第三章 雨中に聳える

第19話 まずは激励会を

 ヘルデライバ島には学院だけがポツンと建っているわけではない。

 確かに島の大部分を学院が占有しているのは事実だが、島の西南にはクルラーテという街がある。いや、これでは順序が逆だ。


 ヘルデライバには元々クルラーテと名付けられる前の集落があった。


 ――海賊の集落が。


 ヘルデライバはソーレイト、ゴールディア、ヤオナから測ったように等距離離れた小島であり、ヤオナ系の海賊が住み着いてソーレイトとゴールディアを荒らしに荒らしていたのだ。


 そこにジャーチが乗り込み学院を創設してしまった。

 経緯も資金源も未だに全くの謎。気付けばそこに学院があった、という表現が一番しっくり来る。そして海賊の集落はクルラーテと名付けられ、学生街へと変貌を遂げた。


 無論、集落時代の闇が完全に消えることもなかったが、圧倒的な学生の数を前にして片隅に追いやられたのだ。


 学院の正門を抜けると、港に向けてなだらかな坂道が続いている。その道沿いに、さすがに学院の中にあってはまずいだろうという、各種店舗が建ち並んでいる。


 取り扱う品物が微妙なものばかりの例の雑貨屋に、学院の食堂がソーレイト風に偏っていることを見越しての、ヤオナとゴールディア風の食堂各種。生徒達の鬱憤晴らしに使われる闘技場等々。


 実は路地の奥には娼館まであるのだが、さすがにここには学院外といえども年齢制限がかかっており、七年次生以上が利用することが出来る。


「今日は俺のおごりだ。良いところに連れてってやる」


 相変わらずの上からの物言いでチャガがそう宣言したのは、やはり全ての講義が終わってからだ。男子代表全員に、ソーレイトの参謀三人組までを全員揃えようとするなら、どうしてもこの時間帯になってしまう。


 もっとも全員が、真面目に授業を受けているわけでは無く、はっきり言ってしまえばソーレイト三人組待ちだ。


 クルラーテの中心部に向かう坂道の途中、もちろん十二人が並んで進んでいるわけではないが、男子寮代表はあらゆる面で他を圧する存在でもある。

 街へ向かう生徒が多数居る中で、彼らの周囲にだけ人が寄りついてこない。


 今までそういう立ち位置に立ったことがない、ジルダンテ達ははっきり言って浮き足立っていた。


「そんな、チャガさん……その場所は僕たちほとんど入れませんよ……えっと、ムカさんだけ?」


 そんな中。恐る恐る、それでいて期待を込めた眼差しと共にウルツがそう返すと、


「……お前、ヘンラックとシュウガに協力しているだけだという建前はどうした?」


 チャガが半眼でさらに尋ね返す。するとウルツはいかにも心外だといわんばかりに鼻の穴を広げて、ムキになってこう言い返した。


「何を言ってるんです。それは建前ではなく正当な理由です」

「……とにかく、今日連れて行く店はそういう方面ではない。スプットという店だ。肉を食うぞ肉を」


 その言葉にオゴアにテルイ、それにウルツが先ほどまでの欲求を引っ込めて、別の欲求に囚われたらしい。


 一方で多彩な食文化を持つソーレイト出身者はそれほど肉食に郷愁を感じることもなく、ヤオナ出身者に至っては、そもそも肉食の習慣がほとんどない。


「肉か。いいねぇ。ヤフウも好きだったよな」


 そういう事情がありながらも、ヤオナ出身のシュウガが舌なめずりをする。さすがに学院生活が長いと肉食にも慣れてくるものだ。


「勝手に話を進めるな」


 そんな中でムカがその流れを止める。肉に籠絡されつつある末弟を目で牽制しつつ、すぐ下の弟、キサトリを従えていつものように反抗的な態度を崩そうとしない。


「なんだ、肉が嫌なら別に他のところでも良いが……あ、例のところはダメだぞ」

「お前も馬鹿だ」

「何だ貴様! 俺がこうしておごってやろうという言っているのに!!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて」


