第6話 決闘

「この方々と戦ってはいけません。彼らはやむにやまれぬ事情があって私たちを襲ったのです。今は彼らにもう戦意はありません」


 となりにいるティナの言葉を聞いた海棲人マーマンは、これ以上の戦意がないことを示す様に両手の柳葉刀りゅうようとうを海に投げ捨てた。

 それを見た他の海棲人マーマンどもも持っていたもりを放り捨てる。

 俺はまゆひそめてティナを見上げた。


「どういうことだ?」

「こちらの海棲人マーマン首領キャプテンさんに聞きました。彼らはその大ダコにおどされて無理やり働かされていたのです。逆らった仲間は大ダコにヒドイ目にあわされたらしくて。天使を生贄いけにえとしてささげるよう大ダコに命令されたそうなのです」


 そこに俺たちが通りかかったってわけか。

 フンッ。

 弱肉強食の世界だ。

 弱い奴はしいたげられる。

 別にめずらしいことでも何でもねえ。


 だが、気に入らねえな。

 俺は海棲人マーマン首領キャプテンを指差した。

 さっきの戦闘で分かったが、この首領キャプテンはよくきたえ上げられている。

 空の上であれだけ戦えるなら、主戦場である海の中ではもっと強いはずだ。


「おまえの腕ならこの大ダコを倒すことも難しくないはずだ。なぜそうしなかった」


 俺がそうたずねたその時、ゲームオーバーとなった大ダコが光の粒子となって消えていく。

 足場を失った俺は羽を広げて海上に浮かんだが、そんな俺の足元の海面にいくつもの小さな人影が仰向あおむけの状態で浮かび上がってきた。

 それは消えた大ダコの代わりに現れた小さな子供の海棲人マーマンたちだった。

 ガキどもは気を失っているようだ。


 波間に漂うその海棲人マーマンのガキどもを見た途端とたん首領キャプテンを含む数体の海棲人マーマンがそこに飛び込んで各々おのおのガキどもを抱き上げた。

 一体何なんだ?

 首をひねる俺のとなりに近付いてきたティナが海棲人マーマンどもの様子を見てホッと安堵あんどのため息をつきながら言った。


「あの子たちは首領キャプテンさんたちの子供です。我が子を大ダコの人質に取られていたから、海棲人マーマンたちも大ダコに従うほかなかったんです」


 チッ……そういうことかよ。

 家族だの仲間だのを持つ奴の気が知れねえ。

 弱点になるだけじゃねえか。

 白けた気持ちで俺が見つめる先、海棲人マーマン首領キャプテンはガキに頬擦ほおずりをし、目を覚ましたガキは嬉しそうに親父に抱きついていた。


「ハッ。馬鹿馬鹿しい。行くぞティナ」


 俺はすっかりやる気を無くしてその場を去ろうとしたが、そんな俺たちに声をかけてきたのは海棲人マーマン首領キャプテンだった。


「待て。おまえたち、恩人。礼、受け取れ」

「別に助けたわけじゃねえ。勝手に恩人扱いすんな。礼がしたいなら、俺と一戦勝負しな」

「ちょっ……バレットさん? 何言ってるんですか?」


 あせって俺の腕をつかもうとするティナをいなして、俺は海棲人マーマン首領キャプテンにらみ付けた。


「理由はどうあれ、てめえらは俺たちを攻撃した。ガキを人質に取られてた? そいつは気の毒だな。だったら仕方ねえ……とでも言うと思うか? 言うわけねえだろアホが。落とし前をつけろ」

