第7話 上陸! フーシェ島

「本当に何もねえ島だな」


 俺は半日ぶりに踏む土の地面の上でそうつぶやいた。

 海棲人マーマンやら大ダコやらの邪魔立てが入ったが、俺たちは予定から若干じゃっかん遅れる程度で目的地に到着することが出来た。


 フーシェ島。

 天国の丘ヘヴンズ・ヒル地獄の谷ヘル・バレーはさまれた中立海域に存在するその島は、一辺が一キロ程度しかない、ほぼ正三角形をしたまっ平らな島だった。


「ここがフーシェ島……」


 俺のとなりを歩くティナが不安げな様子で周囲をキョロキョロと見回している。

 海棲人マーマンどもの鬱陶うっとうしいほどの盛大な見送りを受けて先を進んだ俺たちは、それから30分ほとでこのフーシェ島に到着した。


 俺たちが降り立ったそこは白い砂の地面で、ところどころにこけむした岩が点在するだけで、これといった草木は見当たらない不毛の島だ。

 そして島全体にほとんど隆起りゅうきがなく高低差にとぼしいため、島に降り立つとはしからはしまで見通すことが出来た。

 高い木もない島の上には、かつて堕天使の海賊集団が建てたという石造りの城塞じょうさい遺跡いせきがある。

 島内唯一の人工建造物であるそれはほとんどちかけていて、天井は抜け落ち壁は崩れて雨風もしのげないような有り様だ。


「本当にこんな場所にアヴァンたちが集まっていたんでしょうか」


 ティナがそう疑うのもうなづける。

 ここはまるで数十年、数百年も無人のまま打ち捨てられ、時が止まったまま忘れ去られたような場所だった。

 この場所の情報を最初に俺に教えたのは顔見知りの女悪魔・リジーだった。

 リジーの奴は上級種の2人や他の下級種どもがここに集結しているのをその目で見たと言ったが、こんな場所で奴らが一体何をしていたのかと首をひねりたくなるような何もない場所だ。


「とりあえずあの城塞じょうさい遺跡いせきくらいしか調べるもんはねえだろ。好きにやってくれ」


 そう言うと俺は海棲人マーマンから受け取った箱の中から炎足輪ペレを取り出した。

 さっそくこれの効果を試してみるか。

 そんな俺をうらめしげに見つめながらティナが言う。


「……バレットさん。一緒に調査しないんですか?」

「は? そりゃティナの仕事だろ。俺に構わず進めな」

「て、手伝ってくれてもいいじゃないですか」

「やなこった」


 上級種どももぶっつぶしたことだし、後はここで明日の首輪の解除を待つだけだ。

 面倒な見習い天使の仕事を手伝う理由はねえよ。

 不満げなティナはブツブツと言いながら1人で遺跡いせきの調査に向かっていった。

 そんなティナを見送ると、俺はその場に胡坐あぐらをかいて座り、首の後ろを手でさすった。

 

「何だか妙だな」


 今朝くらいから首の後ろがわずかにヒリヒリと痛む。

 虫にでも刺されたか。

 それに昨夜の上級種との激闘が響いているのか、今朝からどこか体が重いように感じられる。

 かなりムチャしたせいで、体のどこかに不具合が起きているのかもしれねえ。


 大ダコとの戦いでも大した傷は負っちゃいないし、今はライフも満タンだ。

 だというのに俺は少し疲れていた。

 今までに感じたことのないにぶい疲労感だった。


「次のメンテナンスはいつだったか」


 俺は自身のメイン・システムを呼び出し、ゲーム内のスケジュールを確認する。

 俺たちNPCは全員、強制的に定期メンテナンスを受けさせられる。

 次回のメンテナンスは確か数日後だったから、その時にでもこの体の奇妙な違和感は修復されるだろう。


「さて……そんなことより」


 俺は小箱から取り出した炎足環ペレを両ひざにはめる。

 鉱石で出来ているため強度はさほどでもなさそうで、防具としてはさほど期待できないだろう。

 だが、あの海棲人マーマン首領キャプテンが言っていた通り熱に強いのであれば、俺が装備しても問題なさそうだ。


 俺は炎足環ペレを装備すると立ち上がり、足に魔力を込めた。

 使い方は首領キャプテンの奴が言っていた通り、単純だった。


「フンッ!」


 俺が右足で砂の地面を勢いよく踏むと、2メートルほど先の砂がボンッと1メートルほどの高さまで吹き飛ぶ。

 それは海水の染み込んだ地中の水分が熱せられて、噴射されるという現象だった。

 そして俺のメイン・システムに新たなコマンドが追加された。


噴熱間欠泉ヒート・ガイザー

 

