第14話 偽りの力

「ラリッてんじゃねえっ!」


 不正に手を染めてすっかりイカれちまったケルに、俺は飛びかかった。

 だがケルは手をかざして俺の行く手をはばもうとする。

 ケルの動作に応じて、俺の目の前に再び水晶の柱が現れた。

 アホが!

 二度も同じ手を食らうかよ!


「ハアッ!」


 俺が閉じ込められたこの空間は5メートル四方程度の広さしかなく、天井も巨漢のケルの頭がつきそうなほどの低さだ。

 俺は咄嗟とっさに地面を蹴って方向転換すると真横に飛んだ。

 水晶柱をかわした俺は壁を蹴って反動で勢いをつけ、ケルとの間合いを一瞬で詰める。

 

魔刃脚デビル・ブレード!」


 ませた殺意を足の刃に乗せ、俺は肉で覆われたケルの分厚い首を切り裂いた。

 最高の速度、最適な角度、そして奴の首を刈り取るという絶対の決意。

 力が落ちている今、俺に出来る最高の一撃だった。


「ぐえあっ!」


 情けない悲鳴が響き渡り、ケルの首が胴体から切り離されて宙を舞った。

 ゴロリと地面に転ったその首は、だらしなく口から舌をらして動かなくなる。

 俺は確かな手ごたえを得てえた。


「どうだオラッ! ざまあみやがれ!」


 そして俺は地面に転がったケルの頭を足で踏みつける。

 だが、足の裏に感じる違和感に俺は思わず息を飲んだ。


「残念だったなバレット。俺はこんな程度じゃくたばらねえ」

「なっ……」


 足の裏にケルの頭がうごめく感触が伝わってきた。

 俺の足に踏まれたケルの頭部はニヤニヤと笑いながらしゃべってやがる。

 馬鹿な……俺は確かに奴のクビをね飛ばしたはずだ。

 なぜこの状態でケルは生きていられる?


 驚愕きょうがくで俺は不覚にもつかの間、動きを止めちまった。

 その瞬間、首が切り離されたままのケルの胴体がいきなり手を伸ばしてきて、俺の首をつかんだ。


「がっ……」


 首のない死体と化したはずのケルの馬鹿デカイ手が俺の首を締め上げる。

 や、やばいっ!


「くそがあっ!」


 俺は咄嗟とっさに腹筋の力で足を振り上げ、魔刃脚デビル・ブレードで奴の腕を斬りつけた。

 だが、首輪のせいで力が弱っている今、さっきのような勢いがなければ一撃でケルの腕を斬り落とすほどの切れ味は出ない。

 俺の足の刃はケルの腕の肉に食い込んで止まってしまう。

 クソッ!

 ナマクラが!


「バレット。楽には死なせねえぞ。今までコケにしてくれた分、たっぷり痛めつけてやる」


 床に転がったままのケルの頭がそう言うと、首なしのケルの体は俺の体を力任せにブルンと揺らす。

 そして奴の腕に食い込んでいた俺の足が外れると、ケルは俺の首をめたままその丸太のように太い足で俺の腹に膝蹴ひざげりを浴びせた。


「ガハッ……」


 強烈な痛みが腹に突き刺さり、俺は思わず苦悶くもんの声を上げた。


「痛いかバレット。けど、こんなもんじゃ済まさねえぞ」


 そこから連続で二度三度と俺は腹に膝蹴ひざげりを浴び、その痛みを懸命にこらえながら両手でケルの腕を振りほどこうとする。

 だが、今の俺じゃケルの腕力に勝てるはずもなく、腹に突き刺さる激痛に耐えることしか出来ない。

 首なしのケルは俺の意識を失わせないよう加減をして首をめてきやがる。

 ムカつく奴だ。

 こんなクズに俺はいいようにされて殺されちまうのか?


