第29話 侃々諤々、丁々発止
その散開を、架空の砦の中でジッと見据える女子三人。
大砲相手に、密集したまま正面から飛び込んでくるはずもないので、予想通りの展開だ。
そしてウルツが予想したように、大砲は補給線の確保のために後ろに向けられている。
女子代表は戦略目的を変更した。
当初は自分達の三倍増しの能力と、イェスイの圧倒的な戦力で男子を全滅に追い込んで、さっさと終わらせるつもりだった。
だが、それにはリスクを伴う。
要はこちらの全滅さえ免れれば、水着を着ることはない。
頭に昇った血を下げて冷静に考えれば、簡単に辿り着きそうな結論であるはずなのだが、あの三角形の布きれがリリーアンとコウハから正常な判断力を奪っていた。
だが、すでに二人は落ち着きを取り戻している。
年下のイェスイに、ここまで戦略的に優位な条件を整えられたのだ。ここで先輩らしいところを見せねば立つ瀬がない。
イェスイはまだ感覚的な部分で動いているところが多々あるし、それを学んだ軍事知識で補強するのが自分達の役割だ――と二人は判断し、その手始めが戦略目的の修正だ。
男子の全滅を狙わず、生き残るということであれば、戦略的優位を獲得したこの砦に籠もるのが一番だ。
女子寮自体に籠もるという手段もあるが、寮自体には男子の侵入を防ぐような防禦的な役割がない。無論、地の利はあるが、男子が侵入してくるということ事態が、それだけで鳥肌ものだ。
それならば全滅を狙う男子相手に、自分達を囮として砦に固執させて方が精神的にも軍事上でも有利である。
「補給線への誘いは読まれたか」
リリーアンがウルツの動きを見つめながら忌々しげに呟く。するとコウハは首を傾げて、
「そう?」
と納得していないような声を上げた。
「それぐらいは読んでくると思ってた。セツミの話だと、向こうの作戦会議で主導権を握っていたのは、あの子なんだって」
浴場での作戦会議だと、色々な意味で筒抜けである。
「補給線に気付かないまでも後ろに回り込んだら、砲撃してイェスイにとどめを刺して貰おうと思ってたんだけど、空振りみたいね」
「出なくて良いの?」
今度はイェスイが首を傾げる。
「ええ。いくらイェスイが強くても、単独で行動させるわけにはいかないわ。なんと言っても向こうにはシュウガ君がいるし」
「うん。あの人とやりあうと、ちょっと他のことは出来ないかな」
何だか嬉しそうに語るイェスイに、リリーアンは一瞬顔をしかめたあと、
「コウハさん、それぞれの配置は?」
「ヤオナ組が校舎の方に向かってるわね。ゴールディア組はさらに散開して、こちらの的を散らそうとしてる……のかな?」
「うん」
元々遮蔽物は何もないのだ。リリーアンにもその状況はすぐに見て取れた。
「元々のスケベ三人組は……動いてないわね」
「そう……アレはアレで、こちらの大砲を誘っているように見える……いえ……」
眼を細めながらコウハが自問する。
「アレは司令部なんじゃないかしら?」
「司令部?」
「ウルツ君が参謀で、シュウガ君が予備兵力。もちろんイェスイの動きに対抗させる心づもりもあるでしょうし」
「じゃあヘンラックさんが司令官? 一番嫌ってた割りに評価が高いんだ」
「自分の好き嫌いだけで、能力を決めつけるほど愚かじゃないつもりよ。それにあの混成軍の調整役をしているのがあの人みたいなのよね。私の前だと、ただただイヤらしいだけだから、今一信頼できないんだけど……」
「それって、セツミ情報?」
「うん」
「じゃあ、セツミは信頼しよう。コウハさんに怒られてから、随分と頑張ってるもの。それにそう言われてみれば、確かに司令官っぽいわ」
「そう?」
「だって、男子全員が時々、あの先輩の方を見るもの。向こうも指揮系統を整理してきたんだわ。イェスイに襲いかかられたときは無茶苦茶だったからね」
「手強いって事ね。動く?」
「いいえ。基本戦術は籠城よ。大砲に頼り切った戦闘を仕掛けたら不利になると思うわ」
「そうね。イェスイもそう言うことで構わない? 他に何かやるべき事はある?」
