第17話 降臨

「バレット様。この子の小さな体と小さな勇気を守って下さり、感謝いたします」


 まるで別人のような口調だったが、それは確かにティナの声だった。

 ど、どうなってやがる……。

 俺はワケが分からずにティナの小さな背中を見つめた。

 その体からは絶えず金色の粒子りゅうしが放出され、それに包み込まれた俺とティナはアヴァンの放った猛烈な爆発から守られている。


「おまえ。その力は……」


 そう言いかけた俺は息を飲んだ。

 ティナが静かに振り返ったその顔がまるで別人のように見えたからだ。

 その顔は無表情で、その目は俺を見ているようで遠くを見ているようだった。

 こいつは……ティナであってティナじゃない。


「おまえは……誰だ?」


 自分でも何を言ってるのかと思ったが、俺は思わずそうたずねていた。

 だがティナはそれに答えずに再び俺に背を向けると、アヴァンと対峙たいじする。


聖光透析ホーリー・ダイアリシス


 ティナがそう唱えた途端、その小さな体がまばゆいばかりの光に包まれた。

 そしてティナの頭の上に浮かぶかがやきのない光の輪が、猛烈な勢いでかがやき出すと、唐突にその数が3つに増えやがった。


「なっ……」


 俺は思わず息を飲む。

 その姿の変貌へんぼうぶりにたがわず、ティナの体からあふれ出す法力の強さが、信じられないほど圧倒的だったからだ。


「少しお手伝いして差し上げますね」


 そう言うとティナは素手でアヴァンの腹に触れた。

 それはあまりにも一瞬のことでアヴァンの奴もまったく反応出来ていない。

 そしてティナの手から発せられた強い光がアヴァンの腹を貫いて背中側に抜ける。


「がはあっ!」


 アヴァンは口から血を吹き散らして大きく後方に吹き飛んだ。

 ど、どうなっていやがる。

 何なんだティナのあの常軌じょうきいっした強さは。


「て、てめえ……見習いごときが!」


 自分よりはるかに格下の存在であるはずのティナにやられたことが、よほどアヴァンの上級種としての誇りを傷つけたんだろう。

 アヴァンは憤怒ふんぬ形相ぎょうそうですぐに起き上がる。

 その額にはディエゴがそうであったように『戒』の文字が刻みこまれていた。

 そしてティナの一撃によるダメージは非常に大きくアヴァンのライフゲージを削り、足はフラフラともつれて今にも倒れそうになっていた。

 

 そんなアヴァンの間合いにティナは一足飛びに踏み込む。

 は、速い!

 その速度に面食らったアヴァンは、ティナの小さな体を叩きつぶそうと拳を振り下ろす。


「くたばれぇぇぇぇぇ!」


 だがティナは流水のようななめらかな身のこなしでこれを軽々とかわすと、アヴァンの頭の高さまで飛び上がった。

 そして信じられないことに手刀でアヴァンの2本の角を次々とへし折ってしまう。

 さらにティナはその折れた2本の角を空中でつかみ取ると、それをアヴァンの胸に深々と突き刺した。


「うぎぃあああああっ!」


 まるで鉄板のような分厚いアヴァンの胸板に、2本の角が深く突き刺さっている。

 な……何て力だ。

 口を開けば甘っちょろいことばかり言っていた小娘の行為とはとても思えないほどの狂暴性に、俺は息を飲んだ。

 だがティナはそこで着地すると不意によろめきガクッとひざをついてしまう。


「ティナ!」


 俺は即座に駆け寄り、その肩に手をかけた。

 するとティナは力なく顔を上げて俺をじっと見る。


「これ以上この体に無理はさせられません。バレット様。後は頼みましたよ。願わくば……この子の奮闘を見守って下さいまし」


 それだけ言うとティナはまるでバッテリーが切れたかのようにガクッとうなだれた。

 そんなティナの背後から、傷を負って怒り狂ったアヴァンがよろめきながら襲いかかってくる。


「ガァァァァァッ!」

「くそっ!」


 俺は力なくうなだれるティナの体を抱え上げると、頭上から振り下ろされたアヴァンの腕を必死にかいくぐってから後ろに飛んで下がった。

 くっ。

 少し動くだけで体中がミシミシと痛む。

 さっきの爆風のダメージが俺の体に色濃くきざみ込まれていた。


 だが、ティナの攻撃で大きなダメージを負ったアヴァンの動きも本来とは比べ物にならないほどにぶくなっている。

 そうでなければ俺が今の一撃をかわすことは出来なかっただろう。

 アヴァンの胸に深々と突き刺さった角を見て、俺は拳を握りしめた。

 倒すなら……今しかない!


