第4話 生還

 目を開けるとそこは見覚えのある場所だった。

 ここは……牢獄ろうごくだ。

 さっき俺がグリフィンに見せられた天樹の塔の中にある、分析室の特別ろうだった。

 俺は両手両足をくさりつながれて、ろうの天井からるされている。


 こんな有り様だが……俺は生きて戻って来た。

 あの奇妙なNPC墓場はかばから舞い戻り、再びこの世に肉体を持つ存在となった。

 体の感覚を確かめるように腕や足を動かしてみる。

 俺を拘束する銀色のくさりのせいで大して動かせないが、拳を握り締めることも出来るし、俺の体は確かに俺の意思を反映してくれる。

 そのことに俺は生きている実感を覚えることが出来た。


 次に俺は用心深く視線をめぐらせてろうの中を見回す。

 ろうは独房にしては広く、鉄格子てつごうしなども見当たらないことから、ろうというよりは部屋と呼ぶべきだった。

 だが木目模様の壁でおおわれた円形のその部屋には窓も出入口も見当たらず、まるで密閉空間だ。

 そして部屋の中には誰の姿も見当たらない。

 だが、この状況をどこからか監視している奴がいるはずだ。


 俺は注意しながら体内に魔力を循環じゅんかんさせようと集中する。

 だが、思うように魔力が体に満ちていかない。

 力が封じられているようだ。

 ま、そりゃそうだな。

 俺は囚人しゅうじんだ。

 それも、特別ろうに投獄されるような札付きの悪漢らしい。

 笑えるぜ。


 ふと俺は自分の手足を縛る銀色のくさりを見る。

 そう言えばティナを銀色のくさりで捕らえたグリフィンが言っていた。

 いましめのくさりで縛られた者は、この天樹の中では力を振るえないと。

 これは間違いなくあれと同じくさりだろう。

 忌々いまいましいが今のままじゃ俺は灼熱鴉バーン・クロウひとつ放つことも出来ない。


「さて……どうするか」


 俺は自分の体をじっと見回した。

 くさりに縛られちゃいるが、幸いにして五体満足だ。

 ライフは残り少ないが、それでも活動するのに必要最低限は残されている。

 メイン・システムを起動することが出来ないから自分のステータスは確認できないが、相変わらずクソ忌々いまいましい首輪はハメられたままだ。

 例によって腕力や攻撃力は半減しているだろう。


 今の俺にこの状況を打破することが出来るだろうか。

 そう思考をめぐらせながら自分の体をあらためた俺は、右太ももに巻き付けた黒と赤の布でまれたレッグ・カバーに目を止めた。

 ティナの奴が余計なお節介せっかいで俺に与えたものだ。


 不意にさっきNPCの墓場はかばで別れ際に天使長イザベラが言ったことが思い起こされる。

 このレッグ・カバーがいざという時に役に立つとか何とか言ってやがったな。

 だが両手両足を縛られた状態ではどうすることも出来ない。

 くそっ。

 腹立たしい。


 ムダな努力と分かっていながら、俺はくさりを断ち切れないかと足を動かす。

 懸命に力を込めて足を振るう。

 もちろんそんな程度ではくさりは断ち切れない。

 それでも俺はくさりがジャラジャラと音を立てるのも構わず、足を振るい続けた。

 すると……俺の太ももに巻かれたレッグ・カバーから何か小さな物が飛び出してきて宙を舞う。


「おっと」


 俺はその小指程度の小さな物を落とさないよう、咄嗟とっさに足の指ではさんだ。

 そしてその正体に気付いた。

 これは海棲人マーマンどもがティナに渡した物だ。


 そう。

 それはティナが礼として受け取った海棲人マーマンどもの宝物である、海竜のふえとかいうアイテムだった。

 その効能は確か……。


「これはいけるかもしれねえ」


 そう言うと俺は足の指でつかんだそれを足首のスナップで蹴り上げる。

 そうして顔の前に浮かんだそれを俺は口でくわえた。

 本当は効果を試したいところだが、ここはぶっつけ本番でいくしかねえ。


「ぬぅぅぅぅぅぅっ!」


 俺は海竜のふえくわえたまま、大きなうなり声を上げて暴れた。

 くさりがガチャガチャとやかましい音を立てる。

 その時だった。

 木目調の壁の模様が急に変化したかと思うと、その壁にポッカリと楕円だえん形の穴が開いたんだ。

 そこから現れたのは武装した天使の警備兵2名だった。


「おい! 何をしている!」


 来た!

