第2話 両者ふたたび

「見つけたぜ。ジジイ」


 そう言う赤角が手にした光が先ほどと同様に1人のNPCを空中に浮かび上がらせる。

 その映像はえない顔をした1人の老悪魔だった。

 その姿を見ながら赤角は嬉しそうに言った。


「相変わらずマヌケなつらしてんな」


 そう言うと赤角は俺をチラリと見て言った。


「このジジイは昔、俺の仲間だった奴でな。よく一緒に天使どもをブチのめしたもんだ。だが、こいつもアップデートの波に乗れなかったクチでよ」


 なつかしむようにそう言うと、赤角は浮かび上がった老悪魔のNPCに静かに声をかけた。


「ご苦労さん。よくがんばってくれたな。おまえのことは俺がずっと忘れない。だからゆっくり休め」


 赤角の言葉に映像の中の老悪魔がフッと笑ったような気がしたが、それはすぐに光の粒子りゅうしとなって消えていった。


「あばよ」


 仲間を見送ってそう言った赤角に、俺は思わず声をかけた。


「今の奴はどうなった?」

「消えたよ。悔いが無くなったんだろう。これにて終幕ってやつだ」


 そう言うと赤角は仲間が消えていった虚空こくうを誇らしげに見つめた。


「これこそ、俺が成すべきことさ。心ならずもこんな場所に来ることになっちまった仲間たちを見つけてやりたいんだ。そしてとむらってやりたい。安らかに眠れるように。共に命をかけて戦った奴らだからよ。俺がここにこうしているのは、奴らに呼ばれたからなんじゃないかと思う。だから俺も奴らの声に応えてやりたくてな」

「それはまた随分ずいぶんと感傷的な話だな。悪魔のくせしやがって」

「ハッハッハ。まったくだぜ。我ながら薄気味悪い限りだ」


 そう言って笑う赤角だが、こいつにとってここで仲間のたましいとむらうことが、今は外に出ようとすることよりも重要なんだろう。


「ま、どうしても元の場所に戻りたいなら気の済むまで足掻あがいてみればいい。だが、この場所から抜け出すためにはどうしたって他人の助けがいる。おまえがここにいることを知っている奴が向こうの世界にいなきゃ話にならん」


 赤角のその話に俺はまゆを潜めた。

 俺にはさっぱり話が見えてこない。


「どういうことだ?」

「さっき話した通り、ここは入ることは出来ても出ることは出来ない。出入口ってもんがないからな」

「出入口がないなら俺たちはどうやってここに入って来たんだよ」


 俺の問いに赤角は黙って前方を指差す。

 するとその方角の空間に小さな光の粒子がグルグルとうずを巻いて出現した。

 その粒子はすぐにあわとなり、やがて集約して拳大の光の玉と化すと、他の光の玉と同様に辺りを周回し始めた。


「俺やおまえも最初はああしてこの場に生まれたんだ。ああいう光として生まれて、光のままの奴もいれば、さっき言った理由で俺たちのように肉体を持つ奴もいる。ここはまるで魚獲りの仕掛けかごだ。一度外から入り込むと魚は自力で出られない。外から手を突っ込んで取り出してくれる奴がいない限りな」

「だから俺たちがここにいることを誰も知らなきゃ、どうにも出来ないのか」

「そういうことだ。運営本部のメイン・システムを使えばここにいるおまえを拾い上げられるだろうがな。そんな可能性はそれこそ万に一つだ」


 こちら側からアプローチする手段がないんじゃ、どうしようもない。

 そう考えると俺はこの場所からもう出られないのだという閉塞感へいそくかんを覚えて、何だか息苦しくなった。

 だが、赤角の奴はまったく落ち着いていやがる。

 この場所に慣れているんだろう。

 俺はそんな赤角にたずねた。


「おまえは何の理由でここに来た?」

「俺もここにいる奴らとそう大差ねえよ。どこかの誰かが描いたシナリオに乗り切れなかったんだろう。いや、まんまと乗っちまっておどらされたのかな。まあ、何にせよこれも運命と思って今は受け入れてるけどな」


 赤角はそう言うと、自分の頭の赤い角を指でコリコリとかいた。

 その時だった。


うそつき』


 唐突にどこからか女の声が響き渡ったんだ。

 その声が聞こえた途端とたん、赤角はバツが悪そうに視線を泳がせた。

 何だ?

