第14話 袋小路の死闘

 肩に突き刺さった断絶凶刃コンティニュー・キャンセラーを引き抜いた俺は、むらさき色の妖光を帯びたその刃を床に放り投げた。

 傷口から鮮血が舞い散り、ズキズキとうずくように痛みが走る。


「……クソッ」


 ディエゴの猿野郎め。

 本当に腹が立つぜ。

 ティナは当て布で俺の肩の出血を止めながら、神聖魔法をとなえた。


母なる光マザーズ・グレイス


 ティナの回復魔法が俺の体に染み込んでいく。

 肩からの出血が止まり、傷が少しずつふさがっていくが、深手の傷のために回復には時間がかかるようだった。

 回復を続けながらティナは床に打ち捨てられた小刀をチラリと見てつぶやきをらす。

 

「……断絶凶刃コンティニュー・キャンセラーですか」

「ああ。頭にくるぜ」

「待っていて下さい。すぐに正常化ノーマリゼイションで呪いを解きますから」


 そう言うとティナはそそくさと銀環杖サリエルを振りかざして俺に修復術をほどこした。


正常化ノーマリゼイション


 ティナの銀環杖サリエルから降り注ぐ修復術の青い光が俺の体を包み込む。

 以前にケルの子分を断絶凶刃コンティニュー・キャンセラーの呪いから解き放った時と同様に、ティナの正常化ノーマリゼイションが俺の身にかけられた呪いをはらいそそぐ……はずだった。

 だが……。


【解呪エラー:シリアル・キーを入力して下さい】


 突如として俺の眼前に表れた、見たことのないその表示にティナは目を丸くする。


「こ、これは一体……」


 どうやらそれはティナも知らない表示らしく、困惑とあせりの表情を浮かべている。

 俺は耳に残るディエゴの不愉快な言葉を思い返した。


「ディエゴの奴が言っていた。俺を刺したのはオリジナルの断絶凶刃コンティニュー・キャンセラーだと」

「オリジナル? そんなものが……。だ、だからシリアル・キーを求められたんですね。バレットさんはシリアル・キーはご存じ……じゃないですよね」


 落胆してそう言うティナに俺はだまってうなづいた。

 ティナの目が動揺で揺らぐ。


「で、でもこれでトドメを刺されたわけじゃないから大丈夫ですよね?」


 ティナは不安げにそう言った。

 こいつはディエゴの話を知らない。

 ケルが持っていたまがい物の一刀は、確かにそれでトドメを刺された者のコンティニューを不可能にするという代物しろものだった。

 だが……。


「どうやらそうもいかねえらしい。俺の体にはすでに復活不能の呪いがかかっているそうだ。この先いつどんな形でライフが尽きても、そこが俺の終着点になる」

「そ、そんな……」

 

 ティナは愕然がくぜんとした顔でくちびるみしめている。

 フンッ。

 シケたツラしやがって。


「これから上級種どもをぶちのめそうって時に情けねえ顔してんじゃねえ」


 そう言うと俺は立ち上がった。


「バ、バレットさん? まだ傷が完全にふさがっていません。それにライフも……」

「敵はこっちが完全回復するまで待ってはくれねえんだよ」


 俺の言葉にティナはハッとした。

 俺の目線の先に自分も目をやり、ティナは口元を引き結ぶ。

 その視線の先、このドレイク部屋の壁が揺らぎ始めた。

 奴らのお出ましだ。

 筋肉脳のアヴァンは気付かなかったようだが、抜け目のないディエゴはさすがにこの部屋の存在に気付いたようだ。


「あまり休ませてはもらえないようですね」

「そりゃそうだろ。そんな親切な奴らに見えるか?」


 ティナは少々ウンザリしたように肩をすくめる。

 だがすぐに銀環杖サリエルを握り締めて大きく息を吐く。

 その目には強い光が宿っていた。

 多少ビビッて堅くなっちゃいるが、ティナの奴も戦意は失っていない。

 そうだ。

 どんなにキツイ状況だろうが、俺たちはやるしかないんだ。

 

