第3話 光の先へ
「くはっ……」
星のように光の
な、何なんだ……このキツさは。
ただ糸を
天使長イザベラから示された元の世界へ戻る道。
それは俺の腕章から伸びている光の糸を伝って進むだけの至極単純な道すじだった。
だが、いざ動き出すと俺の体は重く、自分でも想像していなかったほど動けない。
まるで何年も病床に伏せて筋力の弱りきった病人同然だ。
「おいおい。どうしたバレット。もうヘバッちまったのか?」
ほとんど
こいつは俺と違って肉体を現世に残していないから、この光の糸を
俺が顔を苦痛に
ムカつく野郎だが、こいつの能力が俺とは天と地ほどの差があることは認めざるを得ない。
『おやめなさい。ドレイク。バレット様はここに慣れていないのです。バレット様。ゆっくりで構いませんよ』
そう言ってイザベラは
くっ……天使に
しかも憎らしいことに俺を先導して同じように糸を
何で俺だけこんなにキツイんだ。
腕が重い。
手に力が入らねえ。
そんな俺の様子を見てドレイクが言う。
「おまえは今、肉体を持った姿だが、意識プログラムの状態であることに変わりはねえんだ。だからもっと意識の力で体を動かさねえと、永久に
「意識の力? 何だそりゃ」
「俺たちは普段、何の気なしに走ったり飛んだりしているが、それは全部頭から信号を出して自分の体に命令しているから出来ることなんだよ。だが、現世では当たり前のように出来るそれも、この場所ではその命令をより強固に、確固たる意思を持ってやらねえと動けなくなる」
より強く意識して体を動かせってことか?
面倒くせえ場所だ。
仕方なく俺は腕に強い意識を送り、動け動けと命令する。
だが腕は相変わらず重いままだ。
くそっ。
マジでイラつくぜ。
腕の重さに耐え、息苦しさに肺が悲鳴を上げるのも
頭と体を連動させようとこんなにも必死になったことは今までない。
そんな俺の様子を後ろから見ていたドレイクが言う。
「バレット。おまえかなり
「……うるせえよ」
それにしても魔王ってのは、見ただけで相手のことが分かるのか?
まあ、百戦
俺のトゲのある言葉もまったく意に介さず、ドレイクは続きを話す。
「けど、色々ともったいねえな」
「なに?」
「おまえは目に見えるステータスのパラメーター上昇ばかりに
目に見えるパラメーター?
「俺たちが自分のメイン・システムで確認できる能力値は限られている。だが、俺達NPCにはそれ以外にも多くのパラメーターが備わっているんだ」
NPCが持つステータス内のパラメーターは腕力や
「そういう毛細血管のような裏パラメーターの微細な数値が上昇することで、俺たちNPCは細やかな成長をしていくんだ」
「俺はそういう部分が
「おそらくな。しっかりと
ドレイクの話に俺は
こんな話は今まで聞いたことがない。
まだ俺には今よりも強くなれる余地があるってことか?
「腕力や素早さってのは能力値が頭打ちになればそれ以上
得意気にドレイクはそう語る。
それにしてもこいつ、よく
話し出すと止まらないタイプ、なんてもんじゃない。
話好きで舌がよく回り、言葉が次から次へと口をついて出てきやがる。
魔王ってのは
だがドレイクの
「自分よりも強い敵に勝てる? 魔王だった男にそんなこと言われても説得力がねえな。おまえにとっちゃ
そう言う俺にドレイクは声を立てて笑った。
「ハッハッハ。もちろんあるさ。俺だって最初から強かったわけじゃねえ。辛酸を
そう言うとドレイクはチラリと前方のイザベラに視線を送る。
そういえばドレイクはイザベラに負け続きだったって話だな。
「どうすればその裏パラメーターってやつは
俺の問いにドレイクはもったいつけることなく、何でもないことのように答えた。
「おまえ今やってるじゃねえか。そういうことだよ」
「なに?」
今やってる?
