どうせ俺はNPCだから

第15話 断絶凶刃

　俺にトドメを刺そうとケルが取り出したそれは、随分（ずいぶん）と小ぶりな小刀だった。

　ケルのデカイ手に握られていると、まるでオモチャだ。

「そんなナイフで俺にトドメを刺そうってのか？　ずいぶんチンケな得物（えもの）だな」

　俺の挑発にもケルはニヤニヤとしたまま口を開いた。

「イレギュラー・システム・コード９２９０。マテリアル・エラー」

　途端（とたん）にケルの持つナイフの刀身が不気味な紫（むらさき）色の光を帯び始めた。

　その光に顔を照らされながらケルは得意げに言う。

「こいつは断絶凶刃（コンティニュー・キャンセラー）といってな。チンケな小刀だと思うよな？　だがこれは文字通り、おまえという存在をこの世界から断絶する死の刃だ」

「何だそりゃ。世迷言（よまいごと）もいい加減に……」　

「へっへっへ。この刃で斬られたダメージでライフが尽きると、コンティニュー機能が破壊される。そうして死んだ奴はもう二度と復活できなくなる。怖えナイフだよなぁ」

　断絶凶刃（コンティニュー・キャンセラー）だと？

　そんなもんが本当に存在するのか？

「ケル。ホラ吹いてんじゃねえぞ」

「そう思うだろ？　そう思うよな。実はな、バレット。俺も最初、このナイフの効能が信じられなくてよ。だから俺の子分で試してみたんだよ」

「……なに？」

　ニヤつくケルの言葉に俺は顔をしかめた。

　子分で試しただと？

「そしたら何と、刺された奴はフリーズして動かなくなった。そのままそいつはコンティニューされることもなく、今もおまえの隣（となり）で眠ってやがるぞ。バレット」

　そう言ってケルはパチリと指を鳴らした。

　俺は反射的に隣（となり）を見る。

　すると俺の左隣（どなり）の岩壁にポッカリと穴（あな）が開き、その中から１人の悪魔がドサッと崩れ落ちてきた。

「こいつは……」

　ケルの言う通り、その悪魔は胸を手で押さえ、苦悶（くもん）の表情を浮かべたまま固まって動かなくなっていた。

　その体のあちこちがバグで揺らいだり、ノイズが走っている。

　どう見てもまともな死にざまじゃねえ。

　ケルの野郎は言葉の通り、自分の部下を犠牲にして奇妙な刃の効果を試しやがったんだ。

「見ろバレット。疑いようもない、この断絶凶刃（コンティニュー・キャンセラー）の効能を」

「チッ……大したクソ野郎たな。ケル。おまえなんぞの下についた子分どもは皆、自分の見る目の無さを嘆いているだろうよ」

「もう口先で喚（わめ）くことしか出来ないてめえが何をほざこうと、負け犬の遠吠えにしか聞こえんなぁ。バレット」

　ケルはそう言うと断絶凶刃（コンティニュー・キャンセラー）の刀身の腹を俺の頬（ほほ）に当てる。

　ヒンヤリとした刃の感触が不快で俺はケルを睨（にら）み付けた。

　俺の視線を受けたケルは嫌味な笑みを浮かべる。

「おまえもそこで寝ているアホのようになるか？」

　そう言ってケルは哀れに固まったまま横たわる子分に視線を落とす。

　このクソ野郎が。

　俺は頭に来てありったけの敵意を込めた視線をケルに送りながら言う。

「やるならさっさとやれ。てめえのお遊びに付き合わされるくらいなら、そいつみたいにアホ面さらして寝てるほうがいくらかマシだ」

　そう言う俺を見てケルは薄笑みを浮かべた。

「その度胸（どきょう）は誉（ほ）めてやる。バレット。俺はおまえの腕前は高く評価していたんだぜ。そこで提案だ」

「ああ？」

　俺が憎々しい気持ちを込めて睨（にら）み付けるのも構わず、ケルは絶対的優位の状況から見下すように俺を見た。

「俺の子分どもの前で今までの無礼を俺に謝罪し、この俺に絶対の忠誠を誓（ちか）え。そうすれば今後は俺の片腕として使ってやる。ここで惨（みじ）めに死なずに済むぞ」

　その話に俺は思わずポカンとしてケルの顔をマジマジと見た。

　なぜ俺をサッサと殺さないのかと思っていたら、そんなことを言い出しやがるとは……。

　こいつはアホだと思っていたが、筋金（すじがね）入りの大馬鹿者だ。

「ク、ククク……クックック」

「……何がおかしい。バレット」

「ハッハッハ！　笑わせるんじゃねえよケル。さっき俺が言ったばかりじゃねえか。おまえの下についた子分どもは見る目がねえって。おまえの片腕だ？　アホが。豚のクソにでもなるほうがマシだぜ」

　俺がそう言うと、いやらしい笑みを浮かべていたケルの顔にサッと怒りの色が滲（にじ）む。

「バレット。今はてめえの命が永遠に断たれようとしている瀬戸際（せとぎわ）だと分かってねえのか？　あまり利口（りこう）な口のきき方とは言えねえぞ」

　そう言うとケルは断絶凶刃（コンティニュー・キャンセラー）をヒラヒラと俺に見せつける。

　このアホが俺をすぐに殺さずに、マヌケな提案をする理由はひとつだけだ。

　こいつは子分どもの自分に対する評判が落ちているのを知っていて、それを気にしてやがるんだ。

　だから子分どもの目の前で俺を屈服（くっぷく）させて自分の名誉（めいよ）を回復しようとしていやがる。

　チンケな自尊心を慰（なぐさ）めるためにな。

　誰がその片棒を担（かつ）いでやるかってんだ。

「てめえの安っぽいメンツを保ちたけりゃ、俺をそのしょぼいナイフでぶっ殺して、そこの哀れな子分と一緒に並べて飾りな。子分どもはさぞかしおまえを尊敬するだろうよ。俺たちのボスは上級種の奴らに魂を売り渡して得た力で、ついにバレットをやっつけたぞってな。ハッハッハ」