 そういぶかしんでいると、俺が右腕に着けている腕章から不意に一本の光の糸が宙に向かって伸びた。


 光の糸は一ヵ所に寄り集まっていき、それは見る見るうちに人の姿をかたどっていく。

 光りかがやくその姿に俺は息を飲んだ。

 赤角と俺に次いでその場に肉体を持って現れた3人目の人物は、豪奢ごうしゃな光のドレスをまとった天使の女だった。

 その頭の上には三重の輪が浮かび、まばゆく神々しい光を放っている。


 三つの光輪。

 それを持つ天使はこの世界で1人だけだ。

 その女の顔を見るのは初めてだったが、それが誰であるのかは明白だった。

 全ての天使たちの母であり、かつて天国の丘ヘヴンズ・ヒルで頂点に君臨していた天使たちの長。

 天使長……イザベラだった。


うそをつく時に角をかくそのクセ、死んでも直らないのですね』


 イザベラはそう言うと赤角を責めるような目線を送る。

 赤角は眉間みけんにシワを寄せ、大きくため息をついた。


「そんなことまで覚えてんのか。相変わらずだな」

『覚えていますとも。私の性格をお忘れですか?』


 イザベラはわずかにむくれてそう言った。

 何だ?

 赤角の野郎はイザベラと知り合いなのか?

 そんな俺の視線に気付かず、赤角はイザベラの姿に目を細めている。


「おまえは変わらないな。最後に会ってから5年も経つってのに、よくもまあ……」

『いいえ5年と5ヶ月です。あなたが私をほったらかしにしていたのは』


 まるで旧知の間柄あいだがらのように赤角とイザベラは丁々発止ちょうちょうはっしの言葉をわす。

 その様子に俺はハッとして赤角を見た。

 天使長イザベラと旧知の仲……まさかこいつ。


『ようやくお会い出来ましたね……ドレイク』


 イザベラは確かにその名を呼んだ。

 俺は思わず息を飲む。

 こ、こいつが……かつて地獄の谷ヘル・バレーべていた魔王ドレイク。

 最強無比の腕前で無敗の魔王の称号を欲しいままにした伝説の存在。

 目の前にいるこの小柄こがらな男がドレイクだと?

 にわかには信じられず俺は驚きに目を見開いた。


 そんな俺の顔を見て赤角のドレイクは肩をすくめる。

 イザベラはドレイクから視線を外すと気持ちを落ち着かせるようにひとつ息をつき、そして俺を見て頭を下げた。


『バレット様。ごめんなさい。あなたをここにお連れしたのは私です。この姿では初めてお会いしますね。元・天使長のイザベラでございます』


 俺は思わずその姿に見入った。

 さすがに天使どものトップを張っていただけあり、その振る舞いは威厳に満ちている。


「この姿で……と言ったな。やはりあんたがティナの中に存在していたのは事実なんだな」

『はい。正確にはティナの中に組み込まれていたのは、私の人格プログラムのコピーなのです。私の本体は今も運営本部で凍結状態のままですので。それよりもティナのことでもバレット様には大変なご苦労をおかけいたしました。重ねておび申し上げます』