俺は光の糸を伝って必死に進んでいるだけだ。
まさか今のこの動作が俺の裏パラメーターを
「ほれ。手が止まってるぞ。どんどん進め。意思を体に正確に伝えねえから、そんなチンタラ進むことしか出来ねえんだ。イメージを体現することに集中しろ」
俺は舌打ちをすると再度、手に力を込めて光の糸を
先ほどと同様に頭からの指令を強く発しながら。
相変わらずキツイ。
確かに今まで感じたことのない
「普段なら何でもない動作を、強烈な負荷をかけた状態で行う。それが
そこまで聞いて俺はドレイクの言わんとしていることを理解した。
「今の俺のように肉体と思考の
「そうだ。飲み込みがいいじゃねえか。制限付きの
言われるまでもなく俺の手と思考に力がこもる。
それから俺は一心不乱に光の糸を伝って進み続けた。
そんな俺を前方のイザベラにこやかに見守り、後方のドレイクがやいのやいのと
かつての天使長と魔王が自分の前後にいるという奇妙な状況の中で進み続ける俺は、それからしばらくの間、
それらの話は思わず
かつてドレイクは自分自身を
そこまでいくともう変態だろ。
「そうやっていくと不自由を克服しようと体が勝手にもがき出すんだ。その結果、何が起こったと思う? 劇的な変化さ。見た目の能力値は変わってねえのに、明らかに身体能力が向上したんだ。具体的には、より長い時間息を止めて水中に潜っていられたり、長距離飛行をより長く行えるようになった。要するに省エネで体が動かせるように変化したんだ。それだけじゃない。敵の攻撃パターンの見切り性能や、攻撃を受けた際のダメージ軽減のための防御行動の精度が向上した」
明らかに身体能力や判断能力が強化されたのは、裏パラメーターが見えないところで成長していたからだとドレイクは語る。
「だが裏パラメーターってのは俺らNPCは見ることが出来ないんだろ? おまえはどうやって数値の向上を確認したんだよ」
俺の言葉にドレイクは少し言いにくそうにしながら頭の角をコリコリとかく。
「そりゃおまえ。魔王特権ってものがあってだな……」
『
横からイザベラが口を
なるほどな。
イザベラは俺たち普通のNPCとは違って、自分自身が天樹の塔を
そのくらいのことは分かるんだろう。
それにしたって……。
「そういうのを気軽に自分の男に教えちまうとは、天使長様は思いのほか不良天使だな」
『うふふ。夫ですもの。ま、妻に何も言わず姿を消して、5年と5カ月も放っておくヒドイ夫ですけれど。普通なら離婚ですわね』
「……も、もうそのくらいにしてくれ。同族の若い奴の手前でカッコつかねえだろ」
よほどバツが悪くなったのか、それまで
その代わりに今度はイザベラが前方から話しかけてくる。
『バレット様。ティナが最後にあなたに申し上げた言葉の真意なのですが……』
イザベラの言葉が俺の脳裏に思い起こさせる。
フーシェ島で見たティナの泣きそうな
― バレットさん。すみません。でも……あなたを守りたいんです。―
俺が生きていた時に最後に聞いたティナの言葉を思い返していると、イザベラが少し伏し目がちに言う。
『ティナがあなたを守りたいと言ったのには理由があるのです。私はあの子の中で聞いていました。マーカスがティナに告げた甘言を』
イザベラの話によれば、マーカスはティナに、運営本部は不正プログラム感染者のうち主要NPC以外は消去処分する意向であるということを伝えたようだ。
それを聞いたティナの顔色が変わるのを見たマーカスは、この俺もその処分されるNPCの中に入っていることを告げた。
その上で奴は俺の
そうすることでバレットを守れると言いくるめられたティナは、俺に杖を向けた。
そうイザベラは語った。
だが……それが真実だとして、一体何だと言うんだ。
「……別にそんな事情を
『いえ。ただ、真相をバレット様に知ってほしいという、私の
まったくだ。
ティナが俺を助けるためにマーカスの言いなりなったというなら、あいつはとんだマヌケだ。
ティナが
あいつは……最後まで俺を見切らなかった。
それは致命的な甘さだ。
「チッ。小娘が。どこまでガキなんだ。シャキッとしやがれ」
今すぐティナの奴を怒鳴りつけてやりたくても、あいつはもはや物言わぬ
クソッ!
何で俺は……こんなにイラついているんだ。
甘さを見せるティナも、ニヤケ顔で裏工作に
いつだって俺は相手を叩き
だが、今なら分かる。
それだけじゃ足りねえんだ。
襲い来る
俺が……俺が本当に欲しかった強さは、理不尽な状況を打開できる強さだ。
絶対に折れない太い幹のようなそんな強さが欲しい。
そんなことを考えながら光の糸を
ふと後ろを見やると、つい少し前まで俺の前後を
両名ともその顔に驚きの色を浮かべていた。
『バレット様……』
「おまえ……」
ついさっきまでチンタラ進むのがやっとだった俺は、いつの間にか疲れも苦しさも忘れて光の糸を
ドレイクとイザベラは光の糸を手放して宙に浮かび、そんな俺の
「
『バレット様。私たちはここまでです。あなたはもう大丈夫』
並び立つ魔王と天使長はそう言うと俺から徐々に遠ざかっていく。
俺はそんな2人に声をかけた。
「おまえらはこの先どうすんだ?」
「ま、適当にやるさ」
『ええ。久しぶりに夫婦水入らずで積もる話もありますし』
「バレット。その腕章。おまえがそのまま使えよ。けっこう似合ってるぜ」
『バレット様。ティナがあなたに
すぐに2人の姿は後方へと遠ざかっていき、俺は
さっきまでとは違い、俺の体は頭からの指令をスンナリと聞いて動いてくれる。
本当にコツを
そうして進み続ける俺の前方が徐々に白み始めていく。
まるで夜が明けていくみたいだ。
迷うことなく俺は糸を
光の先へと進むために。
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