イェスイは少し空を仰ぎ、
「ない!」
と元気よく言い切った。
「よし! これで後四刻まで、そして残り三日を乗り切るわよ!」
そうリリーアンが発破をかけたところで、女子にとってはまったく予想外の音が響いてきた。
水しぶきの音だ。
ムカ、キサトリ、キフウの三人が制服が濡れるのも厭わずに、噴水の中に踏み込んでいた。そして同時に叫ぶ。
「「「兵種変換。水軍!」」」
*
ヤオナ組の三人は噴水の周りをグルグルと回りながら、連続して砲撃を行ってくる。
それに対してオークルがいちいち、
「外壁はまだ大丈夫です」
と繰り返しているが、何時大丈夫ではなくなるのかは定かではない。
そもそも水軍――船に乗ったからと言って、いきなり砲撃することが出来るというのは無茶苦茶すぎる、という抗議をリリーアン達も行いはしたのだが、
「一年ほど前に、大砲を備えた軍船はヤオナ水軍が実際に開発している。知らないのはお前達の情報収集に問題があるからだ」
というハクオンの理屈に対抗できるはずもなく、
「実際、船に乗った段階で出来ることは現状では“大砲を撃つ”事だけだ。外壁を崩せたとしても、そこからは兵種変換しなければ、手の出しようがない。それほどに有利ではないと思うがな」
と冷めた調子で言われてしまっては、ムキになるのも馬鹿らしくなる。
だが、ムカ達は確かにそうだとしても、男子には他にも崩れた外壁に突っ込んでくる部隊がいるのだ。
チャガ達、ゴールディアの三人は相変わらず不規則な機動を止めないので、何処で加速してくるのかわからないし、なによりシュウガがジッとこちらを見つめているのも不気味だ。全員がここに乗り込んできたら、乱戦という判定になるだろう。
そうなれば女子の三倍増しの規則が適応されるかは微妙なところだ。
「指揮系統が乱れた軍隊は軍隊じゃない」
――ハクオンがいかにも言いそうなことである。
「……私が行く?」
先輩二人の苦しそうな表情を見かねたのか、イェスイが小さな声で申し出る。
だがコウハはそれに首を横に振った。
「確かにイェスイのことは信用してるけど、水上じゃちょっと厳しいわ。忘れないで。シュウガ君はヤオナの出身なのよ。他の成績がダメでも、水上は得意かも知れないわ」
「じゃあ、何もしないの?」
「いいえ。それじゃあジリ貧よ。考えたんだけど、大砲でムカさん達を狙ってみるのはどうかしら? 向こうは船なんだし、損傷を与えればそのまま全滅させることが出来るわ。そうすれば、明日は出てこれなくなるし、勝利がグッと近付くし」
イェスイへの返事というよりは、リリーアンに熱心に語りかける事となってしまった。
そのリリーアンはコウハではなく、ジッとウルツの方を見つめている。
「リリーアン……?」
「大砲の目標は変えないままで行きましょう。もちろんイェスイもそのまま待機」
「それは……消極的に過ぎない?」
実際に外壁に損害が出ているのだ。さすがに難色を示すコウハだったが、リリーアンはむしろそんなコウハの声で確信が持てたようだ。
「ウルツ君は、多分そう出ることを望んでいるんだわ。私もコウハさんのやり方が普通だと思うけど、ここはそこを外しましょう」
「具体的には?」
リリーアンはニヤッと笑って、イェスイを見つめる。
「イェスイやっぱり手伝って。この砦を直していくの。壊れた端から」
するとイェスイもにっこりと笑って、
「おかしいね。本当は何もないのに、壊れたり直したり」
「そうね。だからこそ先生も判定には困ると思うの」
「でも、認めてくれるかしら?」
「私はソーレイト出身よ。戦いながら砦を直したりすることがあるのは、調べるまでもなく知ってるわ。この申し出が却下されたら、恥をかくのは先生達の方よ!」
自信満々に言い切るリリーアン。
果たしてハクオンは女子の申告を了承し、オークルの、
「外壁はまだ大丈夫です」
と、
「外壁は修繕されました」
の声が交互に響くこととなった。
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