第24話 必至の一手
騒動に参加したと見なされた男子生徒は寮に留まり、二日間の外出を禁じられた。
ヘルデライバ学院の進学基準はかなり厳しい。この遅れを取り戻すのにどれほどの代価が必要なのかと、それを想像するだけで恐慌状態に陥る男子――元々計算してさぼっていた連中は特に――も数多くいる。
そんな中、さらに深刻そうな表情を浮かべている一団がいた。
言わずもがな男子代表組である。
参謀府となっているジルダンテの部屋の雰囲気も暗い。
奨学生であるソーレイト三人組には講義に出席できないことも十分な損害であったが、シュウガのもたらした情報がさらに三人を暗い気持ちにさせた。
「この一手はまずい……」
情報と共にシュウガが持ってきた食堂からの持ち帰り品には手を付けず、キュータイクが呻く。もちろんジルダンテもナブレッドもその意見には同意だ。
三人は今、かつてウルツが書き起こした広場の地図を中心に、額を付き合わせて唸っている。
「どういうことだ?」
と、ヘンラックが尋ねる。
現状では同じ寮に住む彼だけが参謀府を訪れることが出来た。もっとも作戦を練る以上に、シュウガが持ってきてくれた料理の方が目当てであることは否定できないが。
「この地形図を見給え」
こちらも食欲が湧かないらしいナブレッドが指し示すのは、地形図のほぼ中央。シュウガが報告にあった地点だ。
「この地形図を素直に読み取れば、この場所は広場で一番の高台になる。ここに大砲でも配置されてみろ。広場の全域が射程範囲内だ。我々は身動きが取れなくなるぞ」
ずるずると麺を啜っていたヘンラックの顔色が変わる。
「大砲って……そんな兵科あったか?」
「模擬戦ではかなりおかしな扱いになっているが、引きずり回せる砲兵ということは、要するに騎兵砲なわけだ。通常の砲兵は。当然射程も限られてくる」
ジルダンテが割り込んでくる。
「それが砦だと話が違うと?」
「違うと見るべきだろうな。何しろ我々は明日も動けないんだ。向こうに準備する時間はたっぷりある」
「それに対する策は?」
とヘンラックとしては当然の事を尋ねたつもりだったが、その何気ない問いかけに三人の顔が引きつった。
戦場の条件を変化させる――
これはすでに戦略の範疇だ。そして戦略で優位に立たれた以上、戦術上どんなに上手く立ち回っても、その優位を覆せないというのも軍事上の常識である。
戦略上の不利はそれを上回る戦略――ここでは単純に女子の砦に対抗する砦を築いても良い――を組み上げるしかないのだが、そのための戦力の余裕も時間の余裕もない。
謹慎を食らってしまったこと。
それだけでは、ここまで不利にはならない。問題はこの与えられた時間で女子が最善手を繰り出してきたということだ。
相当に頭の切れる戦略家が居る。
そう結論付けざるをえず、そしてその第一候補はあの幼さの残るイェスイだ。
「――砦が出来た以上、向こうの戦術は籠城になるだろう。こちらも根本的な戦術の見直しが必要だ」
ナブレッドがそう結論づけると、自然にウルツの顔が思い出される。
だが、謹慎中の今は寮の出入りもままならないのだ。
その時、バタバタと階段を上がってくる音が響いてきた。尋常な速度ではない。
「シュウガ君か?」
先ほど料理を届けてくれたばかりだというのに、またやってきたらしい。
「皿なら、謹慎が解けたら自分達で返しに行くぞ」
姿を現したシュウガに、ヘンラックが先回りしてそう答えるが、姿を現したシュウガは首を横に振った。
「今、『秋』に行ってたんだけど、砦の話をしたらウルツが真っ青になって――」
どうやらこちらと同じ結論に達したらしい。
「作戦会議を開きたいから、浴場に来てくれって」
なるほど、とソーレイトの四人は思わず顔を見合わせた。確かに三つの寮で共同の浴場なら、謹慎中でも会うことが出来る。
「後三刻半に集まってくれって。じゃあ俺『夏』にも行くから」
「ムカさん達も?」
と意外そうな声を出すのはキュータイクだ。だが、それも無理はない。
ヤオナの兄弟も、目の前のシュウガも作戦立案で役に立った試しはない。
「ムカさん達も俺ぐらいの動きは出来るんだよ。模擬戦っていうんで最初から舐めてたんだろうけど、あんな風に後ろに回るのが有効なら、それも武器にしたい……というようなこと言ってたな」
主体と客観が入り交じったわかりにくい説明だが、主旨は何とか理解できた。
シュウガほどの動きをムカ達も行えるとはとても思えないが、確かにあの兄弟の身体能力が高いことも事実だ。
「それじゃよろしく。俺、まだ飯を食ってないんだよね」
「あ、ああ」
という、ヘンラックの声が届くか届かないかのうちに、シュウガは忽然と姿を消した。
「――やっぱりあんな事が出来るのはシュウガ君だけじゃないのかな」
ジルダンテのその言葉に、ヘンラックは笑みを浮かべ、
「ウルツにも何か考えがあるんだろ。取りあえず飯を食って策を練り、こちらも腹案で腹を一杯にして大浴場に行こう。年下に主導権握られっぱなしじゃ格好が付かないだろ」
「もっともだが、君たちの士気の高さには、対抗するだけ矜恃がすり減っていく気がするな。君の病気も含めて」
「病気……僕の?」
意外そうな声を出すヘンラックに、ジルダンテのみならず他の二人までもが驚きに表情が凍り付く。
「気付いて……ないのか?」
恐怖に滲んだ声が参謀府に虚ろに響いた。
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