終章 夏が来る!

第39話 すべては水着のために

 ウルツの視線を追ってみよう――


 彼の理性はいきなり核心部分に目を向けることを拒否した。

 それでは何処に目を向けるかというと、もちろん上からだ。何しろ、そこは女子にしても、いつも露出するしかない場所なのだから。


 黒髪と真っ赤に染まった頬。そして真一文字に結ばれた朱の唇。

 黒い瞳は挑戦的な光をたたえて、ウルツを睨みつける。


 そのことによって、ウルツは視線を他の場所に移す理由を獲得した。

 いつもなら砂色の制服で隠されているはずのその部分は、今は肌色が支配している。


 その肌色を僅かばかりに覆うのは、白地に南国の艶やか赤い花が描かれた水着。

 それを押し上げる胸のふくらみは、大きすぎず小さすぎず、形の良い曲線を描いており、そのまま引き締まった腹部へと連なっていく。


 彼女が呼吸する度にそのなだらかな曲面はウルツを誘い、その視線をさらに下へと追いやった。


 そして到達する。


 僅かばかりに大事なところ覆い隠す、やはり白地に花柄の魅惑の三角形に。


 そこでまた、ウルツの理性が視線を押し上げる。


 すると到達するのは形の良い胸のふくらみ。いくらでも眺めていられるが、そうすると今度は欲望が押さえきれなくなり視線は再び下へと彷徨う。


 そしてまた理性が視線を押し返し――


「――何処まで露骨なのよ!」


 ついにウルツが辿り着けなかった、すらりと伸びた白い足がウルツの顎を蹴り上げる。


 その足の曲線も、十分に蠱惑的だったのが救いなのかどうか。

 ウルツは至福の表情で鼻血を飛び散らせ、そのまま砂浜の上にひっくり返った。


                 *


 ヘンラックは停止している――


 青と緑で構成された縞模様。

 それが描かれた二つの三角形が覆い隠している部分はごくごく少ない。


 その向こうに自分が執着してきた膨らみがあるのだ。


 望んで望んで、しかし未だに到達し得ない神秘の頂点。

 しかもその頂点の場所は他のどんな頂よりも、高く険しい場所にある。


 ヘンラックを魅了して止まない最高峰。


 それが今、無防備に限りなく近い状態で目の前にあるという至福。


「止まらないで!」


 だがヘンラックの停止状態は、その停止をもたらした本人によって打ち破られた。


「水着になるのは規則だから、受け入れました。でもそんなにじろじろ見られるのまで受け入れた覚えはありません!」


 長い黒髪をまとめたコウハが必死の抗議を行う。

 それだけではなく身を抱くようにして、ヘンラックの視線から逃れようとするが、そういう姿勢を取ると、ますます胸のふくらみが強調されることに気付き、二進も三進もいかない状況だ。


「だ、だって……」


 子供の様に口ごもるヘンラックに、コウハは思わず腕を振り上げた。


「だってじゃありません!」


 振り上げた、その動作につられて豊かな膨らみが揺れる。

 それはヘンラックにとって、未知の刺激であり、そして新たに見つけた膨らみの素晴らしい魅力だった。

 再びヘンラックの動きは停止する。


「ああ、もう! だからイヤだったのよ!!」


 ヘンラックが自分の胸の動きにも反応すると知ったコウハもまた動けなくなり――夏の日差しだけが、二人の肌をゆっくりと焦がしていった。


                 *


 その頃、教師達の控え室では、珍しく下に降りてきたハクオンがディーデルチに詰めよっていた。


 夏に至り、気温が上昇する中で暑くないわけがないとは思うのだが、ハクオンは相も変わらぬ藍色の着流し姿。ディーデルチの方はそれなりに薄着になってるため、疵痕を見せびらかしていることになってしまい、二人が並ぶとかなり異様な雰囲気だ。


