付けるか、という当面の問題がある。
「私食べる」
先輩達の躊躇にまったく構うことなく、イェスイが宣言するがそれを全員が押しとどめる。妙なものを食べてお腹を壊されては戦力の大幅な低下に繋がるし、何よりイェスイは何を食べても「美味しい」としか言わない。
コウハとセツミは何より茶碗蒸しの印象が強い。となると、ソーレイト出身の二人に託したいところだが、ミクリアはすでに過度な糖分摂取に腰が引けている。
「……私か」
リリーアンが覚悟を決めた。
匙を皮膜に匙を差し込むと一掬いとって、そのまま思い切りよく口に運んだ。
「どうだ?」
と一番に尋ねてきたのは、テクイだった。
「あ、甘い……」
と身も蓋もない感想を口にするリリーアン。全員が微妙な表情を浮かべる中、リリーアンの表情がだんだんと変化していく。
「あ、でも食感は悪くない……というか、かなり面白いかも」
とにかくまずくはないらしいと、他の女子達が手を伸ばし、全員が可もなく不可もなくという表情を浮かべるのを見て、マーシャ目に見えて落胆する。
「問題点は?」
テクイが真剣な眼差しで尋ねると、
「何となく水っぽい?」
「口当たりが、ちょっとボソボソしてるかも」
「これだけだとちょっと寂しいかな」
さすがに口の肥えた常連客が揃っているだけのことはある。次から次へと具体的な問題点が挙げられていく。
「……よし、それなら何とかなる」
「ええ? あの案を使うつもりなの?」
そこで女子全員が半眼になる。試作品も結局、二人で検討しているではないか。
「お前は寂しい味の方を何とかしろ」
「寂しいとか言うな!」
そうやって言い争いながら、厨房へと引っ込んでいく二人。
それを見送ったコウハが、疲れたように別の話題を捜し、結局はこれしかないかと諦めと共に、こんな言葉を口にした。
「……今日は向こうの休戦に応じたけど、明日からどうする?」
戦勝会でする話題ではないかも知れないが、どちらにしろ会議は必要なのだ。
ここでやってしまっても悪くはあるまい。
するとリリーアンもそれには同意のようで、積極的にその話に乗ってきた。
「向こうは全滅してる部隊もあるんだし、こっちが先に回復するでしょ。そしたらもう休戦に応じなくても……」
「それは甘いわね。男子は救護部隊も作ってるみたい」
リリーアンの見通しにセツミが待ったをかける。
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