第6話 最年少はヤ○ザ色

 模擬戦の手順はそれほど複雑ではない。


 男子寮代表は九名。女子寮代表は三名。女子寮代表側の能力値は三倍として計算され、その能力値には騎馬、操船、砲術、築城の四つの能力がある。


 では、その能力値はどうやって決定するか?


 その四つはこの学院で教えている講義科目でもある。そこで各年次別の成績を数値化して、さらに直前に行われる考査においての評価も加味された後、担当教師が、数値を設定するのだ。もちろん学年ごとに科目は違うわけだが、そこは各学年ごとの比率で処理すればいい。


 そして兵力の数値は、それぞれの運動科目の成績が元となるが、これについては僅かな違いが出る程度で、決定的な差異は出ない。

 生徒達は自分の能力値が組み込まれた木札を首からかけて戦いに臨み、お互いの木札を「戦力判定機」に差し込むことで、兵力を削っていく。


 それがこの戦いの基本だ。


 「戦力判定機」が出来る前は教師が立ち会って、お互いの数値を鑑み、さらに複雑な計算の末に判定していたのだが、この機械が出来てからは、学院側の手間が随分と減った。


 開発したのはオークルという築城科の教師。

 ソーレイト出身で、艶のある黒髪を短くまとめ片眼鏡を掛けたなかなかの美女だ。

 元々教師と言うよりは技術者肌の女性で、趣味は発明という変わり種である。


 その趣味が高じた結果が戦力判定機だ。教師達の手間が減ったことで非常に喜ばれたわけだが、その機械の仕組みをちゃんと理解している人間はオークルしかいないのである。


 すると、今回のように模擬戦が真剣勝負になってしまうと、こう考える輩が出てくるわけだ。


「――オークル先生。あんたは生徒全員の能力値を知ってるんだろう?」

 

 ガンッ!


 それに対するオークルの返事は“発砲”である。


 圧倒的に男子生徒が多いこの学院で、彼女は“護身のため”と称して常に銃を携帯しているのだ。そして些細なことですぐに発砲する。

 そのために二階にある築城科の教室は、あちこちに弾痕がこびりついているのだ。


「な、な、何ですか?」


 一発ぶっ放したあとに、オークルは問い質した。

 確実に順番がおかしい。


 今は築城の講義が終わったところで、講義を受けていたヤフウとテルイが詰め寄ったのだ。

 二人はそれぞれの長から厳命を受けており、威嚇の銃弾にも怯むことはない。


 男子寮代表組の中でも年次の低い二人だが、肝の据わり方は流石に半端ではなかった。

 他の生徒達は、もちろん早々に退避している。


「だから、代表者の能力値だよ。女子代表の数値と、もちろん俺たちの能力値も必要だ」


 もう一度、ヤフウがオークルに詰め寄る。

 ヤフウはムカをそのまま小さくした様な容貌である。いや、これはムカ達三兄弟に言えることなので、真ん中のキサトリも似たような容貌だ。


 背の高さや、髪の長さ――キサトリが一番長い――で容易に見分けは付くものの、皆が目印にしているのは鬢のあたりから、ピョンと髭のように飛び出した癖毛だ。

 上手い具合に、ムカが一本、キサトリが二本、そしてヤフウが三本となっている。


 ――そのヤフウの癖毛が揺れた。

 

 ガンッ! ガンッ!


 さらにオークルが二発ぶっ放したからだ。


 今度は威嚇ではない。ヤフウとテルイの間を銃弾が駆け抜けていく。少しでも弾道が逸れていれば、どちらかの頭が弾け飛んでいたところだ。

 これにはヤフウも怯む。だが男子代表組の最年少でもある三年次生のテルイはさらにオークルに詰め寄った。


「能力値を出せ」


 日頃はチャガとオゴアの陰に隠れて無口なテルイだが、一度こうと決めたら動かない頑固な面があった。言い換えれば忍耐力があるとも言える。


 三人の中では一番色素が薄く、クリーム色の髪に水色の瞳の持ち主で、何処か幽鬼めいた印象を人に抱かせており、今のオークルの状況のようにテルイに眼前に詰め寄られると、どうにも抗う気力が失われそうな容貌だ。


「わ、わ、私が知ってるのは築城の能力値だけですよ」


 相変わらず銃口を突きつけたままでオークルがそう言うと、ヤフウとテルイは顔を見合わせた。そして何事かを呟きあって、ヤフウが代表してこう尋ねた。


「女子は誰が出るんだ?」


 それは二人が確実に聞き出してこい、と特に強く命じられた内容である。


 オークルが築城の能力値を知っているということは、それは間違いなく女子の代表を知っている、ということを告白したも同然であるから、今度は言い逃れのしようがない。


「そ、それは時期が来ればわかるでしょう?」


 開戦まではあと三日ほどである。


「誰だ?」


 もちろん敵の情報は出来るだけ早く入手した方が有利であることに間違いはない。

 そういったことは学院に通っているならば周知の事実だ。だからこそテルイの尋ね方もシンプルになる。


「こちらの予想では、リリーアンさん、コウハさん」


 そこにヤフウが被せてきた。オークルは目に見えて動揺し、興奮しているのか片眼鏡が曇り始める。その二人の名は男子代表組の間でも本命視されている二人だ。

 女生徒の成績優秀者で、男子に熱い敵愾心を燃やしている者となると、まずこの二人だ。


 リリーアンは男嫌いで名前が通っているし、コウハはその防禦の堅さが有名である。


 それ故に、この二人の名前を“質問”の最中に出すことも立案されていた。

 こちらがすでに、情報を握っていると見せかけてカマをかけるためだ。


 ここで最後の追い込みである。

 交友関係からいえばセツミ辺りが有力だが……


「おい」


 だが、そのとどめの一言はヤフウでもテルイでもなく、別の人物から放たれた。


 講堂の入り口に、ずっしりとした姿を現したのは操船科の教師、コチだった。

 潮に焼けた浅黒い肌がいかにも“海の男”という外見で、教師としては失格に思えるほどに口数が少ない。

 だがそれだけに、その言葉には重みがあった。


「そういったやり方は禁止だ」

「コチ先生……」


 オークルが救いを求めるように声を上げるが、コチはギロリと睨み返すだけでそれに応じ、ヤフウとテルイにはさらに言葉を重ねる。


「早く出て行け。男子が失格になるぞ」


 ここまで言われれてしまえば、頑固者のテルイも引き下がるしかない。ゴールディア出身のテルイは操船の授業を特に苦手としており、自然と担当教師のコチも苦手にしていた。

 ヤフウはヤフウでヤオナ出身であるので、船乗りとして自分よりも経験があり腕も確かなコチには自然と敬意を抱いてしまう。


 コチが現れた瞬間に状況的には“詰み”と言っても良い。


 二人はもう一度顔を見合わせると、オークルを解放して築城科の講堂を出て行く事を決めた。もちろんコチもそれを遮らないが、二人はその背後にいる二人の女生徒の姿を確認する。


 名前が出たリリーアンと、候補の一人でもあるセツミだ。


 ――確かに情報戦は始まっている。

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