第23話 雨の中で得るもの
雨になったから戦争は取りやめです――
――などという馬鹿な話もないので、この雨の中でも模擬戦は行われていた。今日の担当はオークルとフェステン。傘を差して広場のほぼ中央に二人並んで佇んでいた。戦力判定機はフェステンの傍らの一台のみ。築城科のオークルには別の仕事がある。
女子の砦建設完了までの時間を計るという仕事だ。
昨日の騒動で謀らずも戦場での時間を獲得した女子達は、イェスイの提案を採用し戦局を決定づける砦の建設に着手した。
もちろん傘は差していない。
そのために制服が濡れて肌にぴったりと張り付き、身体の線が出ることをコウハとリリーアンはかなり気にしているようで、防禦のために気を抜かないながらも時々視線が自分の身体へと注がれている。
フェステンの目を気にしている――わけではない。そもそもそれなら防禦に気を配る必要はない。
「なーなー、何してんだ?」
と、こちらも傘を差さずに、女子が固まる化粧石のすぐ隣に陣取るのはシュウガだった。
「砦を……作ってるんだよ」
前の食堂と先日の戦場で、取りあえずシュウガの顔は覚えたらしいイェスイがそう返事をすると、シュウガは難しい顔で黙り込んだ。
「あなたは捕まらなかったの?」
戦場にシュウガが出ていることがあまりも煩わしかったのだろう。リリーアンが聞いても仕方がないことを尋ねた。今ここにいる以上、シュウガが謹慎処分を受けていないことは明白で、聞いたところでそれが覆るはずもないのだから。
「あの戦いには頭が居なかったから。俺、そういうのには興味がない」
漠然と暴力を振るうことを潔しとしない――とも取れる発言だが、学生達のじゃれ合いには興味がないということでもある。ヤオナでも恐れられる純粋な戦士。その片鱗を見た思いがしてリリーアンは、気を引き締めた。
一昨日の圧倒的な機動力は目にしている。気を抜いて後背に回られれば、成績が悪いシュウガ相手といえどもどんな結果が導き出されるか知れたものではない。ましてや砦を建設中で無防備なイェスイが狙われでもしたら大事である。
それにどうも、シュウガはリリーアンにもコウハにもあまり関心がないようだ。精神年齢がかなり低くて、子供が下品な言葉に喜ぶようにただ単に「女の裸」ということだけに興奮しているのかも知れない。
いくら何でもイェスイの裸がみたいなどということは――いや、水着か。
シュウガがあまりにも赤裸々スケベなのでつられてしまいそうになるが、こちらまで、それにつられて裸にするなどという発言に付き合うこともない。
「シュウガ君、こっちは防禦を緩めるつもりはないわ。この雨の中、大変でしょ。引いてくれればお互いに力を温存できると思うんだけど」
コウハがシュウガに不気味なものを感じたのか、停戦を持ちかけた。
確かにシュウガさえ居なければ傘も差せるし、それはつまりシュウガのあの機敏な動きに対応するために気を張っていなくても良いということだ。
「えっと、コウハ……さんだっけ?」
コウハの提案に、シュウガはまず確認から始めた。その関心の無さに、コウハは内心で安堵の溜息をつくが、戦っている相手の情報を知らない呑気さに呆れもする。
男子も苦労しているらしいと、同情めいた気持まで湧き起こってきた。
「そうよ。六年次生のコウハ」
そう答えると、シュウガは首を捻りつつ、
「ありがとう。じゃあ、そのコウハさんは今困っているわけだよな」
「そ、そうね」
「じゃあ、引くつもりはないよ。『敵がやられて嫌なことをする』のが戦いの基本だってハクオン先生も言ってたし」
その返答に思わず歯がみをするコウハ。
シュウガの存在は確かに想定外だったのだ。本来なら三人で砦を作ることに専念できるはずだったのだが、シュウガ一人の存在のために計画に大きな狂いが生じている。
この砦が完成すれば、戦略的に女子の勝ちはほぼ決する事になるが、完成できないままではシュウガの驚異の身体能力の前に、枕を高くすることができない。
男子が行動できないでいるこの好機を逃したくはない、というのがコウハの本音だが、劣等生のクセにシュウガは勝負所を捉えている。
理屈ではなく、何かしらの嗅覚が働いているのだろう。
「コウハさん、砦建設を宣言して。こいつは私が抑える」
リリーアンも状況の不利を悟ったのだろう。だが一昨日のシュウガの機動力を思えば、無謀と思える申し出だ。コウハがそれを理由に却下しようとしたが、
「大丈夫、今日は雨」
リリーアンがコウハの不安を打ち消すように、さらに言葉を続けた。
「足場が悪すぎるわ。雨の日には転ぶ人もいるこの広場で、あんなことできるはずがない」
「ああ、そうだな」
あっさりとシュウガがリリーアンの言葉を認めた。
その言葉を戦場での駆け引きと解釈することもできたが、どういうわけかその言葉は真実に聞こえた。
「……じゃあ、最初にここに来た理由は何?」
駆け引きも何もなくここに現れたとするなら――居続けることが戦術的な意味を持つとシュウガが知ったのは、つい先刻のことだ――最初の動機がわからない。
シュウガはこれにも真っ正直に答えた。
「この雨の中、何をしているのか気になった」
言われてみれば、もっともな理由だ。確かに偵察任務はそれだけで果たしていると
も言える。
「で、来てみたらイェスイがすげぇ可愛いんだよ。もうずっと見てても良いと思ったね」
「い、イェスイ……ね……」
コウハとリリーアンの脳裏に、同時に黒い閃きが走った。
(……もしかして、この男……)
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