第三章 『絶海の孤島』
第1話 新たなる道
上級悪魔アヴァンとディエゴを相手にした死闘の夜が明け、水平線の彼方から朝の太陽が昇る。
「せっかくの歴史ある
上級種どもの襲撃を受けて
かつて魔王になる前のドレイクが居を構えていたその
ティナの修復術は不正プログラムによって変質した物体を元の姿に戻すことは出来るが、それ以外の方法によって破壊されたものを元に戻すことは出来ない。
アヴァンの爆風によって破壊された
「ま、ここを戦場に選んだ以上、被害が出るのは必然だったんだ。仕方ねえさ。運営本部の奴らが修復する気があるならそうするだろうよ」
だが俺の言葉にもティナは浮かない顔で俺を見る。
上級種との戦いに勝ったってのに、こいつがそんな顔をしている原因は1つだ。
ディエゴによって
ディエゴが死んだ後も俺の体からは呪いが消えなかった。
それは戦いの最中にティナが俺に
ディエゴが持っていたオリジナルの
その呪いは刃という物質自身が持つものであり、それを解除するためのシリアル・キーが無ければ呪いを解くことは出来ないらしい。
そのシリアル・キーを解析するためには今、ティナの奴に預けてある
ティナは己の能力不足だと嘆いていたが、俺はそんなに悲観していなかった。
「
「だって……バレットさんは今、大変な苦境にあるんですよ?」
「そうでもねえさ。むしろ楽しいくらいだぜ。ライフが尽きたら終わりってのも、なかなかスリリングじゃねえか」
「な、何をノンキなことを……とにかくこの
鼻息荒くそう言うティナだが、俺にはそんなことよりもこの首輪の方がよほど
「分かった分かった。それについちゃ任せる」
「は、はい! お任せ下さい」
「それより明日の首輪解除は間違いなく行われるんだろうな? 前みたいに失敗しやがったら……」
俺はそう言ってティナを
明日はいよいよ
ティナと
この首輪のせいで俺の攻撃力は半減しちまってる。
我ながらそんな状態でよく上級種どもとの戦いに生き残れたもんだぜ。
「大丈夫です。
自信たっぷりにそう言って胸を張るティナに俺は疑念の
とても信じる気にはなれないが、それでもこいつに任せるより他に仕方ねえ。
ティナは少し気分が落ち着いたのか、気を取り直して言った。
「ところでバレットさんは首輪を解除したら、この先どうされるんですか?」
ティナの問いに俺は自分のこの先の身の振り方に思いを
またいつもの暮らしに戻るか。
俺がこれまで暮らしていたのと変わらぬ日常。
だが……今ここに至ってそこに戻ることを想像すると、少しばかりの違和感がある。
俺は目の前のティナを
このガキに出くわしてからの数日は、俺がそれまで経験したことない
そうした出来事の末に俺は上級種とやり合って、それでも生き延びることが出来たんだ。
以前だったら考えられないことだ。
下級悪魔としてのステータスが上限値を迎えて成長が頭打ちになり、立ち止まっていた俺。
だが、今回のことで俺は一つ悟った。
それまで経験したことのない状況に足を踏み入れることで、自分自身にも劇的な変化が訪れることがある。
それは俺の今後の生き方の指針になるような気がした。
俺自身、何かを大きく変える時期に来ているんじゃないだろうか。
「俺は……旅に出る」
ふと口をついて出たその言葉が、今自分が真に望んでいることなんだと俺は実感した。
俺は旅に出る。
「旅……ですか。もしかして私に触発されました?」
ティナは旅という言葉を聞くと意外そうな顔でそう言った。
確かにこいつも上からの命令とはいえ、単身で敵地に乗り込んでいる。
それも命知らずにも見習いの身で。
こいつが多くのことから経験値や知識を得ていることは想像に
「生意気言うな。とにかくまずは明日だ。偉そうなことは明日の首輪解除を確実に終わらせてから言いな。それまで俺の目の届く範囲にいろよ。もしどこかに逃げやがったら……」
「あの、それなら私、ドレイクの書棚にあった
「あ? アヴァンの爆風でもう燃えちまってるかもしれねえぞ。ま、好きにすりゃいいさ」
俺の言葉に
この中から
俺は崩れ去った
アヴァンの奴を最後に
ぶっつけ本番にしては上出来だった。
ま、アヴァンの奴に致命傷を与えたのはティナの
俺は虫の息になったアヴァンにトドメを刺しただけだ。
それでも俺のスキルのレパートリーが増えたことは事実だった。
「それにしても……一体ありゃ何だったんだ」
あの非力な見習い天使のティナが、とてつもない力でアヴァンを圧倒しやがったんだ。
今、思い返してみても身震いするほどの強さだった。
それだけじゃなくその口調や立ち振る舞いからして、まるで別人がティナの体に乗り移ったようにしか思えなかった。
「ああなったのは、あいつが気を失った後だったよな」
ティナの姿をして俺に語りかけてきたのが誰だったのかは分からない。
俺はまだティナにその時のことは話していない。