 俺は羽を広げて力を振りしぼり、後方に飛ぶ。

 少し離れた地面に銀環杖サリエルが落ちていて、俺はそこまで飛ぶとつえとなりにティナを横たえた。

 そしてすぐさま振り返る。


 フラフラとした足取りで追ってくるアヴァンに対峙たいじすると、俺は激痛をこらえて魔力を最大限に高めた。

 アヴァンもかなり弱っている。

 今ここで最高の一撃を決めるしか勝ち目はない。

 そんな俺の背後でティナの奴がモソモソと起き上がる衣擦きぬずれの音が聞こえた。


「……バ、バレットさん。これは一体?」


 俺がチラリと肩越しに背後を見ると、銀環杖サリエルを支えにしてティナの奴が立ち上がっていた。

 こいつ……さっきのことは覚えていないのか?

 いや、そんなことを気にしている場合じゃない。


「動けるか?」

「は、はい。あの、私……」

「今は考えなくていい。神聖魔法は使えるか?」

「は、はい。大丈夫です。いけます!」


 必死に声を張るティナに俺はうなづいた。

 アヴァンがつたない足取りでこちらに迫ってくる。


「俺が飛び出してから5秒数えろ。そしたら一度だけでいい。俺の背中に向けて高潔なる魂ノーブル・ソウルを放て。俺の背中だぞ。いいな!」


 俺はそう言うと全魔力を解放した。

 焔雷フレア・スパークほとばしり、俺の全身から炎がき上がる。

 くっ……魔力の放出による体への負担が半端はんぱじゃない。


 皮、肉、骨。

 すべてが痛みで悲鳴を上げている、

 だが、俺は歯を食いしばると思い切り地面を蹴ってアヴァンに突進した。

 アヴァンはよろめきながらも俺を迎え撃つ。


「下級種ごときがあぁぁ!」

「燃やして尽くしてやる! 噴殺炎獄拳ヴォルカニック・ブラスト


 俺は必殺の一撃でアヴァンの心臓をねらった。

 アヴァンは両腕をクロスさせてこれを受け止めようとする。

 だが、そこで俺は強引に動きを止めて技をキャンセルした。


高潔なる魂ノーブル・ソウル!」


 ティナの声が響き渡り、後方から光の気配が迫る中、俺は地面を蹴って急上昇した。

 急激な方向転換に、痛む体がねじ切れそうになる。


「くぅぅぅっ!」


 そして飛び上がった俺の足のすぐ下を、ティナの放った桃色の光が通り過ぎ、アヴァンに直撃した。


「がふっ……ぐぬぅぅ! ナメるな!」


 直撃を受けながらもアヴァンは足を踏ん張ってティナの高潔なる魂ノーブル・ソウルに耐えたが、その弾みで巨体が揺らぎ、胸元がガラ空きになる。

 ここだ!

 俺は今まで試したことのない技をここで敢行かんこうした。

 噴殺炎獄拳ヴォルカニック・ブラストをキャンセルした後に残る全身の炎をまとったまま、俺は体を急速回転させる。


 それは以前にふと頭の中で思いついただけの空想のような技だった。

 だが、俺は全身全霊を込めてその技を繰り出す。


炎獄螺旋魔刃脚フレイム・スクリュー・デビル・ブレード!」


 炎と雷をまとった俺の体が高速回転するドリルと化してアヴァンを襲う。

 ねらうは一点集中!