 ティナの回復魔法で完全回復する時間がないため、俺はサッと取り出した回復ドリンクをグイッとあおった。

 傷が深い場合、まずはその傷を直さないと回復ドリンクを飲んでも思うように体力は回復しないが、それでも飲まねえよりはマシだ。

 俺のライフは半分ほどまで回復した。

 そんな俺の前についに奴らが姿を現した。


「ほう。こんな隠し部屋があったとはな」


 その言葉とともに壁の揺らぎの中からディエゴが現れた。

 不正プログラムによって壁にあなを開けるディエゴの術の法則から逃れられる物質はない。

 この隠し部屋が見つかったのは必然だった。

 そして同時にドンと強い衝撃が響き、階段上の隠しとびらが吹き飛んだ。

 そこに空いた大穴おおあなからアヴァンが姿を現した。

 俺は辟易へきえきして上級種どもをにらみつける。


「まったく。てめえらは原始人か。普通にとびらを開けて部屋に入ってきやがれ」

「いや、バレットさんもさっき壁を蹴り壊してましたからね」


 そう言いながらティナは俺のとなり銀環杖サリエルを構える。

 そんな俺たちを見下ろして牛頭のアヴァンは鼻から熱気を吐いた。


「フンッ。いい加減に鬼ごっこはおしまいにしようぜ。どうせおまえらも俺たちに用があるんだろう? なら、ここらで腹決めて殺し合おうじゃねえか」

「そいつは違うぜ。兄貴。殺し合いになんてならねえ。俺たちがバレットを一方的に殺すだけだ。ウケケ」


 ディエゴの野郎は甲高く不愉快な笑い声を立てると、余裕綽々よゆうしゃくしゃくでアヴァンに声をかける。


「兄貴。俺がこいつらの始末をつける。兄貴はそこで逃げ道をふさいでいてくれ。こいつらがまた姑息こそくな方法で逃げ出さねえようによ」


 アヴァンにそう告げるとディエゴはフワリと宙を舞い降りて俺たちの前方に立つ。

 アヴァンに比べるとこいつは身体能力で大きくおとる。

 それでもさっきの俺の回し蹴りが大して効いてないことは分かる。


 さて、こいつにどう立ち向かうか。

 迂闊うかつに近付けば重力魔法の餌食えじきにされる。

 かといって中距離から攻撃しようにも、俺の灼熱鴉バーン・クロウは奴の作り出す真空のまくはばまれちまうだろう。

 攻め手がねえ。


 そこで俺は思い出した。

 以前にゾーラン隊にいた頃に何度もゾーラン相手に組手を行った時のことを。

 ゾーランの奴もすきが無く、戦う度にあいつの強さを思い知らされた俺は、次第に簡単には踏み込めなくなっていったんだ。

 そんな時にゾーランは言った。

 数段格上の相手に正攻法で攻めても無駄だから、相手の思考や呼吸を崩せるよう、そこら辺にあるものを何でも使って奇抜きばつな手を打てと。


 奇抜きばつな手か。

 俺がここに奴らを引き込んだのは、まさにその一手を打つためだが、それが奴らを仕留める一手になるかどうかは展開次第だ。

 そうなるよう状況を作っていく必要がある。

 先手を打つぞ!

 俺は両手に宿した炎を鋭く撃ち出した。


灼熱鴉バーン・クロウ!」

「フンッ。馬鹿のひとつ覚えか。下級種は悲しいな。真空膜ヴァキューム・フィルム


 そう言うディエゴの体の周りに真空のまくが生じる。

 以前と同様に俺の自慢の炎はまくの中に吸い込まれるようにして消滅してしまう。

 だが、そんなことはお構い無しに俺はディエゴに向かって突進した。

 そんな俺に対してディエゴが手をかざした。

 奴の重力魔法の射程圏内だ。


つぶれたカエルみたいになっちまいな。過重力オーバー・グラヴィティー


 その瞬間、俺は急停止して直角に曲がり、右側に飛んだ。

 足がわずかに重力に引っ張られる感覚を覚えたが、急激に方向転換したおかげで俺は難を逃れた。

 思った通り、ディエゴの重力魔法は強烈だが射程が短く、効果の及ぶ範囲もせまい。

 奴が手をかざす向きから方向を先読みして動けば回避の確率は上がる。


「チッ。こざかしいんだよ」

 

