第7話 女子寮「春」の風景

ヘルデライバ軍事学院は全寮制の学校である。


 各国から生徒達がやってきて講義を受けつつも、普段の生活は寮で行うこととなる。男子生徒は数が多いこともあって、寮が三棟有りそれぞれの出身国で棲み分けされていた。


 国別に生徒達への対応を変えることがないように徹底されている学院ではあったが、さすがに生活習慣の違いも鑑みて、寮だけは綺麗に別れている。


 ソーレイト出身者は「冬」。寮長はグロウパー。

 ゴールディア出身者は「秋」。寮長はクアン。

 ヤオナ出身者は「夏」。寮長はセキミツ。


 全員が最高学年である八年次生で、寮運営に携わっても問題がないほどの成績優秀者だ。また本国ではある程度の支配階級に所属しているのも寮長に選出される条件でもある。


 寮が故郷の出先機関の一面を持っている以上、そんな寮内で睨みを効かせるためには、ある程度は本国の事情も持ち込まなければならないからだ。


 幼年学校に通う幼い生徒達の安全を守るためにも、学院の理念とはいえ、ある程度の妥協は必要である。


 一方で女子は圧倒的に生徒数が少ない。生活習慣も何もかもを乗り越えて、三国の出身者が肩を寄せ合って暮らしている。


 「春」という名のその寮の寮長は、ヤオナ出身のチョウカ。


 ヤオナは他の二国に比べて女性の地位が高いので歴代寮長もヤオナ出身者が多い。

 女子寮は生活習慣の違いに対応するために、男子寮とは違い施設が充実している。その分、引き締めも必要なわけだが今のところ問題は発生していない。


 そんな充実した施設の中には女子寮専用の厨房施設がある。三つの寮共同とはいえ男子寮にも浴場などの生活設備はあるが、厨房は女子寮独自の設備だった。

 年始めの休暇で、故国に帰った女生徒達はそれぞれ故郷の料理を覚えて戻り、それを女子寮で振る舞うことが一種伝統となっている。


「今日はヤオナ風だね。寮長?」


 と椅子に腰掛けながら、リリーアンが確認する。


 男と同席するのを嫌うリリーアンは、ソーレイト人であるにもかかわらず学食をあまり利用しない。もっぱら女子寮一階にある食堂の常連だ。

 講義に追われている昼食ならともかく、今のような夕食時には間違いなく女子寮の食堂で食事を摂る。


「今日はセツミ」


 同じく食堂の愛好者である、コウハが返事をする。

 女子寮の食堂も学食ほどではないが、そこそこには広い。収容人数はおよそ三十人ほどといったところだろうか。もちろん学食と同じように女生徒の交流の場としても機能している。


 女子寮といえども、他の建物と変わらず元は花崗岩で建造された無骨な空間なのであるが、女生徒が寄ってたかって故国の装飾品で壁を飾り付け、食卓には織物が敷かれたりと手を加え続けたために、見事に女の子女の子した空間に仕上がっていた。


「え? あの子、料理大丈夫なの?」


 日頃の言動からは、当然の疑念と言うべきだろう。

 ソーレイトでも主食のご飯が盛られた茶碗に、今日は近海で豊漁だったらしいサヨリの切り身。温かそうな湯気が上がる羮。そして食卓の中央には二種類の野菜の煮物が、大皿に盛られていた。


 肉類をほとんど食しない、ヤオナらしい料理の数々であり、一応見た目はまともそうだ。


「前に注意したのが堪えたみたいね。進歩の跡が見えるわ」


 コウハは同郷の後輩の料理の腕を、そんな風に評価した


「――美味しいの?」

「食べられるわ」


 微妙な答えだったが、ここで食事をする以上ある程度の妥協は必要だ。


「……それで、男子の動きは?」


 箸を手に取ったリリーアンにコウハが水を向ける。リリーアンがセツミと共に男子側の情報収集を妨害したことはすでに聞いているのだろう。


「今日はあれ以上動きはないみたい。オークル先生もガードを固めたみたいだし、女子には単独で行動しないように連絡回してるから、動きようがないでしょ」

「油断は無いわけね」


 安心したようにコウハが息をついたところで、ミクリアと相変わらずそれにくっついているイェスイが食堂に姿を現した。ミクリアは自分の容姿に自信がないので、男子の目のあるところには、あまり出たがらないので自然、この食堂の利用が多くなる。


「ミクリア、小さい子たちに知らせてくれた?」

「うん大丈夫だよ」


 イェスイと並んで席に着きながら、ミクリアがリリーアンの問いかけに答える。いくら仲の良い女生徒同士とはいえ、年長者と年少者の壁は厳然として存在する。その点、ミクリアのように年下受けする存在は有り難い。


「イェスイ、あなたここのところこっちばっかりだけど大丈夫?」


 コウハがイェスイに声をかけると、イェスイは小首を傾げる。


「コウハ、それじゃ伝わらないよ。イェスイ、肉が恋しくなってないか?」


 突然に胴間声が降り注ぐ。


 ぐったりしたセツミを右脇に抱え、左手に大鉢を持った浅黒い肌の女丈夫が現れる。

 寮長のチョウカだ。


 イェスイはそんなチョウカの姿に首をすめながらも、コクコクと頷いて見せた。


「セツミ、今度は何をやったの?」


 リリーアンが呆れたように尋ねると、


「こいつ、コウハだけに“揚げ出し豆腐”を作ろうとしてたんだよ。だから私が材料取り上げて、ここにいる人数分作っておいた」


 そう言うとチョウカは、食卓の上にドンと大鉢を置いた。黄金色の衣を纏った豆腐の上に、大根おろし、刻んだネギ。その上から食欲を刺激する香りを放つ醤油ダレがたっぷりとかけられていた。


「……うう、私のお小遣い……」


 ぐったりとしたままでセツミが悔しそうに呻く。

 もちろん女子寮での食事は、各自が食費を出し合ってこそ提供されるのである。


「やったね! 私それ大好き。ヤオナにしては味付けが濃いのよね」


 リリーアンが喜びの声を上げる。


「イェスイは食べたことあったっけ?」


 ミクリアの問いかけに、ふるふると首を横に振るイェスイ。


「これならゴールディアの風味に近いかも知れないわ」


 ミクリアはレンゲで豆腐を切り崩すと、小鉢に分けてイェスイの前に差し出した。イェスイは、それを受け取るとフーフーと覚ましてから口に運ぶ。

 そして口に含むと喜色満面の笑みを浮かべて、


『ボー!――じゃなくて、おいしい!」


 と快哉を叫んだ。


 それを見た全員の顔がだらしなく緩んだところで、チョウカとセツミも食卓に着き、しばらくは全員で和気藹々と食事を進めていたが、やがてセツミが口火を切った。

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