 すっかり調整役を任されてしまった、発病していないときのヘンラックがさっそくチャガを宥めにかかる。そしてムカへと視線を向けて、


「お肉は気に入りませんか?」

「……飯を食うことには文句はない。小さいのもいるし、たまに喰わせてやる分には喜ぶだろう。ただおごりというのが気にくわない」


 ムカがそう告げると、チャガが何か言い返そうとする。だが、それをヘンラックが押しとどめた。すると、ムカが続けて語りはじめる。


「……昨日の戦いで、不甲斐ない姿を見せたのは俺も同じだ。今日だって俺たちの戦力が回復しないから、こんな時間なのに戦うことも出来ていない」


 模擬戦は七日間続く。だから本来は今も模擬戦に割り当てられている時間なのだ。だが、一度全滅した部隊が回復するには時間がかかる。

 あのイェスイが居るというのに、チャガとムカの戦力なしではどう考えても勝ち目がない。だから女子に休戦を申し込んで今の時間がある。


 逆に言うと模擬戦に充てるべき時間がぽっかりと空いてしまったからこそ、この十二人が綺麗に揃う事が出来たのである。


「それは、女子だって同じです。俺たちは敵戦力の半分に壊滅的な損害を与えたんですよ」

「…………」


 ヘンラックはそう主張するが、全員総掛かりで、やっと削り取った損害と、たった一部隊に一方的に蹂躙された損害とでは質が違いすぎる。


 だが、ムカもムキになってそれを指摘したりはしない。

 腐っても軍事学校の生徒である。指揮官には意地を張り通さなければならない時があることぐらいは心得ていた。


 自軍の弱点の究明は、あとで機会を設ければいい。いまはヤフウやテルイ――いや男子代表全体の士気を上げなければ、戦うこともままならないだろう。


「……とにかく、チャガにだけ払わせるのは癪に障るという話だ」


 ムカも口べたなのは自認しているのだろう。

 ヘンラックの取りなしで、それかけた話を強引に元の流れに引き戻すムカ。


「そ、それはそうかもしれんが……」


 チャガとムカでは経済事情が大きく異なる。


 学院は生徒達の経済事情には基本的に干渉しない。ソーレイトの参謀組のように奨学金制度を利用しているものもいるが、使う分には完全に個人の自由である。


 一般に気前の良い事が良い指導者の条件とされるゴールディアは金回りが良く、ヤオナは金銭に関わることを軽視する傾向がある。

 もちろんムカもその例には漏れないから、自由に出来る金はそれほどはないはずだ。


 チャガと折半するとしても、かなり厳しいであろうことは推測できるわけだ。チャガはそんな事情を察して返答を躊躇ったのだが、その時、オゴアが口を挟んできた。


「そうはいきません。仮にもゴールディアの男が一度口に出したことを易々と撤回できますか」

「お、おい」


 日頃は穏和な性格のオゴアにしては挑発的な物言いにチャガは慌て、ムカの目つきがいつも通りに剣呑なものへと変化する。


「そこで提案ですが、街には闘技場もありますし、チャガさんと戦って皆にごちそうする権利を勝ち取ってください」

「何だと?」


 その言葉にはムカではなくキサトリが凄んでくるが、


「だって、ちょっとご飯には早いだろ。何だったら君の相手は俺がするよ」


 理由としてはいささか拍子抜けするものだったが、その提案は力の有り余った“男の子”の琴線に触れるものがあったらしい。


 ウルツやソーレイトの参謀達も自分が参加するのは遠慮したい、というところだがオゴアの提案自体には文句はないようだ。


「あ、じゃあ俺も出る!」

「「「「「お前は出るな!!」」」」」


 シュウガの気軽な発言に、男子代表の切実な声が重なった。

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