ティナ自身も気を失っていた間のことは何も覚えていないようで、俺が自分の力だけでアヴァンにトドメを刺したものだと思い込んでいた。
……あいつには何か隠された秘密がある。
ティナ本人も自覚していない何かが。
別にそれを
自分には
俺がそんな気分を
「見つけられたのはこれだけです。後は焼失してしまったのかもしれません」
肩を落としながらそう言うティナが手にした
「それでも、少しだけでも残って良かったです。貴重な資料ですから」
「そんなもん持ってきてどうすんだ?」
「分かりません。どこかに寄贈することになると思いますが、しばらくは私が持っていることになりそうですね」
そう言うとティナは手に持った
だがふいにその手を止めた。
「あ、あれ? これは……」
ティナが手にしていたのは数冊ある
その
本の中に物を隠すときの
ティナは不思議そうにそれを取り出し、俺に目を向けてくる。
「これは……何でしょうか? バレットさんは何かご存知ですか?」
「さあ。そんなもんが隠されてるのも知らなかったぜ」
確かに俺が昔この
というか大半は
「そうですか。こんな隠し方をするってことは、ドレイクにとってそれなりに重要な物だったんじゃないでしょうか」
「そうか? そもそも重要な物ならこの
「まあ、そうですけど……開けてみても大丈夫でしょうか?」
「開けたら煙がブワッと出てきて、一瞬でババアになるかもしれねえぞ」
「お、
ティナは口を
すると包み紙の中に入っていたのは一枚の黒い腕章だった。
腕章か。
前に上級種が気取って高価な腕章を腕に着けているのを見たことがある。
自分の位の高さを
「かなりしっかりとした作りの腕章ですね。高価な糸を使っているようです。値打ち物かもしれません」
そう言ってティナは腕章を俺に手渡した。
受け取った俺がそれを広げると、黒地の腕章には赤字の
そしてそれは確かにしっかりとした作りをしていたが、それがただの布で作ったものではないことが俺には
「こいつは
「
その糸で作られた布は、それ自体が強い魔力を持つ。
俺の話にティナは感心したように
「そんな虫がいるんですか。初めて聞きました」
「
「そうなんですか。バレットさんって意外と物知りですよね」
「フンッ。俺の着ているこの胴着がまさにその布で作られているからな」
この
それこそが
「戦利品か贈答品か分からんが、まあドレイクには大して重要なもんでもなかったんだろ。どう見ても未使用のままだし自分で使わなかったからしまったまま忘れたんだろうよ」
そう言いながら俺は腕章を裏返して見た。
すると裏地には緑色の
【For Drake】
それを見たティナが思わず目を大きく見開いた。
「バレットさん。これ、たぶん女性からの贈り物ですよ。も、もしかして天使長さまから贈られた品では? 絶対にそうですよ。それをドレイクは大切にしまっておいたんですよ」
ティナは途端に顔を
「ケッ。分からんぞ。他に女がいたのかもしれねえだろ」
「な、何でそういうこと言うんですか。バレットさんは意地悪です」
「うるせえ。どちらにしろドレイクはもうこの世にいねえんだ。そんなもん売って金に換えるくらいしか使い道がねえよ」
「売るなんてとんでもない! これは私がお預かりします」
そう言うとティナは腕章を包み紙にしまおうとしたが、そこでふいに手を止めた。
それから何かを考え直したような顔で俺に視線を移す。
「これ、バレットさんが着けてみたら意外と似合うんじゃないでしょうか」
「はあ? 突然何言ってんだ?」
「ちょっと着けてみて下さいよ」
「ふざけんな。冗談じゃねえ。腕章なんざ誰が着けるか」
それでも構わず腕章を手ににじり寄って来るティナを俺は手で押しのけようとした。
その
【敵意認定】
「イデデデデデデッ!」
俺の目の前にクソ
ティナに危害を加えようとしたと見なされ、この首にハメられた首輪が久々に発動しやがったんだ。
く、くそっ……。
「もう。おとなしくしないからですよ。バレットさん」
俺が無力化している間にティナの奴はしれっと俺の腕に腕章をはめやがった。
いきなり何を考えてやがるんだ、こいつは。
そう思ったその時、唐突に俺のメイン・システムのウインドウが開き、各種能力値に変更が加えられた。
俺の全てのステータスが10%ずつアップしたんだ。
「な、何だこりゃ?」
「この腕章。ただの
「おまえ。それを知ってたのか?」
折り目のついたそれは腕章を包んでいた紙だ。
「先ほど気付いたんですけど、この腕章の説明が包み紙の裏に書かれていました。ドレイクは説明書で腕章を包んだようですね」
ステータスが上がるのは歓迎だが、こんなキザったらしい腕章を……ん?
その時、俺が見ている目の前で腕章に奇妙な変化が起きたんだ。
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