第3話 地上に向かう道すがら
すでに魔物たちの
そもそも今の俺はティナの奇妙な首輪のせいで、攻撃コマンドが使用不可になっていた。
相手に攻撃を仕掛けることが出来ない以上、普段ならどうってことない怪物どもでも、今は
俺は後ろをチラリと振り返った。
ティナの奴は数メートルの距離を
さて……地上に出る前にこのガキに何とかしてこの首輪を外させなければならん。
こいつを望み通り地上に連れて行ったとして、約束通り俺の首輪を外す保証はない。
現時点でアドバンテージはこの
そのアドバンテージを取り戻すには俺の勝手知ったるこの
そんなことを考えながら俺がティナに視線を送ると、あいつは
「何ですか? あまりこちらを見ないで下さい。顔が怖いので」
「ああ。そうかよ。この顔は生まれつきだ」
チッ…… ムカつくガキだ。
この首輪さえなきゃ一瞬で首をひねって息の根を止めてやるところだぜ。
だが今は油断をさせておくほうがいい。
「おまえ。そもそもどうやって地下50層まで降りてきた? 初見であそこまで潜れる奴はそうはいねえ」
ひ弱な見習い天使にはまず無理な話だ。
俺の問いにティナは
「はぁ。降りたのではなく落ちたのです。地上を歩いていたら、突然地面に大穴が開いて、そこに転落してしまい、あっという間にさっきの場所へ。恐らくあなたがハマっていたさっきの
ティナの言葉に俺は即座に理解した。
そうか。
何であの2体の上級悪魔がこの
このマヌケな見習い天使はそのとばっちりを食らったってわけだ。
「あなたこそ、どうしてあのような場所に? もしかしてバグを不正に生じさせた犯人を知っているのですか?」
その問いに俺は表情を変えず、胸の内で
こいつはディエゴのことを知りたがっている。
それを
「んなこと、おまえには関係ねえ。話す必要があるか? ねえよ。一言もな」
「確かにそうですけど……さっきのは普通の状態じゃないですよ?」
食いついてきやがった。
俺は気取られないようティナに背中を向けたまま歩き続ける。
そうして俺がだんまりを決め込もうとすると、ティナは生意気なことを言いやがった。
「あなたを八方
……こいつ。
ひ弱な見習いのくせに、一人前に駆け引きを使いやがる。
俺は足を止めるとて後ろを振り返り、目を鋭く
するとティナはサッとそっぽを向いて目を合わせようとしねえ。
チッ……生意気なガキだ。
仕方ねえ。
「……ハメられたんだよ。突然現れた上級悪魔のディエゴってクソ野郎にな」
俺がそう言うとティナは即座にコマンド・ウインドウを起動し、何やらデータ・シートのようなものを展開した。
ティナの顔の前に多くの奇妙な文字が整然と列を成す画像が浮かび上がる。
俺には読めない不思議な文字だったが、どこかで見覚えのある文字のような気がした。
「何だそりゃ?」
「秘密の名簿です。ディエゴ、ディエゴ……ありました」
フムフムと
「不正なバグでフィールドを変化させる。そういうエラー・プログラムを意図的に使う疑いのある容疑者のリストなんですよ。これは」
不正なバグ……確かにディエゴのあれは奇妙な術だった。
奴の腹立たしい猿顔を思い返して
「以前からこの
そんな話聞いたことねえな。
さっきのディエゴみたいなワケの分からねえ術を使う奴が他にもいるってことか?