 それがこの技の名前か。

 幾度か試してみて分かったが、踏み込み方や勢い、そして魔力の込め方によって1~5メートルほどの距離で自在に同様の現象を起こすことが出来るようだ。

 距離と強さの調節は、訓練すればすぐにコツを覚えられそうだった。


「水の中でも有効なのか?」


 試しに俺は岩場の浅瀬まで移動し、水の中を同じように踏みしめた。

 すると数メートル先の水面がプシュッと音を立てて跳ね上がる。

 何度かやっているうちに、浅瀬にいる魚が何匹も岩の上に打ち上げられた。

 俺はその魚を捕まえてアイテムストックにしまい込む。


「晩飯にちょうどいいぜ。それにしてもこいつは思ったより実戦で使えそうだ」


 この炎足環ペレを使用することで、俺の戦闘方法に新たなバリエーションを追加することが出来そうだ。

 時間の無駄かと思われた海棲人マーマンとの一件は、結果として意外なかてを俺にもたらしてくれた。

 そうこうしているうちにティナの奴が城塞じょうさい遺跡いせきから戻ってきた。

 しかしその顔は冴えず、何やらに落ちない様子で首をひねっている。


「もう終わったのか?」 

「いえ……はい。城塞じょうさいだけでなく島内を一通り見てまわったのですが、不正プログラムの痕跡こんせきはまったく見当たりませんでした」


 曖昧あいまいな様子でティナはそう言うと、浜に横たわる倒木に腰を下ろす。


「事前の情報が間違っていたってことか」

「分かりません。天国の丘ヘヴンズ・ヒルからの情報が間違っていたことなど今までありませんでしたから」

「ディエゴが死んで不正プログラムの効果がなくなったんじゃねえのか?」


 術者が死ぬとその術自体の効果が失われるってのはよくあることだ。


「いえ……それはないかと。不正プログラムは術者の手でほどこされた瞬間からフィールドや他者のバグとして染み付き、今のところ私の正常化ノーマリゼイションでなくては修復できませんので」


 ティナの話によれば、不正プログラムの術者は術をほどこすことは出来ても、それを元の状態に戻すことは出来ないという。

 よごしたらよごしっぱなしで掃除が出来ないってことだ。

 迷惑な話だぜ。


 自分に協力すれば断絶凶刃コンティニュー・キャンセラーの呪いを解いてやる、などど言っていたディエゴの話は真っ赤なうそだったってわけだ。

 ま、悪魔の提案なんて一考に値しねえから、そんなことだろうと思ったぜ。


「さて。どうしましょう」


 ティナは1人困惑の表情で考え込む。

 その顔は何だか心細げで、いかにも頼りない。

 ケッ。

 ゆうべの上級種との戦闘で少しは成長したかと思ったが、また元の小娘に戻ってやがる。

 激闘の反動で気が抜けちまったようだな。

 

 ま、俺の知ったこっちゃねえが。

 俺が岩場から砂浜に移動するとティナの奴もついてくる。

 そして俺のひざに装備された炎足環ペレに気付いて声をかけてきた。


「あ、その足環、装備してみたんですね。効果はいかがですか?」

「まあ見てな……噴熱間欠泉ヒート・ガイザー!」


 そう言って俺が魔力を込めた足をドンッと踏み鳴らすと、俺の数メートル先の砂浜から勢いよく水しぶきが上がった。

 50センチほどの高さまで上がったそれは、湯気を上げている。

 熱湯だ。

 島の地面に浸透する海水が熱せられ、間欠泉かんけつせんのように吹き上がる。


 これだけを見るとお遊びのようだが、戦いの中で敵の不意を突くのに十分使える。

 さらに付属のマニュアルによれば、地熱の高い場所に行けば熱湯はそれだけで大ダメージを与えるほどの高熱蒸気となり、火山帯地域では高熱ガスやマグマまでも噴き上げる効果があるらしい。

 そして俺のように炎の属性を持つ者が使えば、自分の力である炎を直接地面から噴き上げることも可能になるという。


 これはなかなかの拾い物だ。

 あの海棲人マーマンがこいつは俺に合っていると言った言葉はうそじゃなかった。

 そんな俺の様子を見てティナはなかあきれながら言う。


「ノンキなものですね。こっちは誰かさんが手伝ってくれないから苦労してるというのに」


 ブツクサ言うティナを無視して俺は炎足環ペレの効果を見せつけるように、幾度いくども大地を踏みしめた。

 すると、砂浜から5メートルほど内陸側に入った地面の土がひときわ大きく跳ね上がった。

 どうやら地盤のゆるい場所があったようだ。

 土が噴き上がる勢いに驚いたティナは振り向くと、ふとその地面をじっと見つめた。

 何だ?


