第38話 「――目標は海だ!」

 そこからは混戦となった。


 何しろ女子二人が狙っているのは、男子の司令官と軍師であるという以上に、先ほど損害を受けた二人でもあるのだ。

 女子二人の一撃に耐えられるかどうかも怪しい。


 ヘンラックが全滅したからといって男子が負けという規則はないが、男子の誰もが感じていた。

 ヘンラックの指揮、そしてウルツの策がなければ、自分達は不利になる――つまり負ける、と。


 それを察し、チャガが女子の進路を塞ごうとして、そのまま粉砕される。

 だが、その犠牲も無駄ではなかった。


 その足止めの間に、オゴアが近くにいたムカと合流、さらにヤフウをもまとめて女子の後背から襲いかかる事が出来たからだ。


 これにはさすがに三倍増しの女子にも損害を与えることが出来た。そしてさらにはキサトリとテルイが合流して、司令部と女子との間の進路に割り込むことにも成功している。


 だがリリーアンは怯まない。


 ――男子二人では、女子二人に対抗できない。


 その単純な理屈だけを頼りに、リリーアンはただ前進を指示したのだ。


 行く手を塞ぐキサトリとテルイには攻撃を加えて、これも粉砕してしまった。

 リリーアンの檄で士気が回復したとハクオンが判断したのも大きいだろう。


 これでついに、ヘンラックとウルツとの直接対決に持ち込める。


 最後の決戦――いや、女子二人に男子二人では戦力差がありすぎて戦いにならない。すでにこれは勝敗は決したか――見物している生徒達、判定を受け持つ教師達、そして実のところヘンラック達も、その覚悟を決めていたかも知れない。


 熱い戦いだった。

 見事な戦いだった。


 生徒達の誰もがそう思った。


 だから、ほとんどの者が忘れていた。


 この戦いの序盤に不可解な動きをした男子がいたことを。そしてそれを追った女子がいたことを。

 

 ――シュウガとイェスイ。

 

 その二人が戦場に忽然と姿を現す、この瞬間まで。


「な、何? イェスイ」


 いきなり目の前に現れたイェスイに驚きを隠せないコウハ。イェスイは女子二人の斜め後ろに立ち、コウハを笑いながら手招きする。

 コウハは怪訝に思いながらも、それに応じてイェスイに近付いていく。


 その瞬間にリリーアンは気付いた。


 明らかにおかしな点に。


 どうしてシュウガがここに一緒にいるのか?


 二人を追いかけていたディーデルチは何処に行ったのか?


 そう、問題点はここに集約される。


 ――二人の戦いはどういう決着が付いたのか?