 冗談じゃねえ。

 俺の両手両足はまだ動く。

 俺がここまで来たのはこんな風に負けるためじゃねえぞ。

 このクソ野郎にきっちり落とし前をつけさせるために俺は今ここにいるんだ。


灼熱鴉バーン・クロウ!」


 両腕に魔力を込めてケルの体に灼熱鴉バーン・クロウを放った。

 至近距離からそれを浴びたケルの体が炎に包まれて燃え上がる。

 だがケルは燃えたままの体で俺を思い切り引き寄せると、俺の首から手を放して今度は両腕でこの体を抱え込んできやがった。

 ま、まずい。


 ケルの体を包む燃え盛る炎の熱さが俺の身をもがす。

 だが炎属性の俺にとって、炎自体は耐え切れないほどのダメージじゃねえ。

 それよりもケルの馬鹿力で締め上げられる体のほうが悲鳴を上げていた。


「うぐっ……」


 体中がミシミシと嫌な音を立てている。

 筋肉が押しつぶされ、骨がきしむ。

 クソッ!


「どうだバレット。このまま体中の骨をへし折ってやる。いい声で鳴きやがれ」

「ケッ……。誰がてめえの思い通りになるかよ」

虚勢きょせいを張るな。この状況からおまえに起死回生の一手が打てるわけがねえ」


 頭にくるがケルの言う通りだ。

 身動きを封じられたまま俺のライフは目に見えて減少し、反撃の方法も……ん?

 そこで俺は奇妙なことに気が付いた。

 ケルのステータスを見てみると、そのライフは途中からまるで減っていない。

 首を飛ばされ、体は炎に包まれて燃え上がっているってのに、こいつはどういうことだ?


 そして本来ライフゲージの上に記されているはずの数値は、すっかり文字化けした意味不明な記号の羅列られつに変わっている。

 俺は直感的にさとった。

 目の前にいるこいつは、もう普通のNPCじゃねえ。

 間違いなく不正プログラムの影響で、こいつはその存在自体がバグり始めていやがるんだ。

 だから恐らくなぐろうが蹴ろうが首を飛ばそうが、こいつのライフを減らすことは出来ないだろう。


「く……首がなくても動くのはそういうわけか」


 こいつにはまともに攻撃を浴びせても、倒すことは出来ない。

 だが、お手上げだと白旗しろはたを振るにはまだ早い。

 俺にはまだ打つ手が残っている。


 歯を食いしばると俺は、自分の体に残された全ての魔力を燃え上がらせた。

 途端とたんに俺の全身から猛烈な炎がき上がり、俺とケルとを包み込む。

 それを見たケルが嫌味な笑い声をらした。


「ぐへへ。バレット。最後の悪あがきか? ムダだ。俺の体は痛くもかゆくも……」

「ああ。そうだろうよ。インチキ野郎が」


 俺は構わずに魔力を放出し続ける。

 炎の勢いがグングン増していき、巻き上がる粒子が摩擦まさつを起こすせいでパチパチとぜる音が聞こえ始めた。

 まだケルには見せたことのない技が俺にはある。

 パチパチという音が強くなり、青い稲光が俺の体の周囲にひらめき出した。


「痛くもかゆくもないだろうが……これならどうだ」


 き上がる炎の勢いが最高潮に達した時、猛烈な音と光が俺の体を包み込み、しびれるような閃光が炸裂した。

 その衝撃で、俺の体を締め上げていたケルの体が大きく後方に吹き飛ぶ。

 ケルの体は壁に叩きつけられてその場にひざをついた。

 体の自由を得た俺もその場に片ひざをついて大きく息を吐く。

 床に転がるケルの首は恨めしげに俺をにらみ付けながらうめくように言った。


「か、雷だと? な、何だそりゃ……」


 ケルの体は地面の上で体を震わせながら立ち上がれずにいる。

 

 焔雷えんらい

 

