第五章 戦場が裏返る

第35話 最後の戦い

「コチ先生、今日の天気はどうですか?」

「問題ない」


 と言うからには、今日雨は降らないのであろう。前の当番の時に雨に降られて散々な目逢ったオークルはその返事に胸をなで下ろした。

 では、今日の当番もこの二人かというと実は違う。ハクオンはともかくとしてディーデルチも顔を見せていた。


「フェステンの奴もここには顔を出したがっていたんだがな」

「代わりに学長が見てますよ」


 というハクオンの指摘に、全員が振り返ると確かに学長室から心配そうに広場を見つめているフェイネルの姿があった。そしてその傍らには、なぜかコレアキの姿もある。


「何で、コレアキさんが?」

「誰かが何かを買ったんですよ」


 ハクオンが短く告げる。金を集めただけでは意味がない。使うとすれば購買しかないわけだが、ハクオンは未だにシュウガが何を目論んでいるのかがわからなかった。


「お前にしては曖昧な話だな。しかしその話しぶりでは模擬戦の参加者なのだろう? 購買で何かを買ったからといって、それが有効に働くものかな?」


 ディーデルチが疑問に感じたところこそが、実はハクオンの急所でもある。いかにハクオンが今まで全てのことを許可してきたからといって、目つぶしや火薬をそのまま投げるなどという手法を許可するはずもない。


 あの無刻の邂逅以来ずっと答えを考えているのだが、ハクオンは辿り着けないでいた。


 ――シュウガがあの時に何に気付き、そして何に金を使ったのかを。


                 *


「見て、酒保が開いてるわ」


 学食の隣には、通常なら後三刻からしか開店しない酒保「海燕」がある。つまりは広場の閉鎖にもさほど影響を受けていなかったのだが、ここに来て積極的に影響されることにしたらしい。


 店を開放して模擬戦見物希望の生徒を受け入れる事にしたようだ。無論その引き替えに何かを注文することを要求しているのは確実だろう。


 隣の学食で、イインがまた喚いているが、店の窓縁に腰掛けて周囲を見回している店の女主人キフウは何処吹く風と受け流している。


 キフウはヤオナ出身の女性でその特徴はなんと言っても胸が大きいこと。

 しかもヤオナ風の衣服の中でも緩めの着物を普段から身につけているので、肌の露出がとにかく激しい。


 年齢不詳の美女なのだが、ヘンラックは仕送りの大半をこの「海燕」に注ぎ込んでいるともっぱらの噂である。


「あんなに着崩して……模擬戦に影響が出たらどうするつもりかしら?」


 リリーアンの声につられて「海燕」を見たコウハの第一声がこれだ。


「……嫉妬?」

「何でそうなるのよ。ヘンラック君が見境無いのは知ってるでしょ。アレじゃまた停止してしまうわ。そうなったら模擬戦どころじゃなくなる」

「見境があれば良いんだ」


「どうしてそっちに曲解するの? あなたこそ、向こうの軍師様を見直してたみたいだけど」

「確かに能なしのスケベでないことは認めるわ。でもスケベはスケベよ。能力があっても、それを私達にあんな格好をさせるために使おうって言うんじゃ、結局は能がないのと同じよ!」


 リリーアンの不退転の決意に曇りはない。

 それを聞いてコウハも決意を固めた。


 何にしても今日一日乗り切れば衆目の前で、あのような破廉恥な格好をする必要はなくなるのである。ここで男子に理解を示しても仕方がない。


 リリーアンとコウハは同時にイェスイへと向き直る。

 そこには金髪を輝かせて、無邪気な笑みを浮かべる女子の守り神がいる。


「今日も頑張ろうね、イェスイ!」

「う、うん」


 イェスイは小刻みに頷いた。


                 *


 その頃、最後の戦いを前にして男子達は驚くべきシュウガの提案を聞いていた。

 すでに出せる者はシュウガに金を提供しており、その成果も同時に披露されている。


「これは……奇手だ。戦略の奇手だ……」


 ナブレッドが熱に浮かされたかのように、その提案の感想を口にした。

 確かに、シュウガの提案はハクオンが常々口にする、戦略の奇手そのものだった。発想自体もイェスイの砦建設に匹敵――いや、凌駕するかも知れない。


「しかし、上手く行く保証はない」


 オゴアが冷めた声で呟く。


 確かに、今までの話にはシュウガ特有の、


「俺はこう感じた」「きっとこうなる」


 というあやふやな部分が随分と含まれている。


 うかうかと話に乗ることに危機感を覚えても、無理からぬ話だ。


「参謀府の意見は?」


 司令官らしくヘンラックが話を振ると、ジルダンテ達は顔を見合わせて頷きあった。


「――乗ろう。シュウガ君の提案には見るべきところがある。確かに不確定な要素が多いが、思い起こしてみ給え。この戦略の要が全くの望み無しだとは誰も言えないだろう?」


 全員苦笑を浮かべるしかない。

 確かに、そこは見せ付けられてきている。


「それに、この奇手が成功すれば我々は最初の戦略目的である『女子を全滅させる』を達成することも可能だ」

「お前もウルツのような口か?」


 ムカがそこに茶々を入れるが、ジルダンテはキッと睨み返し、


「もはや、そこは問題ではない。我々男子の矜恃の問題だ。そこは志を同じく出来ていたと思っていましたが、それは僕の勘違いでしたか?」


 と強い語気で言い返す。すると、ムカは口の端に笑みを浮かべ、


「……悪かった。確かにそうだ。これは“俺たち”の戦いだ」


 こう言って素直に頭を下げた。


「――それで策は?」


 チャガが同郷の軍師に話を振る。


「そういうことであれば完成した攻城塔を派手に使い切ることが可能となりました――無論、策はあります」


 ウルツは出し渋るクセを出すことなく、それぞれの役割を説明していった。


 シュウガが提案をしたのは、今この場である。


 つまり提案を聞いてすぐにその案を採用し、その奇手を生かすための策を瞬時に練り上げたということになる。

 ウルツは天才ではないかも知れないが――軍師としては高性能だ。


「――異論がなければ、この策でシュウガさんを送り込みたいと思いますが、如何?」


 その言葉には、不思議な迫力があった。


「面白い。反則二人を戦場から退場させての総力戦か。俺好みだ」


 チャガが積極的に賛成の意を示した。それはつまり、ゴールディア組がウルツの策に乗ると言うことだ。


「異論はない。噴水の中でざばざば動くのもいい加減飽きてきたが、そういうことなら話は別だ」


 ムカも、そしてヤオナ組も乗った。


「シュウガ、これで全員が君の作戦に乗った。これがどういう事かわかってるな」


 ヘンラックの言葉に、シュウガは勢いよく頷いた。


「ああ、必ずひっくり返してみせる!」


 その確信に満ちた言葉に、ヘンラックは頷くと、珍しく機微のあることを思いついたらしく、こんな風に部隊進発の合図を告げた。


「では、そろそろ行こうか。我ら“水着従者隊”最後の戦いだ」

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