 ディエゴは何度も過重力オーバー・グラヴィティーを発生させるが、俺はそれをギリギリのところでかわし続ける。

 とにかく一歩も立ち止まらずに動き回るが、一向にディエゴとの距離は縮まらない。

 ディエゴも冷静さを失わずにひたすら俺を過重力オーバー・グラヴィティーねらい続ける。

 俺が動き疲れてジワジワと体力を消耗するのを待っているんだろう。


 だが、俺だっていつまでもやられっぱなしじゃない。

 俺が過重力オーバー・グラヴィティーを避けて大きく天井へ飛び上がると、ディエゴは俺を目で追い顔を上げる。

 その瞬間、俺は後方待機しているティナに目配せをした。


 すでに心の準備をしていたティナは即座に自分の半歩前の床を踏む。

 途端とたんにディエゴの足元の床から2本の短槍が飛び出した。


「チッ!」


 ディエゴは咄嗟とっさに後方にのけってそれを避けるが、その鼻先を短槍の穂先がかすめて切り裂いた。


「ぷあっ!」


 鼻から血を噴き上げながら後方に倒れ込んだディエゴに対し、俺は間髪入れずに追撃の一手を放つ。


灼熱鴉バーン・クロウ!」

真空膜ヴァキューム・フィルム!」


 俺が空中から撃ち下ろした灼熱鴉バーン・クロウをディエゴは倒れたまま即座に真空膜ヴァキューム・フィルムを展開して消滅させる。

 だが、それを見ていたティナがすぐに次の床を踏んだ。

 すると今度はディエゴが倒れている床の下から無数の剣山が突き出してきた。

 気配を察知したディエゴはギリギリのところで地面を転がってこれをかわすが、避け切れずに腕と足の一部をえぐられた。


「いぎええっ!」


 そのすきを見逃さずに俺は急降下すると、ディエゴが手をかざす間もないほど素早くその体に組み付いた。


「捕らえたぜ! 猿野郎!」

「触るなっ! ノミ虫が!」


 ディエゴは俺を振りほどこうとするが、魔術師タイプのこいつの腕力は幸いにして強くない。

 俺は全身の力を込めてディエゴを組み伏せる。

 こうなればこっちのもの……そう思った俺は、ディエゴの目が静かに光ったのを見てハッとした。

 それは冷たく暗い殺気をたたえた底冷えするような目だった。


「下級種。おまえごときがその薄汚れた手でこの俺に触れていいと思ってんのか? いいわけねえだろ」


 そう言った途端とたん、ディエゴの目から奇妙な光が照射された。

 まずい! 

 反射的に俺は顔をそむけたが、ディエゴの目から照射された光が俺の右肩をえぐった。


「ぐうっ!」


 焼けつくような痛みが俺の右肩を襲い、鮮血がほとばしる。

 思わぬ攻撃を受けた俺の体がわずかに伸び上がったすきを見逃さず、ディエゴは俺の腹を蹴り飛ばした。

 俺はたまらずに後方へ転倒する。

 すぐに起き上がるが、肩をさいなむ激痛に俺は顔をしかめた。


「くそっ!」


 チラリと見ると、俺の右肩にはコイン大のあなが開いていた。

 それは肩の裏まで貫通している。

 ディエゴの奴が目から発した赤い光が俺の右肩を焼いて貫いたんだ。

 往々にして魔術師タイプの奴は接近戦を嫌うが、ディエゴは対抗策を持っていやがった。


 あの目から出る光は厄介やっかいだ。

 至近距離ではとても避けられない。

 くそっ!

 さっきは左肩を断絶凶刃コンティニュー・キャンセラーで刺され、今度は右肩かよ。

 頭にくるぜ。


「ケッ。こんなことだろうと思ったぜ」


 ディエゴはそう言いながら気だるげに起き上がる。


「この場所に俺たちを引き込むのがおまえらのねらいだったってわけだ。だが、こんなチンケなわなを発動させたくらいで俺たちを倒せると思うとは、浅はかな奴らだ」


 俺は貫かれた右肩を押さえながらディエゴをにらみ付けた。


「ケッ。鼻血たらしながらえらそうなことほざいてんじゃねえぞマヌケが」


 鼻だけじゃなく、先ほどの剣山によって傷つけられたディエゴの腕や足からも血がしたたり落ちている。

 だが、奴にとってそれは大したダメージじゃない。

 それよりもディエゴは俺に組み伏せられたことにひどく誇りを傷つけられたようで、怒りの形相ぎょうそうを俺に向けてその肩を小刻みに震わせている。


「下級種ふぜいが……下級種ごときが!」


 こいつは俺を相手に本気を出すことなど、これまで一度もなかった。

 さっきの目から出る光線などは、出し惜しみをしていたというよりも、格下の下級種相手に手札の全てを見せるという発想自体がないんだろう。

 だが、それを出したってことはディエゴの奴も余裕がなくなってきている証拠……ん?

 そこで俺は気が付いた。

 ディエゴの左足だけが足首近くまで床の中に沈んでいるのを。


「バレットさん! 足元!」

「くっ!」


 響き渡るティナの声に俺は反射的に飛び上がった。

 ディエゴの野郎は不正プログラムの力で俺の足元の床から、自分の足だけを出して俺の動きを止めるつもりだ。

 捕まってたまる……かっ?

 そこで俺は足首をまんまとつかまれてしまった。


 先手を打って飛び上がったはずだった。

 だが、床下から生えてきたディエゴの足は、まるでカメレオンの舌のように不自然に長く伸びて俺の足首を捕らえ、そのまま地面に引きずり下ろした。


「くっ!」


 猿の足だからつかむ力があるのは分かるが、あんなに長く伸ばせるとは……。

 くそっ!

 床に転げ落ちた俺が顔を上げると、一瞬で元の長さに戻ったディエゴの猿の足は、俺の足首をガッチリつかんだまま放そうとしない。


「もう逃げられねえぞ。バレット」


 そう言うとディエゴは俺が起き上がろうとするより早く両手をかざして過重力オーバー・グラヴィティーを発生させた。


「ぐうううううっ!」


 強烈な力で上から下へと押し潰されるように、俺の体に重力がかかる。

 ミシミシと音をたてているのは俺の骨か床石なのかは分からねえが、一度こうなっちまうともう脱出不可能だ。

 し、しくじったぜ。

 圧倒的な重力に捕らわれた俺は、その重圧に押しつぶされないよう踏ん張ることしか出来なくなっていた。

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