 そう言うイザベラの背後ではドレイクが茶化す様な表情で俺を見た。


「へぇ。おまえバレットっていうのか。イザベラのせいで面倒なイザコザに巻き込まれちまって災難だったなぁ」

『ドレイク。それもこれも私たちの息子、キャメロンのせいなのですよ』


 ……何て光景だ。

 かつての天魔のトップが2人そろっていやがる。

 俺は気圧けおされないよう深く息を吸い込んで腹に力を込めると、イザベラに視線を向けた。


「俺をここに連れてきたと言ったな。まずはこの状況を説明してくれ。こっちはワケが分からないまま、とうとうこんな場所まで追いやられたんだ」


 俺の言葉にイザベラは申し訳なさそうにうなづく。


『ティナの亡骸なきがらから発せられた光。あれは私が仕掛けた第二弾の防御プログラムなのです。順を追ってご説明いたしましょう』


 イザベラは少し悲しげな顔で話を続ける。


『もうすでにご存じの通り、ティナは私の後継者として生み出されました。そのために普通のNPCが背負わなくてもよい数多あまたの重責をあの小さな体に背負わせてしまったのです。その時点で、いずれ修復術を盗むためにあの子をねらう不届き者が現れることは予想できましたから、対抗策として防御プログラムをティナに仕込んでおいたのです』

「何でそのプログラムを解除するパスワードが俺の体に仕込まれていた? どうせティナを通じてあんたがやったことなんだろう」


 HARM。

 グリフィンはそのパスワードを俺の体から引き出した。

 そんなものが俺の体に仕込まれていやがったというのが、せないところだった。

 それほど重要なパスワードは運営本部の中に極秘で厳重に保管しておくべきだというのに、一介のNPCでしかない俺の体に隠すってのは一体どういうつもりだったのか。


『仮に運営本部に隠したとしても見つけ出されてしまうでしょう。不正プログラムを持つ者の手にかかればそれは難しいことではありませんから。ですから出来れば悪魔の方の体内に隠したいと思っておりました。まさかここに? というところに隠してこそ見つかりにくいと思いましたので。あなたは悪魔ですが他の悪魔と群れることもなく単独行動でしたので機密が漏洩ろうえいする危険性も低いですし、ティナもあなたのことは信頼していましたから。私、あの子の人を見る目は確かだと思いますのよ』

「フンッ。抜かせ。裏をかいて俺の中に隠したまでは良かったが、まんまとグリフィンには見破られたぞ」

『敵もる者でしたね。ただ……あのパスワードは完成形ではないのです』

「完成形? どういうことだ?」


 まゆを潜める俺にイザベラはおだやかな笑みを浮かべて言う。


『【HARM】というパスワードだけでは第一段階は解除できても、最後の防壁までは力を及ぼせないのです』

「最後の防壁……さっき言っていた第二の防御プログラムのことか」


 俺はティナの命が尽きた後、その体がまばゆい光を放った時のことを思い返した。

 あの光がとらわれの身だった俺を救い出したんだ。


「グリフィンの解除は不完全だったのか……俺の体を使っていたグリフィンはあの後どうなった?」

『ティナの体から発せられたあの光は不正なものをすべて吹き飛ばします。あれによってグリフィンの意識はあなたの体から強制排出されました。あなたの体は今、再び天樹の中に拘束されています。私はあの光が放出されたのと同時に、ティナの中に残していた私の思念プログラムを飛ばし、あなたの体の中からグリフィンの意識と……そしてあなたの意識を押し出したんです』

「ちょっと待て。俺の意識が俺の体の中にあっただと?」

『はい。あなたの意識はグリフィンの手によって、あなたの体の奥底に押し込められていたのです。要するに一つの肉体に二つのたましいが同時に混在していたことになります。もっともあなたの肉体はグリフィンの意識に支配されて、あなたの意識は体の奥底に追いやられてしまいましたが』


 そういうことだったのか。

 あの白い奇妙な空間は俺の体内だったのかよ。

 そしてティナの亡骸なきがらから発せられたあの光は緊急事態を回避するのに一役買ったんだ。

 だが……。


「ティナはどうなった?」


 そうたずねると、イザベラは少し心配そうに表情を曇らせて首を横に振る。


『あの光はあの資料室のバグを修正し、外部からの出入りが可能になりました。ですが天樹の警備隊が部屋に踏み込むと、あなたの体から押し出されたグリフィンの意識はすぐとなりに立つマーカスの体に逃げ移っていたのです。マーカスはティナの亡骸なきがらを抱えると、あっという間に飛び去りました。現在、追跡中ですが、いまだ発見には至っておりません』