 俺が魔力を最大放出し続けると体中から噴き上がる炎が粒子の摩擦まさつを生じさせて過電流を発生させる。

 それは雷となって俺の体を包み込むんだ。

 だが、これは技ってほどのもんじゃねえ。

 言ってみりゃ、技に入る前の構えみたいなもんだ。


「ケル! ブザマな姿だぜ。そんなイカサマにすがる己を恥じやがれ!」


 俺がこの辺境の地を出てゾーランの部隊に配属されてから編み出した技がある。

 もちろんケル相手には使ったことがない。

 これを使うほどに追い込まれたことが一度としてなかったからな。

 

 だが今のケルは明らかに様子がおかしい。

 間違いなく不正プログラムのせいで己を保てなくなっていやがるんだ。

 そんなイカれた奴を倒そうと思ったら、問答無用で全てを燃やし尽くすほかねえ。


 俺は体中の魔力を拳に集中させた。

 俺の拳が真っ赤に燃えて、その周りに青い稲光が走る。


「炎獄のほむらで灰になれ!」


 だが、最大限の魔力を込めた拳を繰り出そうとしたその時……俺の全身が突如として硬直したんだ。

 一瞬、俺は自分の身に何が起きたのか分からなかった。

 せまかった空間が突然さらに縮み、俺の体はいきなり背後から迫ってきた壁の中に半分めり込んだような形で身動きが取れなくなってしまった。

 うでと足は完全に壁の中にまり、顔と胴体だけが壁の外に出ているという、はりつけにされたような格好だ。


「ケル……てめえ」


 俺は即座に理解した。

 ケルの奴が再び不正プログラムを発動させて、この空間を変化させやがったことを。

 そして俺の見ている前でケルの体は再び動き出し、床に落ちている頭を拾い上げて自身の首の上に据えた。

 途端とたんに頭と胴体がくっついてケルの野郎は元通りになりやがる。

 自由自在かよ。

 クソッ!


「フヒィ~。いい格好だぜバレット。まるでサンドバッグだ。なぐってほしそうな顔をしてるぞ。お望み通りにしてやる。そらっ!」


 そう言うとケルはその馬鹿デカイ拳で俺の腹をなぐり付けた。

 避けることも防ぐことも禁じられた状態の俺は、その拳の一撃を甘んじて受けるほかない。


「ごはっ!」

「まだまだぁ!」


 ケルの拳が俺の腹に連続で打ち込まれ、そのたびに俺の体に重い衝撃が響く。

 くそっ!

 ムカつくがケルの言う通り、このままじゃサンドバッグだ。


 ケルはニヤニヤと笑みを浮かべながら何度も何度も俺の腹をなぐり付ける。

 俺は腹筋に力を入れて耐えるが、それでもダメージはまぬがれない。

 俺のライフはどんどん減っていく。


「バレット。おまえが中央からこの辺りに戻ってきて以来、俺は面目丸つぶれだ。好き放題暴れやがって。俺が子分どもの前でどれだけ恥をかいたか分かるか!」


 ケルは怒りに血走った眼を大きく見開き、俺のあごをグイッとつかむ。

 俺は屈辱くつじょくに耐え、牙をむき出しにして笑ってやった。


「ヘッ。恥をかいたのはてめえが弱いからだ。恨むなら怠惰たいだな暮らしに甘んじていたてめえ自身の甘さを恨むんだな」

「黙れっ!」


 ケルは狂ったように地団駄じだんだ踏んで怒り、その勢いで俺の頭に頭突きを打ち込みやがった。

 

「ガッ!」


 重い衝撃が脳を揺さぶり、視界がグラグラと揺れる。

 クソッ!

 頭が岩で出来てやがるのかと思うほどの硬さと衝撃に俺は懸命に耐えた。

 

「バレットォ。もうおまえが好き勝手できる時代は終わりだ。今日からこの辺境最強の座は俺に明け渡してもらうぜ」

「辺境最強の座? そんなみっともねえ称号を持ったつもりはねえ。ま、田舎いなか大将のおまえにはお似合いかもな」

「こいつを見てもそんな減らず口が叩けるか?」


 そう言うとケルは一本のナイフを取り出した。

 それは何てことのない小刀だったが、その小さな刀身に禁忌きんきの力を宿らせた恐るべき刃だったんだ。

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