第36話 目標は――?
女子が男子の異変に気付いた事は、当然といえば当然だった。
男子寮から出てきたヘンラックとウルツが実技教練の時に使う、槍代わりの長い棒を携えているのだから、これは気付かない方がおかしい。
「ハクオン先生あれなんですか!」
明らかに武器を手にした姿に、リリーアンが敢然と抗議を叩き付けるが、
「わかってる。あれは攻城塔がそこにあるという合図だ。あんな目立つ者が目の前に来るまで正体がわからないなんて話もないからな。女子にもわかりやすいように、目印で持たせた」
「こ、攻城塔なんて物を許したんですか?」
「造ると言い出したのは三日も前のことだからな。最終日にしか間に合わないと言ったが、結局この最終日に賭けてきたみたいだ」
「く……」
ハクオンの判断にケチを付けるべき要素が見つからない。
これで砦に有効な打撃を与える兵器が、ヤオナ組の操る軍船に攻城塔と二つになってしまった。これでは砦の外壁が持つかどうかわからない。
「リリーアン、これは大砲を向けるべきなんじゃ……」
今まさにリリーアンが考えていたことをコウハが口にする。
大砲の照準は補給線の維持には必要な物だ。だが、最終日となった今、補給ばかりを優先して砦が崩されるのも問題がある。
「先生……シュウガさんのも……意味ありますか?」
と、イェスイが尋ねたところで角突き合わせて思案していた二人も、ようやくシュウガの変化にも気付いた。
シュウガはどういうわけか唐草模様の風呂敷を背中に担いでいたのだ。
「あ、あれも何かの兵器ですか?」
「俺は知らん」
ハクオンが吐き捨てるように答える。だが、それだけでは余りにも説明不足だと感じたのだろう。そのすぐ後にこう付け足した。
「安心しろ。あれが本当に武器だったら、そのまま男子が全滅の判定を下す」
「……わかりました」
そこまで請け負われてはは、引き下がるしかない。
何にしろハクオンの許可を取っていないと言うことであれば、攻城塔のような厄介な兵器である可能性は無視しても構わないのだから。
やがて、後二刻を知らせる鐘が鳴った。
するとヤオナ組はいつも通りの手順で噴水へと進んでいく。今日も果断無い砲撃を砦にくわえるつもりらしい。
その砲撃が丸一日続いても、砦の外壁が崩れないことは証明済みだが、そこに攻城塔のような、外壁破壊装置の付いた兵器が加わるとなると話が別だ。
それに破城槌に効果が無くても、取り付かれてしまっては、男子の砦への侵入が許可される可能性もある。
「攻城塔を狙う」
リリーアンが決断した。
「ええ」
コウハもそれに同意する。
そしてそれを、オークルとハクオンに宣言する。
「わかりました」
「了解した」
広場は何処でも大砲の射程内だ。照準変更さえ出来れば攻城塔は何処にいても攻撃できる。
だがその照準変更に幾ばくかの時間がかかる。
オークルがそれの計測をしている間に男子の方で動きがあった。
ヘンラックが腕を振るうと、今までは待機していたゴールディアの騎馬部隊が、一斉に動き出した。
それも今までのような、散開して誘うような動きではない。三人が集団になって砦を迂回しつつ砦と女子寮との間に入り込む構えだ。
さっそく補給線を脅かしに来たらしい。
だが、それは女子も読んでいた。
「イェスイ……」
砲撃の代わりに、イェスイを迎撃にあたらせる。
集団で動いている上に警戒もしているだろうから、いくらイェスイといえども一瞬で相手を粉砕することは出来ないだろう。
だが、牽制することは出来る。
それに、元々イェスイを一つのことにかかりきりにさせるつもりはない。
シュウガに背後から襲われる危険があるからだ。
強力な一撃を繰り出して、十分に向こうの兵数を削る。そして事実上無力化されたところで、すぐに砦に引き返す。そのためには相手を十分に引きつけること――
が、これもまた男子は読んでいた。
この局面で普通なら動かせるはずのない駒をいきなり動かしたのだ。
ダッと地面を蹴って走り出したのはシュウガ。
風呂敷を背負ったまま、いきなり校舎の方に走り出したのだ。
初日に見せた、あの神速と呼んでも差し支えない凄まじい速度のままに、校舎に突っ込んでいくように見える。
ヤオナ組が辿り着こうとしている、噴水とも方角が違う
シュウガの意図が、女子にはまったく読めなかった――そう。イェスイにさえも。
その驚愕の隙に、ゴールディア組は着々と補給線にさしかかろうとしている。男子にはシュウガの行動は周知のことだ。今さら驚くには値しない。
だが、シュウガはさらなる行動で、女子のみならず男子までをも、停止状態に追い込むこととなった。
ガッ!
シュウガの靴が、校舎の外壁に食い込んだのだ。
*
種を明かせば、シュウガの目的地は女子寮だ。
だが男子が聞いていたのは目的地が「女子寮」であるということと、そのための進路は「大きく迂回する」ということだけだったのも事実だ。
それがまさかこんな事に――
こんな馬鹿なことに――
垂直に聳え立つ校舎の壁を駆け抜けていく――などということが誰に想像できたであろうか?