「コウハさんには、やっぱり縞模様が似合うと思う」

「そうか? あの模様の水着、小さいのばっかりだったぞ。入るかな?」


 シュウガとイェスイは和気藹々と何かの話をしている。

 いや、何か、などという生やさしい話ではない。


 これは――


 ほとんど勘だけで、コウハは身の危険を感じた。

 だが、それはすでに手遅れだったのだ。


「コウハさんを攻撃です」


 ニッコリと笑いながら、イェスイがついに全てを決する一言を宣言した。


「い、イェスイあなた……」


 思わず後ずさりながら、コウハが掠れた声を絞り出す。


「私、シュウガさんに味方することにしました。きっとコウハさんには水着が似合うと思うので」

「な、何でそんなことを……」

「だって裸にするとか言われたらそれはイヤだけど、あんな可愛いもの着せてくれるなら嫌がることはないなって思って」


 絶句するコウハ。


 さもあらん。もはや言葉を紡ぎ出す気力さえも残っていないのだろう。


「イェスイ、木札を出せ」


 そこにハクオンの冷徹な声が割り込んだ。

 自らの手で戦力判定機を押している。


 その途中、シュウガの横を通ったハクオンは、すれ違いざまに「見事だ」とだけ告げる。


 おおよそハクオンがこの学院に足を踏み入れて後、初めて他人へと向けた純粋な賞賛の言葉だった。


 だが、それ以上は何も言わず、戦力判定機を操作するとコウハの木札を弾き飛ばす。


「コウハ全滅」


 無慈悲に告げる。


「あとは、リリーアンさんだね」


 イェスイが笑顔のまま、リリーアンに詰め寄る。

 このまま逃げることも考えたリリーアンだが、相手がシュウガとイェスイでは、先ほどまでのヘンラック達以上に絶望的な状況だ。


「は、ハクオン先生!」


 それでもリリーアンは縋ってみる。最後の希望に。


「私がここで全滅しても、イェスイは残るじゃないですか。これはつまり女子の全滅にはならないんじゃ……」


 するとハクオンは、不機嫌な表情を隠そうともせず、


「そんな理屈が通るか。イェスイはすでに男子の戦力だ。男子の戦略を認めないつもりか」


 と容赦のない一撃を返す。

 だが、リリーアンもここで引けない理由は十分すぎるほどある。


「で、で、でも、これはおかしくないですか? だってイェスイは女の子ですよ。どう考えても私達の味方……」

「その常識に囚われずに、イェスイを味方に引き込むことが出来ると考えたからこそ今の状況がある、これ以上泣き言並べると留年させるぞ」


 ついに伝家の宝刀を抜いたハクオン。

 これにはリリーアンも逆らえない。何よりハクオンの判定が覆らないことを、その言葉によって強く悟ってしまったからだ。


「リリーアンさんにも、似合いそうな水着があるんだ、夏が楽しみだね」


 あくまで明るい声で話しかけてくるイェスイに、リリーアンも言葉を失ってしまう。


 イェスイは男子に付いた。 

 その結果を受け入れざるを得ないのは、理解できた。


 だがそこに至るまでの過程がわからない。


 一体、自分は――自分達は何処で何を間違ったのか。


 イェスイを邪険に扱ったか?


 否!


 イェスイの功績を無視したか?


 否!


 ならどうして、イェスイは男子に付いたのか?


 戦っている過程に問題はない。


「――い、イェスイ、どうして私達が本気で模擬戦を戦うのか知ってる?」


 ならば問題は一番最初にあるのではないか?


 もしかしたら、自分達は一番肝心なところを見逃していたのではないか――そこに思い至ったリリーアンの身体が恐怖に震える。


 イェスイはその問いかけに小首を傾げると、


「その方が面白いから……じゃないの?」


 と、リリーアンの恐怖を裏付けてしまった。


 イェスイは知らなかったのだ――いや誰も説明しなかった。

 すでに全滅宣言を受けたコウハも、その全滅したとき以上に蒼白になっている。


 イェスイは女子代表の切り札になる。

 だから必ず戦いには出て貰う。


 そう決めてかかっていた――イェスイの意志など確かめずに。


 それは何処かでイェスイを便利扱い――男子に勝つための道具として扱うこととなっていたのだ。


 そして本当に最悪なのは、今この瞬間まで、自分達がそのことに気付かなかったということ。


 リリーアンは改めてシュウガを見る。


 そんな中でシュウガは気付いたのだ。

 イェスイに戦う意志が希薄であること。自分達が後輩を便利扱いしていること。


 ――そしてイェスイが本当は水着に抵抗がないということ。


 何時の間に気付いたのか。


 毎日生活を共にしているのに、リリーアン達は少しも気付かなかった。

 シュウガは今までのイェスイとの僅かな接触でそれに気付いたのだ。


「……完敗。判定機に掛けるまでもないわ。私は降伏」


 リリーアンは両手を挙げることで、自分の宣言を裏付けた。

 不思議にそうすることで、胸中に芽生えた恐怖が消え去っていくのをリリーアンは感じた。

 自分達が犯した間違いを、そうすることで確かに償うことが出来る。


 それに――


「シュウガ君の策が無くても実際、男子達はよく戦ったと思う。こうなったら水着姿の一つや二つは披露してあげるわ。ただし、私は買わないわよ!」

「あ、あ、あ、あのそれなら、実に似合いそうなのがあるんですよ!」


 その言葉にいち早く反応したのは先ほどまで苛烈な策で女子を追い込んでいたウルツだ――いや、今も女子を追い込んではいるが。


「……君ね、どうしてそれでいつもいつも自分がスケベじゃないなんて言い訳が通ると思うの? そこのところは本当に馬鹿よね」

「そうだそうだ」

「その通りだ!」

「お前の態度は潔くない!」

「男として恥ずかしく思うぞ!!」


 リリーアンの言葉に、一斉に共に戦った戦友達から非難の声が上がる。


 男子の共闘もここまでのようだ。


 追い込まれたウルツがそれでも顔を真っ赤にして反論を試みようとするが、その機先を制してハクオンが告げた。


「――もういいから、早く終わらせてくれ。女子は全滅。それは了承した。でもまだ男子は勝ってないぞ」

「そうか! 砂浜に行かなくちゃいけないんだった。行くぞイェスイ!」


 その言葉にいち早く反応して、イェスイに声をかけて女子寮へと向かうシュウガ。

 そしてこう叫んだ。


「――目標は海だ!」

「うん!!」


 空へと突き抜けるような明るい声と共に、イェスイがその後に続く。

 さらにその後にリリーアンとウルツが言い争いながら続き、ヘンラックとコウハは微妙な距離感を保ちながらその後を追った。


 そして模擬戦に参加した男子代表が続く。


 今まで戦っていた戦場を抜け――


 女子寮<春>の玄関ホールを抜け――


 どの男子寮とも比べものにならない、綺麗に整理された廊下を抜け――


 ――初夏の彩りを帯びた黄金の砂浜へと。

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