第37話 死闘

 これが本当の戦場なら、兵士達の耳がしばらく使い物にならないほどの爆音が鳴り響いたことだろう。


 何しろまず砲撃の音。


 そして攻城塔が崩れ落ちる音。


 さらには女子の砦が半壊する音。


 その全てが、ほとんど同時に起こったのだ。


「修理――!」

「続けて砲撃!」


 リリーアンの叫びに、ムカの声が重なった。

 だが、それをハクオンが認めない。


「できるか。お前達の砲撃は、グルグル回って順番に打ってたから、認めてたんだ。今の軍船の能力でそこまでの連続砲撃は出来ない」

「く……」


 ハクオンの指摘に歯がみするムカ。


「外壁は――修復されません」


 一方でオークルも、女子にとっては残酷な宣言を行っていた。

 水着のこともあって女子に肩入れしたいところだが、そもそも昨日までとは条件が違いすぎる。


 イェスイがいないのだ。


「修復中のコウハさんに攻撃!」


 続けてヘンラックが叫ぶ。


「こっちもダメだ。お前の部隊は今、攻城砦の崩壊に巻き込まれてるんだぞ。そしてお前はそれを立て直せるほど指揮の成績は良くない」


 これもまた辛辣な言葉だった。


「ウルツも同じだ」


 追撃が来る。


「もちろん被害もあるぞ。お前らそれぞれに百ずつだ」


 とどめを刺された。


 二人の兵力の三分の一ほどが削られてしまう。女子の一撃を食い止められるかどうかは、微妙なところだ。


 ムカ達は次の砲撃の準備。女子二人は無駄だと結果が出てしまっているが外壁を修理すると宣言してしまっている。


 そして攻城塔を破壊された、ヘンラックとウルツはしばらく動けない。

 図らずも膠着状態が訪れたかに思えたが、男子にはまだ部隊が残っていた。


「兵種変換、砲兵」


 いつの間にか、ヘンラック達の後ろに回り込んでいたチャガの声が響く。


「目標は外壁修理中の女子二人。攻撃!」


 チャガがハクオンを見る。

 ハクオンは頷き返す。

 初日以来、久しぶりに戦力判定機の出番となった。


                *


 この攻撃の結果は女子二人にそれぞれ二百の損害だった。

 城壁の修理中という、無防備な状況であることをハクオンが重要視し、男子の攻撃が圧倒的に有利と裁定したからだった。


 これを受けてリリーアンは砦の修復作業を放棄。

 半壊したとはいえ、未だに防禦側に有利に働く砦に立てこもっての籠城線を選択した。


 その一方で、コウハは大砲でのヤオナ艦隊への砲撃を敢行。これによって集結しての砲撃を不可能にし、砦の外壁の寿命を延ばすことに成功した。


 被害を受けた司令部を構成するヘンラックとウルツは一度後方に退避。

 ウルツは砦の大砲が生きていたためにしばらくは手をこまねいていたが、逆に女子はその砲口をヤオナ艦隊に向けるしないという縛りがあることに気付くと、砲兵に兵種変換したチャガ達との連携を進言。


 それを受けてヘンラックは自らが伝令役を買って出て、チャガとムカにウルツの作戦を伝える。

 かくして男子の反抗の準備が整った。


 ムカは自分だけが噴水に残り、キサトリとヤフウに噴水の影での兵種変換を宣言させる。

 実はそれこそが、連携の合図だった。


 コウハは、ヤオナ組が二人抜けたことで何処か安心したのだろう。軍船の集結が無くなった今、すぐにでも大砲の照準をゴールディア組に向けるべきであるのに、しばらくの間、何もしないまま無為に時を過ごしてしまったのだ。


 ずっと攻められていたことも精神に負荷を掛けていたのだろう。

 しかも女子には男子と違って、戦場を俯瞰できる司令部が存在しない。


 それがここに来ての大きな差となってしまったのだ。


「コウハさん! 照準修正!!」


 リリーアンが気付く。

 ウルツが思わず見せた会心の笑みに。


 コウハがこの一瞬に、惚けてしまうこともウルツのこの作戦では織り込み済みだったのだろう。何時しかウルツを観察する癖が付いていたリリーアンが反射でそれに気付き、そしてウルツの喜びの意味を悟った。