　俺がそう揶揄（やゆ）した途端（とたん）、ケルの奴は俺の頭にもう一発、頭突きをくれやがった。

「ガッ！」

「そうかバレット。そんなに俺の前に跪（ひざまず）くのが嫌か。だったら惨（みじ）めったらしい死を選びな。てめえの亡骸（なきがら）は子分どものサンドバッグとして、このアジトの中に吊（つ）るしてやるからよ」

　そう言うケルの肩が憤激（ふんげき）に震えている。

　そのままケルは怒りに任せて俺の顔や腹に次々と拳を浴びせかけた。

「ガハッ！　グッ……」

「ハッハッハ！　死ねバレット！　死ねぇぇぇぇ！」

　ついには狂った獣（けもの）同然に吠（ほ）えながらケルは俺を殴（なぐ）り続ける。

　体中を襲う痛みに意識が朦朧（もうろう）とする中、俺は胸の内で悪態をついた。

　ちくしょうめ。

　こんな豚野郎にいいようにされちまうとは情けないぜ。

　これで俺のＮＰＣ人生は終わっちまうのか？

　しょせんそんなもんなのか？

　俺という男の歩みはこんなゴミ貯（た）めで終着点を迎えるのかよ。

　……冗談（じょうだん）じゃねえ。

　それを甘んじて受け入れられるほど、俺は自分の人生に何一つとして満足しちゃいない。

　仮にこの先も人生が続いたとして、俺の未来に上級種どもを凌（しの）ぐ一発逆転の芽（め）があるかと問われれば、そんな可能性は限りなくゼロに近いと言わざるを得ない。

　俺は特別でもなければ誰かに求められてここにいるわけでもねえ。

　ただのしがないＮＰＣでしかねえんだ。

　だが……だからといってこんなクソッたれな終わり方に俺は納得出来るのか？

　出来ねえよ。

　１ミリたりともな。

「フゥゥゥ……フヘヘヘヘ。いよいよ最後だバレット」

　怒りと興奮と、そして不正プログラムの影響か何かですっかりラリッてやがるケルの奴が、顔を上気させて鼻息荒くそう言った。

　残された俺のライフはとうとう雀（すずめ）の涙ほどだ。

　これであのチンケなナイフを一撃でも食らえば、即ゲームオーバーは間違いない。

「あばよバレット。今度こそ永遠にサヨナラだ」

　ケルはそう言い、俺の心臓目掛けて断絶凶刃（コンティニュー・キャンセラー）をまっすぐに突き出した。

　禍々（まがまが）しい紫（むらさき）色の光を放つ刃が俺の胸に……。

「高潔なる魂（ノーブル・ソウル）！」

　唐突にその聞き覚えのある声が響き渡った途端（とたん）、断絶凶刃（コンティニュー・キャンセラー）の紫（むらさき）色の光に照らし出されていた空間に、天井から桃色の眩（まばゆ）い光が差し込んできた。

　俺は反射的に上を見上げる。

　閉ざされたはずの天井を突き抜けて降りてきたそれは、人の姿を象（かたど）った桃色の光の塊（かたまり）だった。

　その光の魂（かたまり）は今まさに俺に刃を突き立てようとしていたケルにぶち当たる。

　すると激しい光が炸裂し、ケルが悲鳴を上げながら後方に吹き飛んで壁に激突した。

「ぐふええええっ！」

　すると間髪（かんぱつ）入れずにまたもや声が響き渡る。

「正常化（ノーマリゼイション）！」

　その声で俺はすぐに理解した。

　ティ、ティナだ。

　さっきの桃色の光がティナの姿を象（かたど）ったものだと俺は即座に理解した。

　あいつ……眠らせて縛りつけておいたのに、どうやってここに？

　疑問を抱く俺の頭上では、ケルが作り出した天井が消え去り、そこから本当に見習い天使のティナが姿を現した。

「バレットさん！　無事ですか！」

「……ティナ。どうやってここに来た？」

　ティナの奴は俺の問いには答えず、俺の眼前に降り立つとすぐさま銀環杖（サリエル）を振り上げる。

「正常化（ノーマリゼイション）」

　銀環杖（サリエル）から青い光が降り注ぎ、俺の体を照らした。

　すると俺を封じ込めていた岩壁が消え去り、俺は体の自由を取り戻したんだ。

　さらにケルの奴が作り出した狭（せま）苦しい窪（くぼ）みも盛り上がり、元通り平坦な玉座の間の姿を取り戻した。

　そして俺に向けてさらにティナは神聖魔法を唱える。

「母なる光（マザーズ・グレイス）」

　それはティナの使う回復魔法で、銀環杖（サリエル）の宝玉から降り注ぐ桃色の光が俺の体の傷を癒（いや）し、体力を回復させていく。

　ティナの奴は杖を振りかざしながら憤然（ふんぜん）と俺を見据（みす）えて言った。

「生憎（あいにく）でしたねバレットさん。私を置き去りにしようったってそうはいきませんから。あまり見くびらないで下さい」

　相変わらず小生意気な口ぶりの小娘だが、俺はそれを咎（とが）めようとは思わなかった。

　ティナの予想外の登場が、俺を絶体絶命の窮地（ピンチ）から救い出す一手になったことだけは覆（くつがえ）しようのない事実だったからだ。