 待ってたぜ。

 俺は間髪入れずに思い切り海竜のふえを吹く。

 小さなふえにもかかわらず、その音は豪快だった。

 

 ブオオオオオオオッ!


 まるで竜の鳴き声のような音が響き渡り、その音の大きさに天使の警備兵どもが顔をしかめてひるんだ。

 その瞬間だった。

 ふえから爆発的に海水がき出し始め、あっという間にそれは部屋中に広がる大量の水の奔流ほんりゅうへと変化する。


 塩気の臭気を放つ水流はすぐに部屋の中を満たし、駆けつけてきた警備兵らはもちろんのこと、俺自身をも巻き込んで押し流していく。

 その強大な力にあらがすべはない。

 俺を縛り付けていたくさりは水流の力で天井から引きちぎられ、水は出口を求めて流れていく。

 向かう先はこの部屋の唯一の出入口、先ほど警備兵たちが入ってきた壁のあなだ。


 水流は警備兵らを部屋の外に追いやり、次いで俺を壁のあなから室外に排出した。

 よし!

 俺は水流のおかげでまんまと部屋の外に脱出することに成功した。

 だが、それでも俺は止まることなくふえを吹き続けた。

 水流は留まることを知らずにかさを増していき、俺はその流れにまれながら周囲を見回した。

 俺が閉じ込められていたろうの外は廊下ろうかになっている。


 ゆるやかな弧を描くその廊下ろうかを水に押し流されながら俺は進み、途中で何人もの天使を水流が巻き込んでいく。

 ほどなくして俺は廊下ろうかの窓の外に外界の景色けしきが広がっているのを見た。

 あそこだ!