「――あの時、何があったんです?」


 あの時とは無論、シュウガとイェスイが女子寮に消えたあとだ。

 戦力判定機と共にそれを追ったディーデルチは、一部始終を見ていたはずなのである。


「それも戦史研究の一環か?」


 と尋ねたのは、フェステンだ。

 フェステンだけではなく、オークルにコチと模擬戦に関わった教師は全員その場に揃っていた。


「もちろん。模擬戦とはいえかなり珍しい事案です。しっかりと採取しないと」


 まさかシュウガの行動が、今ひとつわからないからと正直に言うわけにも行かず、半ば気付いているだろうフェステン相手に、ハクオンは虚勢を張ることに決めた。


「何が……と言われても、つまりはシュウガがイェスイを説得した、というだけの話だぞ」


 ディーデルチがいささか困惑気味にそう答えると、ハクオンのみならず他の面々までが、もっと詳しくと要求する。

 ディーデルチは仕方なくその時の顛末を話し始めた。


                  *


 イェスイの方は最初は戦う気満々だったらしい。

 シュウガの後を追って、女子寮の玄関ホールに飛び込んだ瞬間に「攻撃!」と宣言しそうな勢いだった。


 だが、その前にいきなりシュウガが、いかにイェスイが可愛いかということを語り始めたらしい。

 やはりそこはイェスイも女の子、ということで随分気勢がそがれた。


 シュウガはそこを見計らって、そもそもこの模擬戦が何のために行われているのかをイェスイに尋ねた。するとその返事は驚くべき物だった。


「『知らない』とイェスイが答えたときには女子全員の単位を半分にしてやろうかと思ったな」


 ハクオン並みに恐ろしいことを口にするディーデルチ。


 だが、それも無理からぬ事だった。

 戦う前に軍での意思統一は最も重要なことだ。


 それが成されていないのでは戦略戦術以前の問題である。


「だけど、それは我々の教え方にも問題があるって事じゃないんでしょうか?」


 オークルの意見も正しい。


 元々が軍事的に未熟な者を教えるからこそのヘルデライバ軍事学院なのであって、生徒達が未熟なままだということは、とりもなおさず教える側にも問題があると言うことになる。


「――傾聴に値する意見ですね」


 その時、控え室に異質な声が響いた。

 学長、フェイネルが入り口に姿を見せていた。その横にはなぜかコレアキの姿もある。


「そういう話をしてるのなら、俺の情報も必要だと思ってな」


 その言葉にハクオンが反応した。


「そうだ――あの時、シュウガは何かを買ったんだ。多分それを風呂敷包みに入れて――」


 女子寮に消えた。

 そして戻ってきた時には、風呂敷は持ってはいなかった。


「ハクオン君。君も男子が勝つ戦略は立てていたんだろう? 一つそれを披露してはくれないか?」


 ハクオンは一瞬表情を歪めるが、やがて訥々と話し始めた。


「……イェスイにほとんど自分の意志がないことは見て取れました。だから戦う意義というものを解いて、この戦いからは身をひかせる。それによって相対的に有利な状況を作る――それが俺の戦略です」


 なるほど、と一同が感心する。


 イェスイに戦う意志が希薄であることを、この天才は早々に見抜いていたということになり、他の教師は誰もそれに気づけなかった以上、やはりその慧眼は賞賛に値する。


「ですが、あの戦いではイェスイ君はそれよりも積極的に男子に味方していましたよね。ディーデルチ先生、その辺はどうなんです――というか続きをお願いします」

「そうだな、まぁイェスイが『知らない』と来てだ……」


                 *


 シュウガはそこで、女子を水着にするために俺たちは頑張っているんだ、とぶちまけた。


 ディーデルチは、そこで終わった、と心の中でシュウガを哀れんだ。

 実際、何事かと玄関広間に見物に来ていた女子達も一斉に首を横に振ったらしい。


 が、そこでイェスイはさらに質問を重ねた。


「――“水着”って何?」


 それこそがシュウガの望む展開だったのだろう。

 背負っていた風呂敷を広げると、そこには十や二十ではきかない水着が一斉に女子寮の玄関広間に広げられたのだ。


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