「ティナの体からは修復術のプログラムがすべてアンインストールされて失われたはずだ。今さらグリフィンの野郎がティナの体を奪って逃げるってことは……」

『ええ。アンインストールされたプログラムを再構築する方法はあります。おそらくグリフィンはそのヒントをつかんでいるのでしょう。だからこそティナの亡骸なきがらを連れ去ったのだと思います』


 あの野郎がそう易々やすやすとティナの修復術をあきらめるわけがねえ。

 どうにかしてティナの体に修復術を戻そうとしているんだろう。

 

「再構築の方法ってのは一体何なんだ?」

『バレット様。実は……その首輪を通してあなたの体に埋め込まれているのです。修復プログラムのバックアップが』


 チッ……そういうことかよ。

 イザベラの話によれば、俺の体に託されたバックアップがあれば、もう一度ティナの体に修復術をインストールし直すことが出来るという。


『こちらの勝手でバレット様にはご迷惑ばかりをおかけしてしまいました』

「……ムカつくことこの上ねえが、そんな余計なシステムを用意したせいで、グリフィンの野郎に無用なチャンスを残すことになっちまった。失策だな。天使長様よ」

『はい。グリフィンはすでにあなたの体を分析しています。もうすでにそのバックアップを手にしている恐れは大いにありますね。だからこそティナの亡骸なきがらを……』


 そう言うイザベラの顔が初めて悔しげにゆがむ。

 ティナの身を案じているんだろう。

 だが、今さら心配も何もない。


「ティナという存在を生み出した時から、こうなる恐れがあることはあんたも分かっていたんだろう? あいつはそういう危うい立ち位置に常に身をさらしているんだからな」


 俺の言葉にイザベラは決然とうなづいた。


『こんなことを言える立場ではないのは重々承知の上で、恥を忍んでバレット様にお願い申し上げます。グリフィンを倒して下さい』


 そう言うイザベラに言ってやりたいことは山ほどあったが、俺は四の五の言うのはやめた。

 なぜならイザベラはティナを助けてくれとは言わなかったからだ。

 さっきの悔しげな表情から見るに、イザベラはティナをただの手駒とは見ていない。

 親愛の情ってやつを間違いなくティナに持っていやがるだろう。

 それでもこの状況を収めることを第一に考え、ティナの身柄みがらの奪還には言及しなかった。

 そして天使長ともあろう人物が下級悪魔の俺にそんなことを頼むのは現状、他に頼れる者がいないからだ。


「今のあんたには天使どもへの影響力がねえってことだな」

『はい。私はすでに現世を離れた身。残念ながらあちらの世界の誰ともコンタクトを取り合うことは出来ません』

「やはりそうか。で、俺にそんなことを頼むからには、俺がここから出る手段をあんたは知ってるってことだな?」


 そうでなければイザベラはそんなことを俺に頼むはずがない。


『はい。今のバレット様は私やドレイクと違い、まだ動作可能な肉体が現世に残されています。その状態ならば、ここから意識プログラムである今のあなたをあちらに戻しさえすれば、バレット様は元の状態を取り戻せます。元の肉体に元の精神。元通りのバレット様を』

「マジかよ」


 そう言ったのは俺じゃなくてドレイクだ。 

 俺よりもドレイクのほうが驚いていやがる。

 そんなドレイクをよそにイザベラは俺の腕に溶け込んだままの腕章を指差した。

 すると腕章から光の糸が俺の頭上へと伸びていく。

 それは見えなくなるほど、どこまでも伸び続けている。


『私がバレット様を連れてここへ逃げ込んだ際に、元の世界からその糸を伸ばし続け、それを辿たどって元に戻れるように準備したものです。これを伝っていけば必ず元の世界に戻れます』

「そりゃまた随分ずいぶんと簡単な方法だな」


 俺が拍子抜けしてそう言うと、イザベラは意味ありげな微笑を浮かべて言った。

 

『簡単かどうかはバレット様次第ですね』

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