 だが――


「遅い!」


 というウルツの言葉と共に、ヘンラックの右腕が振り下ろされる。


「城壁に砲撃だ!」

「城壁に砲撃!」


 ムカとチャガの声が揃う。


「く……」


 リリーアンは歯がみするが、すでに遅きに失している。


「……外壁崩壊です」


 砲撃の結果を、オークルが告げた。

 その外壁にいち早く飛び込んだ二人がいる。


 先ほど兵種変換を行ったキサトリとキフウだ。変換した兵種は騎兵。砦が無事ならばどうあがいても攻撃が届く兵種ではない。


「二人に攻撃!」


 キサトリの宣言に、コチが二人の木札を要求する。

 ついに男子の直接攻撃が女子に届いたのだ。


                  *


 こうして男子は女子の砦を打ち破った。

 とはいえ戦力判定機の仕様で男子は一気に三人しか攻めることは出来ない。

 さらに言えば外壁が崩れたとはいえ、この砦に留まる限り女子は後背を取られることがないのだ。


 天才イェスイが作り上げた戦略上の有利が未だ女子を救っている。

 だが、女子にも不利な部分がある。


 それは事実上砦を陥落されてしまったということだ。


 ハクオンはそれを重要視し、女子の兵の士気を最低水準に設定しての戦力判定機の運用を行った。

 そのために、数字上は俄然有利であるはずの女子が押され気味という局面が生まれることとなった。


 男子は勢いに任せて押せ押せである。


                  *


「どちらにしろ、三人しか攻め掛かれないんだ。交代制にして、残りはちゃんと休息を取ることにしましょう。逆に女子を休ませちゃダメだ」


 ヘンラックの指示が飛ぶ。

 それを聞いていたハクオンは、戦力判定機のつまみをさらに男子有利の方に捻ることにした。


「く……」


 その指示を聞いていたコウハもまた悔しそうな声を出す。

 結局、キフウの胸に見向きもせず――もちろん自分のそれにも――ヘンラックの指示が緩むことはなかった。


 ただのイヤらしい男だと思っていたが、それだけではなかったのだ。

 むしろ、こうまで見事な指揮振りを見せ付けられては、むしろ尊敬する事だって難しくはない。


 それと同じような心境に、リリーアンも辿り着いていた。

 ただしその相手はウルツである。


 次から次へと繰り出される、絶妙な策。

 こちらはその対応だけで精一杯だ。いや、イェスイの残したこの砦がなければ、とうの昔に撃破されていたかも知れない。


 そう思うと腹が立ってくる。

 年下の相手にこうもやらっれぱなしの自分に腹が立ってくる。

 せめて素直に相手の力量を認めなければ、ますます惨めになるばかりだ。


 リリーアンがそのままウルツを睨みつけていると、この後輩はまたもヘンラックに何事かを耳打ちした。

 するとヘンラックの指示で、オゴアとキサトリが集団から左右に分かれていき、自分達の左右に陣取った。


「ハクオン先生。これで射角は少ないですが女子の側面を狙うことが出来るはずです」


 その訴えに、ハクオンはディーデルチから渡されていたフェステンの資料に目を通した。

 そして頷きながら、


「その二人なら狙えるだろうな。なるほどお前達の自軍の戦力把握も無駄ではなかったらしい」


 と、女子にとっては致命的な判定を下した。

 これで三方向から攻められることになる。


「こ……」

「打って出ます!!」


 男子の攻撃の声を打ち消すように、リリーアンが宣言した。

 ここにいることが不利になった以上、砦にしがみついて討ち死にしたのでは本末転倒だ。


「見事な攻撃してくるから忘れそうになるけど、こいつらは私達に恥ずかしい格好をさせようとして、ただそれだけのために戦ってる最低の連中よ! 負けてたまるもんですか!!」


 その咆吼は、男子全員の耳朶と心を打った。

 そのために訪れる、一瞬の硬直時間。


「そうね、打って出ましょう!」


 その隙にコウハもリリーアンに乗った。


「目標は?」

「もちろん頭ァ!」


 女子二人はそれぞれが認めた相手に襲いかかる。

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