 ティナの高潔なる魂ノーブル・ソウルでのけったアヴァンの胸に突き刺さったままの角に俺は爪先つまさきから突っ込んだ。


「いけぇぇぇぇぇぇ!」

「ぐぎぃぃぃぃぃぃ!」


 アヴァンが苦痛の声をらして身をよじろうとするが、俺は回転する爪先つまさきで一気につのを押し込む。

 アヴァンの分厚い胸板に刺さったそれが、さらに深く奥へと差し込まれていく感触が俺の足に伝わる。

 そして……。


「ぐふえあっ!」


 俺の爪先つまさきに押し込まれたつのがついにアヴァンの体を貫通し、背中へと突き抜けて落ちた。

 心臓を貫くクリティカルヒットだった。

 ティナが突き刺したあのつのは、正確に心臓をねらう位置に刺さっていやがったんだ。

 そして心臓を貫かれたアヴァンは口から血を吐くが、すぐに血の代わりに火を吹いた。

 胸に深く突き刺さった俺の足からき出す炎がアヴァンの体の中にあっという間に伝播でんぱしたんだ。


「がはっ……ゴホッ!」


 俺はようやく回転を止めてアヴァンの胸から足を引き抜くと、そのままドサッと仰向あおむけに床に倒れ込んだ。

 げ、限界だ……もう体が動かねえ。

 魔力を全放出したままの螺旋魔刃脚スクリュー・デビル・ブレードは体への負担が大きすぎる。

 少なくともこんなヘバッている時にやる技じゃねえな。


 俺は仰向あおむけに倒れたまま、目の前に立ち尽くすアヴァンを見上げた。

 これ以上アヴァンの反撃を受けたらさすがに打つ手がねえ。

 ジ・エンドだ。

 だが……。


「バ、バレット……こ、こんなもんで勝った気に……」


 そう言うとアヴァンは口や鼻の穴から盛大に炎をき上げながら、それでも一歩足を踏み出そうとする。

 くっ……マジかよ。


「バレットさん!」


 ティナが後方から金切り声を上げて駆け寄ってこようとしたその時、俺のすぐ眼前まで迫ったアヴァンの体から猛烈な勢いで炎がき出した。

 それは足の先から頭のてっぺんまでき上がり、アヴァンを包み込む。

 アヴァンの体の中に伝播でんぱした俺の炎がついに奴の全身に回った証拠だった。


「バ、バレット……下級種の分際で」


 それがアヴァンの末期まつごの言葉だった。

 炎に包まれながらも俺に手を伸ばすアヴァンの指先が、俺に触れる前にピタリと止まる。

 そして二度と動かなくなった。

 燃え上がるアヴァンの頭上に開いたウインドウに、ゲームオーバーの文字が並ぶのを俺はなか茫然ぼうぜんと見上げた。

 ほどなくしてアヴァンの体は炎に巻かれて燃え尽きていった。


 か、勝った……のか?

 いや、勝利なんて胸を張って言えるような、ご立派なもんじゃねえ。

 だが、ブザマでも俺は生き残り、アヴァンとディエゴは死んだ。

 それが結果だ。


「とりあえず……カタはついたな」


 俺が奴らをブチのめしたとはとても言い難い結果ではある。

 ティナの神聖魔法や修復術がなければ奴らにひとあわ吹かせることは出来なかっただろう。

 何より途中で様子がおかしくなったティナの超人的な強さがなければ、俺たちは間違いなく敗れ去っていたはずだ。

 これが現実だ。

 いくら息巻いてみたところで、俺1人に出来ることは限られている。


 俺は床に横たわったまま上を見上げた。

 とりではもはや跡形あとかたもなく、そこにあるのは天井ではなく月のない星空だった。

 無数の星に見下ろされながら俺は自分という存在の小ささを痛感する。

 

 ゾーランの言っていた戦うことの意味はまだ見えてこない。

 だが、この世の中は様々な要素が複雑にからみ合って成り立っていることは分かった。

 俺1人では成し遂げられないことが、他者の関与によって成し遂げられるようになる。

 今回のことが如実にょじつにそれを表していた。

 クソ面白くねえが、未熟な見習い天使の奮闘が今回の勝機を呼び込んだことは認めざるを得なかった。

 

「バレットさん。大丈夫ですか?」


 額を赤くらしたティナが上から俺をのぞき込んでそう言う。

 アホめ。

 大丈夫なわけねえだろ。

 見ての通り完膚かんぷなきまでにズタボロだ。

 もう起き上がる力もねえよ。

 それでも俺は言った。


「大丈夫に決まってんだろ。こんなもん余裕だぜ」


 俺の言葉をどう受け取ったのか知らねえが、ティナはほほゆるめると俺のかたわらに腰を下ろして、心から安堵あんどしたように笑顔を見せた。

 星のまたたく夜空に幾筋いくすじもの流れ星が尾を引いて走り、その緑色の光がティナの笑顔をほのかに照らしていた。

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