「私はある御方の命を受けて
ティナは鼻息荒くそう言った。
俺は黙って聞いていたが、何だか
「フンッ。そのある御方ってのはアホなのか?」
「なっ……」
顔色を変えるティナに何かを言わせる
「何でそんな重要な仕事におまえみたいな見習いが単独で取り掛かってやがるんだ? おまえが捕まって情報が
俺の言葉にティナは気色ばんで声を上げた。
「あの御方を
そう言うとティナは感情の
どうにも妙な話だ。
こいつの話が本当なら、こいつは
それにしちゃ無防備すぎる。
もっと腕の立つ奴を送り込むか、護衛役に
「
おまえみたいな見習いがいくら努力したところで……という言葉を俺は飲みこんだ。
下級悪魔のくせに少しでも強くなろうと日々もがいていたことをさんざん馬鹿にされてきたのは、他ならぬこの俺だ。
まあそれに天使どもの事情なんざ俺の知ったことじゃねえ。
「ま、別におまえの秘密なんざどうでもいいさ。それより聞かせろ。あのディエゴの奇妙な術にどうやって対処すればいい」
「あなたでは無理です」
「さっきと言ってることが違うぞ。てめえ。ナメてんのか?」
「ナメてなどいません」
このガキ。
この首輪がなけりゃ、その細い首を締め上げているところだ。
「俺がまたディエゴの奴と戦う際には奴の奇妙な術への対抗手段が必要になる。それをおまえは知っているんだろう? ならそいつを教えろ」
「あなたにとっての対策は私を
そう言うとティナは俺をじっと見上げた。
小娘の
「チッ。ディエゴのところまで案内しろと?」
そう言う俺にティナは切実な表情で
ふざけやがって。
あまり調子に乗ってると……と
それより逆にこれは俺にとってチャンスだ。
「ま、どうせ俺はここを出て自由になったら奴らに
そう言って俺は自分の首に巻かれた首輪を指でつまんだ。
いつまでもこんなもんを首に巻かれたままでいてたまるかってんだ。
「ええ。それは約束ですから」
「その約束が果たされない限り、俺は地上に出ても動かねえからな」
「はい。分かっています」
よし。
これならこいつは俺の首輪を外すだろう。
そうしなければこいつの目的は果たされなくなるんだからな。
だが俺は首輪が外れたらこのガキを即座に始末するか、その場に置き去りにしてトンズラこけばいい。
アドバンテージは俺に戻って来た。
俺が腹の中でそんなことを考えているとも知らずに、ティナは
「ありがとうございます。ところで……さっきその首輪をつけた際にあなたのお名前を知りました。バレットさんとおっしゃるのですね」
チッ。
そういえばこの首輪の装着時に俺の名がウインドウに表示されていやがったな。
「ああ。それがどうした」
「やっぱり。
何だこいつ。
俺を知ってやがるのか?
「俺の名前なんざ、この辺りでしか知られてねえぞ。どこで聞いた」
「上級悪魔のゾーラン隊長から」
その名に俺は驚きを隠せずに目を見開いた。
「おまえ……ゾーランの知り合いか? なんでアイツがおまえみたいな見習い天使と……」
上級悪魔ゾーラン。
亡き魔王ドレイクの後継者の座に現時点で最も近い男と言われている。
だが……俺にとっては
「先日、我々天使の総本山である天樹の塔で起きた紛争はご存じですか?」
「……ああ」
知ってるも何も、それは本来なら俺もゾーランの部下として参加するはずだった戦いだ。
天使どもの拠点である天樹の塔が
ゾーランはどういうわけか、天使どもの拠点を占拠した
悪魔と天使は
結果として天使どもを救うために
そのせいでこの
だが俺にとって問題なのはそんなことじゃねえ。
強さを追い求める俺は、より
せっかく腕を振るう絶好のチャンスだったというのに、ゾーランの根回しによって俺はその戦いに参加することが出来なかった。
そしてそのことでゾーランの奴に直接文句を言いに行くと、奴はこの俺を
その時のことを思い返すと今でもハラワタが
そんな俺の胸の内など
「その時にゾーラン隊長にはお世話になりました。天使と悪魔という敵対的立場ではありますが、大きな災いを避けるために
「そこでおまえはゾーランと知り合ったのか」
「はい。私が単身で
あの野郎……。
ゾーランは俺にとっては戦闘の基礎を叩き込まれた
だが、今は
なぜこの見習い天使に俺の名前を教えたのか、奴の
俺は
「ゾーランの奴に何を吹き込まれたか知らねえが、俺は奴とはケンカ別れしてんだ。奴の名前を出したことで俺がおまえに良くしてやるとでも思ったら、そいつはとんだ見込み違いだぜ」
「そ、そうですか……残念です」
やはり何かを期待していやがったか。
俺の話にティナは
そんなティナの様子に構うことなく俺は再び足を進める。
だが地下29層に到達しようとしていたその時、俺は異変を感じ取った。
「止まれ」
身に迫る危機を感じ取った俺の声に、ティナはハッと緊張の
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