「あ、あれは……」


 そう言うとティナは銀環杖サリエルを手に、えぐれた地面のところまで小走りに駆け寄っていく。


「バレットさん! 地面の下に……」


 血相を変えてティナはそう叫ぶ。

 まったく何だってんだ。

 俺はティナのとなりに歩み寄ると、同じように地面の中をのぞき込む。


 俺が炎足環ペレでえぐった地面の中、数十センチという深さのところに不自然にみがかれた灰色の石肌が現れた。

 そしてその石肌はユラユラと揺らめいて見える。

 もうすっかり見慣れたそのバグは明らかに不正プログラムによるものだった。


 そしてよく見るとこの辺りの土は不自然に踏み固められている。

 それは一度掘ってその上から土をかぶせたあとだ。

 おそらくこのえぐれた箇所は踏み固め損ねて、やわらかいままだったんだろう。

 だから他の場所とは違ってあれほど大きく土が跳ね上がったのか。


「上級種の連中、土の中に何かを隠していやがるのか」

「こ、これはあやしいです。天国の丘ヘヴンズ・ヒルからの情報にあったのは、間違いなくこれのことですね」


 ティナは天敵を見つけたけもののように鼻息荒くそう言うと、さっそく正常化ノーマリゼイションの作業に取りかかる。

 ご苦労なこった。

 だが、土の下から見えているのはみがかれた石肌の一部のみであり、おそらくまだもれている土の下にはもっと大きな何らかの物質があると思われる。

 同じことを感じたのか、ティナは興奮の面持おももちで俺に声をかけてきた。


「バレットさん。さっきの足踏みをもっとやって下さい」

「おまえ。さっきはノンキだとか言っていたやがったくせに、よく言うな。もう効果も十分試したし、きたからやんねえよ。今日は店じまいだ」

「ええ~? そんなぁ。いいじゃないですか少しくらい。もうちょっとだけ」

「やなこった。おまえの仕事なんだから自分でひたいあせしてあなでも掘りやがれ。どうせアイテム・ストックにはスコップだのツルハシだのが入ってやがるんだろ」


 そう言って俺はとっとときびすを返し、浜に寝そべった。

 体調がイマイチだってのに、付き合っていられるかよ。


「そうですか。分かりました。自分でやるからいいですよーだ」


 ティナはねてくちびるとがらせながら、自分のアイテム・ストックの中を探り出した。

 まったくガキ丸出しだな。

 俺はティナに背を向けると寝そべったまま波の音や海鳥の鳴き声に耳を傾けていた。

 すると何やらティナの奴がタタタッと小走りに駆けてくる音が聞こえる。

 何だ?


 億劫おっくうだが振り返ると、ティナは砂浜に放置されているちたボロ船の陰に隠れて耳をふさいでいた。

 何やってんだあいつ?

 そう思って俺が顔をしかめた瞬間。


 ドォォンと大きな爆発音が響き渡り、土煙が上がった。

 な、何だ?

 敵の襲撃か?

 朦々もうもうと舞い上がった土煙が海風に吹かれて消えていく。

 サッと立ち上がった俺が目をらすと、さっき不正プログラムを発見した辺りの土が大きく吹き飛んでいたのが分かった。


「や、やった」


 ボロ船の陰からその様子を見ていたティナは小さくそう言ってガッツポーズを見せた。

 あいつがやったのか?


「ティナ。何をした?」

「工事用の発破剤を仕掛けて土を吹き飛ばしました」

「ダイナマイトか。危ねえもんを持ってやがるな」


 そう言う俺には目もくれず、ティナなダイナマイトを仕掛けた場所へ駆け寄っていった。

 やれやれ。

 俺も仕方なくその場へ再び歩み寄った。

 すると踏み固められた土が吹き飛び、そこに2メートル四方ほどの大きな石板が横たわっていた。


 さっきティナが正常化した物の全容がこれか。

 ティナは再び銀環杖サリエルを振りかざすと巨大石板全体に正常化ノーマリゼイションほどこす。

 それにしても何でこんをなもんを土の中にめたんだ?

 不思議に思った俺がよく目を凝らすと、石板の真ん中に亀裂が走っていた。


「もしかしてこの石板はとびらなんじゃないでしょうか」


 亀裂を見たティナはそう言いながら新たなダイナマイトを取り出した。

 そんなティナを俺は手で制する。


「それはうるせえし、ほこりくせえからやめろ」


 そう言うと俺は仕方なく石板の亀裂に足を踏み下ろす。

 魔力を込めずに力任せに踏むと、石板はミシミシと音を立て、その亀裂が広がっていく。

 そうして二度三度と足を踏み下ろし、四度目でついに石板は真っ二つに割れた。


「やっぱり……」


 ティナはそう言って息を飲む。

 割れた石板の下には地下へと続く石の階段が姿を現していた。

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