シュウガは校舎の壁の微妙な凹凸につま先を食い込ませ、あるいは踵を叩き付けることで壁面を斜め上へと駆け上がっていく。
その一歩一歩ごとに、耳に嫌な音が届くが、取りあえず石造りの校舎に大過はないようだった。
「……あの子は戦略上の有利も覆しそうな勢いですね」
この場の教師四人の中では一番軍略に疎いオークルが、その驚異の光景を目の当たりにして思わず呟くが、その言葉は一番軍略に精通しているハクオンを揺さぶった。
――まさか身体能力に任せてのこの行動が、あの時シュウガが思いついたことなのだろうか?
やはりシュウガを見上げながら、ハクオンの胸中に苦い物が去来する。
それならば、自身の予感と、シュウガの行動自体が大外れだ。
見込みがあるとするならば、あの風呂敷包みなのだが――
一方で女子は驚いてばかりもいられない。
講堂から身を乗り出して、シュウガの行方を追う他の生徒達と共に感嘆の声を上げ、このとんでもない絶技を堪能したいところではあったが、いかんせんシュウガは敵なのである。
「――寮!?」
リリーアンが立ち直り、シュウガが壁面に描く曲線の行く先に感づいた。
壁面を駆け上がるシュウガの高さの頂点は、恐らくは校舎の中央になる。そこから放物線を描くとなると、当然行き着く先は、走り出したのとちょうど反対側にある施設――女子寮だ。
そのまま頭を巡らせると、補給線を脅かしに来たと思われていたゴールディア組が、そのまま女子寮へと進路を向けている。
「目的は何?」
コウハの呟きに、リリーアンも内心で同意した。
女子寮に自分達はいない。そこに侵入されても痛くも痒くもない――が、この模擬戦にはもう一つの勝利条件があった。
男子が女子寮の向こう側にある、砂浜にたどり着くこと。
即ち――
「目標は海……?」
もちろん男子が辿り着いただけでは、自分達が水着姿になる責務は発生しない。だがとにかく男子が砂浜の使用権を獲得してしまえば、そこから先、何かしらの陰謀を巡らせてくる可能性がある。
向こうには頭が良くて、それをいやらしいことに全力で使ってくる厄介な軍師がいるのだ。
その危機感がリリーアンにイェスイを動かす事を決意させた。
それに元々、シュウガが動けばこうする予定だったのだ。
「イェスイ、シュウガ君を止めて。砂浜に行かせちゃダメよ」
その命令を聞いたリリーアンはコウハにも目を向けた。二人の警護役と自認しているイェスイは、二人を残したまま行動することに躊躇いを覚えたのだろう。
だが、コウハもしっかりと頷くのを見て、イェスイは立ち上がった。
イェスイにもシュウガと決着を付けたいという、自身の執着心がある。初日は後ろを取られっぱなしだったが――今度はそうはいかない。
勇躍して砦のある化粧石の上から飛び出したイェスイは、一直線に女子寮に向かう。
校舎の壁面というとんでもない迂回路を辿ってくるシュウガには、ちょうど女子寮の入り口あたりで追いつきそうだ。
「ディー先生頼む」
女子寮で戦いが行われるのなら、当然審判役もそこにいなければならない。
「俺か?! くそ! 確かに俺しかいないか」
砦と軍船の撃ち合いになるなら、それぞれの担当教師がこの場を離れるわけにも行かず、またハクオンがこの場を離れることも難しい。
消去法的にディーデルチしかいないのだ。
ディーデルチは戦力判定機をガラガラと押して女子寮へと消えた。
一方で、イェスイが出てきたことで状況の不利を悟ったのか、ゴールディア組は女子寮への進撃を諦めたらしい。砦に残ったリリーアン達を睨みつけたままその場に留まった。
そこはちょうどかつての大砲の照準地点。
女子寮と砦をつなぐ補給線上だ。
「大砲の照準切り替え完了です」
その時、オークルの声が厳かに響いた。
「ついでに、砦の補給線遮断だ。無限には撃てないぞ」
ハクオンの宣告がそれに続く。
「上等! ――って、え?」
リリーアンが驚くのも無理はない。
シュウガの曲芸じみた動き。ゴールディアの挑発的な行動。
その二つの動きに気を取られているうちに、架空の攻城塔を操るヘンラックとウルツは黙々と砦との距離を潰していたのだ。
そして驚くべき事はもう一つ。
今までは噴水の周りをグルグル回っていたヤオナ組が、噴水の一カ所に集まっている。
「破城槌!」
「全艦全力砲撃!」
ヘンラックの声とムカの声が重なる。
城壁破壊兵器を四つ束にしての同時攻撃だ。
「大砲――」
理屈ではなく反射でリリーアンは負けじと声を張り上げる。
「「「発射ァァァァァァァァ!!」」」
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