どうせ俺はNPCだから

枕崎 純之助

序幕 地の底の出会い

「クソッ。完全に閉じ込められちまった」


 暗闇くらやみに閉ざされた視界の中、俺の声だけがむなしく響く。

 この洞窟どうくつの最深部である地下50層の床のさらに下。

 本来あるはずのない床下の空間に閉じ込められ、アホみたいに巨大で分厚い二枚の岩盤の間にはさみ込まれた俺は、まるで身動きが取れずに自分のマヌケさを呪った。

 まったく面白くねえ話だ。

 こんなカビくせえ洞窟どうくつの奥に閉じ込められて体中あちこち痛むわ、腹は減ってくるわでクソみてえな気分を味わう羽目はめになるとはな。


 悪魔同士のケンカに負けることはある。

 きたねえ手でハメられることだって日常茶飯事だ。

 そんなことが気に食わねえわけじゃねえ。

 悪魔ってのは他人をだまし、あざむき、おとしいれるもんだからな。

 俺をここに閉じ込めた連中は正しい悪魔だったってわけよ。


 気に入らねえのは……俺のこのクソ弱い下級悪魔の体だ。

 今だってこんな岩盤程度ぶち破れねえんだからな。

 このままだと俺はゲームオーバーになることもなく、ここで岩盤にはさまれ続ける所謂いわゆる「ハマり」って状態におちいる。


 そんなことになってもこのゲーム『地獄の谷ヘル・バレー』の運営本部は気にも止めないだろうよ。

 どうせ俺はNPC《ノン・プレイヤー・キャラクター》だから。

 しかもどうでもいい下級悪魔で、俺の代わりはいくらでもいる。


 俺をここに閉じ込めた上級悪魔のクソ野郎どもは今頃、この俺の惨状を想像して大笑いしてやがるだろう。

 アホどもが。

 そしてあんなアホどもにまんまとしてやられた己のマヌケさにはほとほと愛想が尽きた。


 ムカつく奴らをぶっ殺してやりたくて、俺は毎日のように訓練に明け暮れ、実戦経験を積むために昼夜を問わずにケンカケンカまたケンカ。

 おかげでこの近辺じゃ俺にかなう奴はいなくなった。


 だが……しょせん俺は下級悪魔。

 その力には限界があり、一定のラインを越えることは出来ない。

 クソ忌々いまいましいことに、どんなにきたえても限界以上の強さを得ることは出来ないようにキャラ設計されている。


「くそっ!」


 ヘラヘラした上級悪魔どもにいいように遊ばれて、こんな場所にハメ込まれた俺は、煮えたぎる怒りを我慢できずに腹の底から吠えた。


「くそがぁぁぁぁぁぁぁっ! どいつもこいつもぶっ殺してやる! 皆殺しだ!」

「ひいっ!」


 ……あ?

 何だ今の声は。


 俺は自分をはさみ込んでいる岩盤の上から聞こえてきた奇妙な声にまゆを潜めた。

 ここは悪魔も寄り付きゃしない辺鄙へんぴ洞窟どうくつの奥の奥だ。

 こんな場所に誰かがやって来るはずは……。

 そう思ったその時、暗闇くらやみの中に頭上から一条の光が差し込む。

 それは洞窟どうくつの中を照らし出す篝火かがりびの明かりだった。

 一体何が……ん?


「きゃっ……アイタッ!」


 出し抜けに小さな人影が宙に踊り、地面にドサッと何者かが落ちてきたんだ。

 突如として開いた岩盤の隙間すきまからすべり落ちたのか、そいつは俺の目の前に落下してきて、しこたましりを打ちやがった。


「誰だ? てめえは」


 俺の目の前に唐突に現れたのは、まだ若い見習い天使の小娘だった。

 この小娘との奇妙な出会いが、俺のNPCとしての人生を大きく変えることになる。

 この時はそんなことこれっぽっちも予想しなかったがな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る