「お、落とし前って……もういいじゃないですかバレットさん」

「おまえは黙ってろ。おい首領キャプテン。てめえが一族で一番の戦士なんだろ? 誇りがあるなら俺と全力で戦いな」


 俺の言葉に首領キャプテンは自分のガキを別の奴に任せた。

 代わりに仲間の海棲人マーマンはさっき海中に投げ捨てられた柳葉刀りゅうようとう首領キャプテンに手渡す。

 それを受け取った首領キャプテン明後日あさっての方向を指差した。

 首領キャプテンが指差したそこは岩礁がんしょう地帯になっていて波しぶきが上がっている。


「空でもなく、海でもなく、地に足をつけて相手をする。戦士の誇りにかけて」


 そう言うと首領キャプテンは数十メートル先にあるその岩礁がんしょう地帯に向けて海中をスイスイと泳いでいく。

 それについていこうとする俺の手をティナの奴が握った。


「バレットさん。こんな戦いに意味があるんですか」

「黙ってろティナ。それが分からねえ奴に口出しをする権利はねえよ」


 俺はそう言うとティナの手を振りほどいて岩場へと向かった。

 岩に囲まれたそこは真ん中の部分が円形の浅瀬になっていて、広さは直径20メートルほどだろうか。

 そこに降り立つと足首の辺りまでが海水にかるが、戦うのに問題はねえ。


「我が一族の決闘の場」


 首領キャプテンはそう言うとおごそかな足取りでその浅瀬に立つ。

 なるほどな。

 こいつらにとっちゃここは神聖な場所なんだろうよ。

 俺は胸の前で右手の拳を握り締めた。


「ダラダラやるつもりはねえ。最初から全力だ」


 そう言うと俺は体内の魔力を全解放する。

 それを見た首領キャプテンは両手に持った柳葉刀りゅうようとうを構えて静かに立った。

 すきのないそのたたずまいに首領キャプテンの本気が感じられる。

 俺はゾクゾクとした戦意が喜びとなって体内からからき上がるのを感じた。

 勝負はすぐに決するだろう。


 周囲で決闘を見守る海棲人マーマンどもがギャアギャアとはやし立てる中、勢いよく白波が周辺の岩に当たってくだけ、ひときわ大きな音を立てた。

 それを合図に俺と首領キャプテンは互いに飛びかかった。


「ハアッ!」


 俺が全力で突き出した拳を首領キャプテンは流れるような動きでかわす。

 それは奇妙な身のこなしだった。

 足首までかる浅瀬の中を移動しているにもかかわらず、首領キャプテンはほとんど水音を立てない。

 まるで海の中を泳いでいるかのように空気の中をスルスルと動くこの奇妙な動きに俺は双眸そうぼうを見開いて注目した。


 この動きは……使えそうだ。

 これを見極めて盗んでやる。

 背後に回り込んだ首領キャプテンが両手の柳葉刀りゅうようとうで俺の背中を斬りつけてきた。

 俺は体をひねってそれをかわすが、首領キャプテンはさらに俺の背後に回る。


「チッ!」


 動きを見ろ。

 一歩先を予測しろ。

 俺は視覚、聴覚、嗅覚、そして肌の感覚すべてをませて首領キャプテンの動きに集中する。

 奴が繰り出す柳葉刀りゅうようとうをギリギリのところで避け、攻撃のチャンスをうかがう。


 意識するのは水の動き、いや海流の動きだ。

 さっき大ダコと海の中で格闘した時に、体を包み込んだ海水の流れ。

 大きな力で俺を押し流そうとするその流れに逆らえばムダに体力を消耗するが、潮の流れに身を任せれば逆に楽に移動できることもある。

 あの感覚だ。


 海に生きる海棲人マーマンどもは潮の流れを読んで身を任せる。

 奴らは大いなる力を利用することにけている。

 それを真似まねるんだ。

 イメージしてその動きを体に連動させろ。


 俺は徐々に自分のステップを変え、首領キャプテンの攻撃を避け続ける。

 すると次第に首領キャプテンは俺の背後を取ることが出来なくなり、逆に俺は体の正面で奴と向き合うことが多くなってきた。

 見えたきたぞ。

 首領キャプテンの動きに合わせられるようになってきた。


 動きさえ読めれば、スピードは俺に分がある。

 首領キャプテンが俺の背後を取るべくフェイントを二度三度とかけて裏をかこうとする。

 そして奴は素早く俺の背後に回ると、両手を交差させて二本の柳葉刀りゅうようを重ねるように渾身こんしんの一撃を振り下ろしてきた。

 その瞬間。


「遅せえっ!」


 俺は自分に出来得る最速の動きで体をひねって反転する。

 骨がきしみ肉がちぎれそうになる中、俺の両手が炎を宿した。

 俺は燃え盛る拳を突き上げて首領キャプテン柳葉刀りゅうようとうを打ち返す。

 その速度と角度が最高の一撃を生み出し、柳葉刀りゅうようとうをへし折った。


