第33話 ただいま授業中

 だが――ハクオンはそこで恐れ入る性格ではない。

 逆にこう切り返した。


「それはお前のとこの、指揮官かもっと上の頭がおかしいか、敵が無茶苦茶弱かったのどっちかだよ」

「それは……確かに。あんまり相手は強くなかったかな」

「……それ、お前が学院に来る前の話だよな。初陣だとして幾つの時なんだ?」


 さすがにシュウガの生い立ちには興味を覚えたらしいハクオンがそう尋ねると、シュウガはこともなげに、


「ん? 八つだ」


 それにはさすがにハクオンも言葉を失うが、イェスイまでもが、


「私もそれぐらいかな……」


 とポツリと呟いたので、ますます黙り込むしかない。


「八つの時に、海賊のアジトを潰しにいって、その他に三つぐらい」


 三つというのは戦闘に参加した回数と言うことだろう。


「……お前の他にそこに乗り込んだのは訓練されたやつらばかりなんだろ」

「そりゃあ……そうだ。俺は違うけど」


 また気になることを言い出したシュウガだが、今度はハクオンは取り合わないことに決めた。


「そんなのと海賊とじゃ、比べのにならないぐらい腕に差があったはずだ。海賊何人ぐらいいれば、お前の仲間を倒せると思う?」

「十人はいるね!」


 胸を張って答えるシュウガに哀れみの視線を向けながら、ハクオンがゆっくりと煙管を燻らせる。


「その海賊は何人だった?」

「えっと……十二人かな」

「お前達の数は? お前は入れないでいい」

「五人」


「で、お前達の戦力が海賊の十倍だとすると、五十対十二の戦いということになる。戦略の基本中の基本『敵より多くの戦力を用意するべし』に見事に合致してる。良かったなお前の上は馬鹿じゃない」


 そこで、ハクオンはズレおちた着流しを肩に掛け直すと、シュウガの真正面に身体を向けて、こう尋ねた。


「そもそも、何で今になってそんなことを聞きに来た? 馬鹿らしく“なく”なったのか?」


 その言葉にシュウガは、何度も瞬きをすると、


「なるほどそうか。俺も不思議だったけど、きっとそう言うことなんだな。ハクオン先生凄いな」

「……お前はどうも調子が狂う」


「確かにそうなんだよ。今度の模擬戦で皆がイェスイが凄いという。それは女子が戦略で優位にだったからだとみんなは言う。俺も確かにやりにくさを感じていたんだけど、それが戦略のせいだと言われても今一ピンと来ない。それで先生に聞いた方が早いって思ったんだよ。多分、今なら戦略がわかりそうな気がしてるんだ俺は」


 自分の心と相談するようにして、訥々と語るシュウガをハクオンはジッと見つめる。


「――最初に男子が勝つ方法を聞いたのは?」

「男子が不利らしいし、そこから男子が勝つようなことがあれば、多分何が戦略なのかが見えるような気がしたんだろうな……多分」


 自分のことであるのに、他人事のように話すシュウガを見て、イェスイは何だか神妙な表情を浮かべていた。

 この二人はまず先に感覚で物事を理解する――そこが共通しているからだ。


 イェスイはそれを他のものに置き換えることが出来たが、シュウガには出来なかった。だが今、イェスイの天才に触れることによって何かをつかみかけている。


 それならば教師としてのハクオンがするべき事はただ一つ。


「兵力を揃えることが重要なことは理解できたか?」


 この、何処に出しても恥ずかしくない劣等生が向学の精神に目覚めたのだ。ここで導きの手を差しのばさなければ、教師をやっている意味がない。


「うん、まあ」


 曖昧な返事だが、ハクオンはそこを注意することは止めた。

 シュウガは体験したことには敏感に反応している。


 ここは模擬戦中心に話した方が良い。


「ところが、今お前達がやっている模擬戦では兵力に差がないように調整されている。男子が九人に対して、女子がその三倍増しで計算されているから、名目上は互角なんだ」

「ああ、なるほど。女子が三倍とかいうのは、そういうことだったんだ」


 模擬戦最終日にして、ようやく基本的なことを理解したらしい。

 だがハクオンはめげなかった。


「つまり最初から兵力は同数なんだ。そこが模擬戦の模擬戦たる所以だが、実際の兵力は増やせなくても、有利にすることは出来るんだ。イェスイがやったのはそれなんだよ」

「ん~~~?」


 首を捻るシュウガ。だがそれはハクオンも予想済みだ。


「例えば、お前よりほんの少し弱い連中が四人いるとする。それとお前が戦うとなったら戦略的に有利なのは――」

「四人の方だ」

「そうだな。それはなぜかというと四人いれば、真正面から一人に戦わせておいて、他の三人でお前の背中から襲いかかればいいからだ。しかし――」


 そこでハクオンは、煙管を吸い込む。


「想像しろ。お前は深い谷の底にいる。安心しろ。その谷は狭くて後ろに回り込まれることはないし、だからこそ左右も狭く、人が入り込む余地はない。お前が戦うのはいつも真正面だけだ。これならどうだ?」


「それは……俺が勝つな」


「戦略的に有利だったのは四人の方だった。それはお前も認めていたじゃないか。なぜ勝てた?」

「そりゃあ、崖があるからだろ」


「その通り。地形による効果も戦略では重要なんだ。イェスイがやったこともそれなんだよ」

「崖に誘い込んだのか?」


「違う。に崖を作ったんだ」


 その答えは、完全にシュウガの意表を突いたらしい。再び何度も瞬きを繰り返すと、そのままイェスイを見つめ、


「――お前凄いなぁ!」


 と感嘆の声を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る