 水圧がその窓を容赦ようしゃなくぶち破り、俺は一気にそこから海水もろとも外に飛び出した。


「プハアッ!」


 途端とたんに俺の体は水流から放り出され、足場のない空中を落下する。

 そこは確かに天樹のみきの外だった。

 俺は自分が水流に乗って天樹の外周通路から外に脱出したことを知り、ふえを吹くのをやめて大きく息を吸い込んだ。

 そこはおそらく地上から百メートル以上はある高さで、眼下には天樹の根元にまばらな森が広がっていた。

 俺は空中を落下しながら身をよじるが、羽を巻き込んでくさりが体に巻かれているため、飛ぶことが出来ない。

 俺の体は地上に向けてどんどん落下していく。


「くそっ!」


 俺は思い切り力を込めてくさりを断ち切ろうとするが、かなり強固に縛られているため簡単にはいかない。

 だが、天樹の外に出た以上、このくさりの封印力は消えたはずだ。

 今の俺なら……。


「ぬああああっ!」


 俺は体内から魔力を放出する。

 俺の体から炎が吹き上がった。

 そうこうしている間にも俺の体は速度を上げてグングンと地上に落下していく。

 くっ。

 今のこのライフ量で地面に叩きつけられたら、落下ダメージで一発アウトだ。


 俺はありったけの力を込めてくさりを引きちぎろうとする。

 すると銀色のくさりの表面にピシッと亀裂きれつが入り始めた。

 もう少しだ。

 だが、地面はどんどん迫ってくる。

 間に合わねえ。

 こうなったら……。


螺旋魔刃脚スクリュー・デビル・ブレード!」


 俺は技の勢いを借り、思い切り力を込めて体を回転させた。

 体からき上がる炎にあぶられたくさりがついにゆるみ始めたのを感じ、俺はそのまま回転力を利用してくさりを完全に引きちぎった。


「オラアッ!」


 そしてようやく体の自由を取り戻した俺は、即座に羽を広げる。

 途端とたんに落下速度がゆるまったが、時すでに遅く、俺の眼前に森の中でもひときわ背の高い巨木の太い枝が迫ってきた。


「くそったれがあぁぁぁぁ!」


 俺はその枝にからみ付くように腕を引っかける。

 勢いで腕がちぎれそうになるが、俺はその枝をじくに幾度も回転して勢いを弱めた。

 だが、三度目の回転で俺の腕が遠心力に耐えられずに枝から外れ、俺はそのまま地面の茂みの中に突っ込んだ。


「うげええええっ! イテテテッ!」


 体のあちこちを草木の小枝に叩かれながら、ようやく俺は地面の上を転がって止まることが出来た。

 ライフは多少減ったものの、尽きてしまうほどではなく、何とかゲームオーバーはまぬがれた。


「あ、危ねえ……せっかく脱出したってのに、ここで死んだアホだろ」


 俺の体にはまだ断絶凶刃コンティニュー・キャンセラーのろいが残っているはずだ。

 ライフが尽きればそれでジ・エンドになっちまうからな。

 それにしても久しぶりに自分の体に戻ったせいか、まだ以前のようには動けねえな。

 早く慣れる必要がある。


「それにしてもこいつはすげえな」


 俺はさっきまで口にくわえていた海竜のふえを地面から拾い上げてマジマジと見つめる。

 伝説の海竜の姿をかたどったそのふえ威力いりょくは俺の予想をはるかに超えていた。

 特にああいった建物内では効果絶大だ。

 敵を一掃出来るだろう。


 俺はそのふえを見ながら、ティナが俺に与えた手製のレッグ・カバーに目を移す。

 そのレッグ・カバーをめくると、そこにはこのふえを収納していたと思しきふくろが裏貼りされていた。

 そしてその裏貼りに指を触れた途端とたん、俺の目の前にダイレクト・メッセージが表示される。

 それはティナからのメッセージだった。


【バレットさん。このふえ海棲人マーマンから私におくられたものですが、何かと無茶をするバレットさんが持っているほうがいいと思います。お使い下さい。追伸。レッグカバー、あまり上手い出来ではありませんが、バレットさんが使ってくれたら嬉しいです。いつかバレットさんが立派な魔王になったら自慢できるじゃないですか。魔王のレッグ・カバーは私が作ったんだって。だからそう自慢できるような、立派な魔王になって下さいね】


「あいつ……こんなもんを残してやがったのか……アホめ」


 まったく本当にどうしようもないアホだ。

 俺が魔王になることなんざ万に一つもありえねえし、もしそうなったとしてもその頃にはおまえは天使長だろうが。

 どのツラ下げてそんなことを自慢するつもりなんだ。


 俺はくちびるむ。

 あの小娘にもう一度世の中の厳しさを叩き込んでやりたくなる。

 現実を突きつけてやりたくなる。

 まあ、そんなことをしてもあいつは泣いたり笑ったりするだけでりもしねえんだろうが。

 だが、このままでは済まさねえ。

 俺の気が済まねえ。


「とにかくグリフィンをぶっつぶして、ついでにティナの奴も回収してやる」


 そう言うと俺は茂みの中から立ち上がった。

 まずはライフを回復しておかねえと。

 それから……ん?

 そこで俺は気が付いた。


 立ち上がった俺の視界のすみに何者かが倒れている。

 十数メートル先の茂みの中から横たわる足が見えている。

 それはおそらく女のものだ。

 俺は注意深く茂みをかき分けて進んでいき、倒れている人物を見下ろした。

 それは天使の女だった。


 体中が傷つき、気を失っていたがまだ息はあるようだ。

 俺と同じように落下してきたような痕跡こんせきが周囲の草木に見られる。

 俺はその天使の女の顔に注目した。


「ん? こいつは確か……」


 俺はその女の顔に見覚えがあった。

 この女はフーシェ島で見たミシェルとかいうティナの先輩だ。

 何でこんな場所に?

 俺はミシェルの肩に手をかけて揺り動かした。


「おい。何してんだ。起きろ」

 

 俺がそう声をかけるとミシェルは表情をゆがめ、うわ言のように声をしぼり出す。


「うぅ……ティナ」


 そう言うとミシェルはハッと目を覚ました。

 そして俺の顔を見て、わずかに表情を引きつらせる。


「あ、あなたは……バレット様」

「何があった?」


 そう言う俺に、ミシェルの顔が何かを思い出したように青ざめる。


「マ、マーカス隊長がティナをさらって逃げたのです。私を含めた数名の天使が追撃をかけましたが、私はあえなく撃ち落とされてしまって……」

「そういうことか……マーカスの野郎はどの方角に逃げた?」


 俺がそう言うとミシェルは顔を曇らせ、どういうわけか天樹の方を指差して言った。


「私、確かに見たんです。天樹の塔から脱出したはずのマーカス隊長が、なぜか再び天樹の根元へと舞い戻っていくのを」

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