第34話 道化師か、切り札か

「ようやく理解したか」


 ハクオンがやれやれといった態で、煙を吐き出す。そんなハクオンにシュウガが勢い込んでさらに尋ねた。


「イェスイは元々互角だった女子と男子を、あの砦で女子の方を有利にしたんだな。実際どのぐらいの兵力差が付いたんだ?」


 最初に兵力で説明したせいで、理解の単位が兵力になっているが、とにかく全くの無理解からは前進している。

 それを教えるのも、男子に肩入れしているような気もするが、ここはシュウガの向学心を煽る方が重要だとハクオンは判断した。


「そうだな、三倍増しぐらいだな」

「そ、そんなにか?」

「だからみんなして、イェスイを誉めてるんだよ」


 それを聞くと、シュウガが実にわかりやすく難しい顔で黙り込んだ。

 これまでの経緯を考えると、頭の中で三人の自分相手に戦っているのかも知れない。


「先生……お話面白かったです」


 その隙に、と言うべきか、イェスイがハクオンに声をかける。


 思い返してみると、イェスイから声をかけられた記憶がない。となれば、自分は教師としてはかなり有意義なことをしたらしいと自覚できた。

 思わず笑みがこぼれそうになる口元を、ハクオンは必死で引き締める。


「そうか。なら今度の講義の時にでも、もう一度話してみるか。余りにも初心者向けだから、その辺は考えないといけないだろうがな」

「お願いします……」


 そうやって、戦史書庫が良い雰囲気に包まれそうになった瞬間、シュウガが爆発した。


「先生これはまずいぞ。このままじゃ女子の裸が見れない!」


 究極に下らなく、そしてシュウガにとっては余りにも深刻な叫びだったが、ハクオンの対応としては一つしかない。


 煙管で、思いっきりシュウガを打ち据える。


 普通ならかわすところなのだろうが、導き出した結論によほど動揺していたのかそれをまともに食らい。頭を抱えて転げ回るシュウガ。


「――どこまで露骨なんだお前は。第一、裸じゃないだろうが。いくら何でもそんなもの学院が許可するか」

「え?」

 

 と、その時意外なところから声が上がる。

 イェスイだ。


「裸じゃ……ないんですか?」

「おい馬鹿。ここに誤解している後輩がいるぞ。ちゃんと説明してやれ」


 頭を抱えたままのシュウガに命令するハクオン。さすがに、そこまで説明してやる義理をハクオンも感じなかったのだ。シュウガもそれは理解しているようで、素直に頷く。


「うう……わかりましたよ」

「馬鹿は否定しないのな」


 そんなハクオンの嫌味も聞こえているのかいないのか、シュウガはイェスイのすぐ近くにまで顔を近づける。

 そして、低い声でこう告げた。


「イェスイ。残念だけど、裸じゃないんだよ」


 しっかりとイェスイの目を見て、自分本位の理屈を説明するシュウガ。再びハクオンの着流しがズレおちる。


「そ、そうなんだ」


 イェスイもこれには動揺したのか、いつもと様子が違っていた。


「お前ね。女子が裸じゃなくなって残念なんて事があるか。するとなにか? お前の中では、女は裸になると喜ぶような存在なのか?」

「……先生、あんた凄いな」

「何が? 俺は今、当たり前のことしか言ってないぞ」


 そのやりとりが、よほどおかしかったのだろう。


 イェスイがコロコロと笑い出してしまい、ハクオンとシュウガはお互いを指差して、おかしいのはお前だと、なすり合いを始める。

 だがそのなすり合いの途中、シュウガがまたも瞬きを繰り返した。


「どうした?」

「……先生」

「なんだよ」

「――戦略で負けてると負けるんだな?」


「世の中はそういう仕組みだ」

「戦略で勝つには、敵よりも兵力を多くしなくちゃいけない。それは戦力を多くするための工夫も含めての話」

「理解できたようだな」

「けどさ、普通に兵力を増やせるなら、その方が良いわけだろ」


 一概にそうとも言えない――と言い返そうとしたハクオンだったが、シュウガの目を見てそれを押しとどめた。


「この――模擬戦に関してはそうだ」


 ハクオンにはあったのだ。


 この模擬戦で男子が完全勝利する戦略が。イェスイの砦がある現状では確約できないが、模擬戦初期の頃なら、この戦略で男子は勝利できたはずだ。


 そして、その戦略にシュウガが辿り着いたのではないかという、何の根拠もない予感めいたものを、ハクオンはその時感じてしまった。


 だから、敢えてそう返事をすることで、シュウガの反応を見てみようと思ったのだ。


「良し! それなら何とかなるかも知れない」


 シュウガは勢いよく立ち上がると、


「イェスイ。案内と、ここまで付き合ってくれてありがとうな。じゃあ、またあとで逢おう!」

「は、はい……」


 あまりのシュウガの勢いに、首を縮めて返事をするイェスイ。


「さあ、そうと決まれば、まずは金を集めないとな。金、金、金~と、先生もありがとう!」


 とシュウガは調子ッ外れの歌を歌いながら戦史保管庫から出て行った。


「金……だと?」


 そう呟くとハクオンは顎に手を当てて、そのまま目線を下に落とした。


 模擬戦の初戦と同じく、シュウガはまたもハクオンの予想を裏切ったのだ。

 ハクオンの腹案では、逆転の戦略に金銭の入り込む余地はない。


 模擬戦ではない、通常の戦略においては金銭は一番重要な要因となりうるのだが、今回は金銭を持ち出すのは逆効果だとハクオンは考えていた。


 だが、シュウガは金を必要としている。


 何かが根本的に違うのか――それとも、先ほどの予感は勘違いでシュウガは実は何処にも辿り着いていないのか。


「先生、笑ってるね」


 自分も嬉しそうな声で、イェスイが指摘した。


 そんな馬鹿な、と思わずハクオンが顎に当てた手を自らの口元へとずらして確認するが、そこには真一文字に結ばれた自分の口があるばかりだ。

 歯を見せるどころか、笑いの形に歪んでさえいない。


 しかし――


「なるほど、お前は戦場での駆け引きに置いてさえ才を発揮するのか」


 それはつまり敵指揮官の心の内を読み取る能力。

 あるいはそれは戦場で最も有効な能力かも知れない。


 ハクオンは、顎に当てた手をイェスイの頭の上に置いた。

 それがくすぐったいのか、イェスイは照れたような笑みを見せる。


(――この天才に、どう勝つ?)


 ハクオンは自身の戦略が揺らぐのを感じた。

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