「ガアッ!」


 2本の柳葉刀りゅうようとうくだかれた首領キャプテンは俺の拳の勢いに負けて後方に倒れ込んだ。

 周囲で歓声を上げていた海棲人マーマンどもが一斉に静まり返る。


「オオオオオオオッ!」


 俺は燃え盛る拳を振り上げて雄たけびを上げ、倒れている首領キャプテンを見下ろした。

 ありったけの殺意とたぎる戦意を瞳にみなぎらせて。


「……おまえ、勝ち」


 勝負ありだった。

 ムクリと半身を起こして敗北を認める首領キャプテンを見下ろして俺は言う。


「手加減なんぞしてねえだろうな?」

「……戦士の誇りにかけて」


 まっすぐに俺の目を見据みすえてそう言う首領キャプテンの言葉に俺は納得した。

 これ以上は追及しても意味がない。


「ならいい。これで襲撃の件はチャラにしてやる。だが、もしまた同じように俺たちを襲ったら、その時は容赦ようしゃしねえ。ガキどもも含めて一族郎党、皆殺しだ。忘れるな」

「覚えておく。恩人の言葉。忘れない」


 ケッ。

 何が恩人だ気色悪い。

 俺は魔力のスロットルを引き下げて、戦闘態勢を解いた。

 体中から心地良い蒸気が放出されていく。

 戦いを上空から見下ろしていたティナは、勝負が終わったのを見て俺のとなりに降り立った。


「はぁ。ヒヤヒヤしましたよ。バレットさん。正直言って……あなたのそういうところは理解できません。拳を交わさないと決着できないなんて」

「別におまえの理解なんざ求めてねえさ。無理に分かろうとしなくていい。俺はこれが一番しっくりくるんだ」

「……もう。自分が断絶凶刃コンティニュー・キャンセラーの呪いを抱えたままだってこと忘れていませんか? ゲームオーバーになったらどうするんですか。心配するこっちの身にもなって下さい」

「あ~もう。うるっせえなぁ。天使の小言ほどウゼーもんはねえな」


 そう言い合う俺とティナを前にして首領キャプテンはゆっくりと立ち上がると、ぶっきらぼうな調子で言った。


「おまえ。俺の動き、見て、間合い、覚えた」

猿真似さるまねだとでも言いたいのか?」

「すぐ真似まね出来る。それ、才能。おまえ、戦うほど、強くなる。見たことない敵、戦うほど、おまえ、強くする」

「フンッ。余計なお世話だ」


 そう言うと俺はきびすを返すが、そんな俺を首領キャプテンは呼び止めた。


「待て。我が一族。決闘負けたら、相手に宝具、渡す。決まり」

「ああ? 宝具だと? 別にいらねえよ」


 余計な物をもらって、万が一それがとんでもねえいわく付きの代物しろものだったりしたら馬鹿馬鹿しいからな。

 だが、そう言う俺に首領キャプテンは忠告するように言った。


「おまえ。強い。だが、色々足りない」

「何だと?」


 いぶかしむ俺とティナに首領キャプテンはそれぞれ小さな箱を1つずつ放ってよこした。

 俺はそれを受け取り、まゆひそめる。


「箱を開けたらけむりが出てきてジジイにされるんじゃねえだろうな?」

「それはない。中身、炎足環ペレ。強い戦力」

「おまえが開けろ」


 そう言って首領キャプテンに小箱を投げて返すと、首領キャプテンはそれを開けて俺に中身を見せた。

 確かに中からは黒と赤のまだら色をした鉱物で作られた足輪が出てきた。

 足輪とは言ってもひざ当てのようで、防具として使えそうだ。


「おまえ。炎の悪魔。これ。火山の属性。合う」

「チッ。俺は首輪だの足輪だのは大嫌いなんだ。どこかの誰かのせいでな」


 そう言ってとなりに立つティナの奴をジロリとにらみ付けつつ、俺は首領キャプテンに視線を戻す。


「一応もらってはおくが必要なければ捨てる」

「構わない。任せる」

「あらかじめ聞いておくが、この足輪、はめたら外れなくなるなんてことはねえよな」

「ない。取り外し自由」


 俺と首領キャプテンのやり取りにティナはうんざりしたようにため息をつく。


「はぁ。バレットさん。嫌味いやみですか。いい加減しつこいですよ」

「うるせえ。一度わなにハマったけものは用心深くなるんだよ」


 そう言って首輪を指差して見せると、ティナは嫌そうな顔で俺を見る。

 それからティナは受け取った小箱を開けてみた。

 中からは『海竜のふえ』というアイテムが出てきた。

 俺たちはそれぞれのアイテムの使い方を首領キャプテンから聞き、それから海棲人マーマンどもの鬱陶うっとうしい見送りを受けて、その海域をさっさと後にした。

 フーシェ島はもう目の前まで近づいていた。

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