第25話 桃炎の誓い
この両腕から
『ごはあっ!』
反応が遅れたグリフィンは2つの手甲を胸に浴び、口から血を吐き出しながら後方へと吹っ飛ぶ。
ここだ!
ここで決めるんだ!
「うおおおっ!」
俺は全力でグリフィンに向かって突っ込んだ。
もうバーンナップ・ゲージは残り少ない。
時間経過による自然減分やこれから繰り出す技のことを考えれば、このタイミングが本当に最後のチャンスだった。
俺はもう後先を考えずに突っ込んだ。
『ぐっ! ナメるな!』
俺は走る速度を
避け切れずに体のあちこちを
勝てなきゃどうせ死ぬ。
命を燃やし尽くして
『捨て身の特攻か。
そう叫ぶグリフィンのわずか数メートル手前まで踏み込んだ俺は、一足飛びに奴に
だが自ら背後に倒れ込むような格好でグリフィンの姿は
不正プログラムによる瞬間移動だった。
次の瞬間、グリフィンの気配がすぐ背後に感じられ、奴が槍を拾い上げてそれで俺を背中から貫かんとするのを感じ取った。
くっ……避け切れねえ!
だが、鋭い金属音が響き渡り、グリフィンの槍は何かに
『なにっ?』
グリフィンの槍から俺を守ったのは、さっき奴に投げつけてブチ当てた俺の手甲・
砂浜の上に転がっていたはずのそれは自ら宙を舞い、俺とグリフィンの間に割って入って槍の一撃を食い止めたんだ。
俺は思い出した。
これがリジーの手によって手甲に変わる前に
そして
高い代価を払っただけのことはあって、リジーはこの
ヘッ……ここまで色々と
魔王ドレイクから学んだ意識の力の使い方。
かつて天使長イザベラが魔王ドレイクに
リジーが作った
そしてティナから受け取ったレッグ・カバーは俺の体に不正プログラムをも跳ね返す桃色の炎を
それら一つ一つが血肉となって俺をここまで引き上げたんだ。
そして俺と同じ桃色の炎をその身にまとったティナは言った。
自分が
小娘がデカイこと言いやがって。
桃炎の
「オラァッ!」
一瞬の
威力よりも速さを重視したコンパクトな蹴りだ。
『うぐっ!』
先ほど
今だ!
俺は大きく息を吸い込み、この一瞬に全てを賭けた。
「
俺は思い切り振り上げた右足を、ちぎれんばかりに力強く振り下ろした。
地面から桃色の火柱群が盛大に噴き上がる。
それを浴びてグリフィンの体が大きく跳ね上がった。
『ぐあっ!』
一世一代の
俺は空中のグリフィンに向けて燃え盛る
「
無数の
『くはあっ!』
俺は落ちてきたグリフィンに
俺の右手は炎を噴き上げた後に、熱した
そして俺はその拳でグリフィンの
「
『ごあああっ!』
最高の手ごたえと共に跳ね上がったグリフィンは口や鼻から炎を吹き出し、その体が空中で無防備な姿勢となった。
俺は地面を蹴って左右の羽をすぼめると体を
ドリルのように回転する俺の体中から桃色の炎が噴き上がり、火炎の竜巻と化した。
いつもは空中から撃ち下ろすこの技だが、今日は特別に下から上へと打ち上げ花火だ!
「
『ぐえあああああっ!』
燃え盛るドリルの切っ先と化した俺の
空中で体勢を立て直した俺は即座に残った魔力を両腕に桃色の炎として宿した。
バーンナップ・ゲージはいよいよ尽きようとしている。
まだだ……最後に、最後に最高の一撃を。
泣いても笑ってもこれで打ち止めだ!
「
俺の両腕に宿る桃色の炎が青く
そしてグリフィンに向けてそれを放つと、俺の両手に装備された手甲・
それは先ほどの
だが、先ほどとは違って蒼炎の
「かはっ……ごふっ!」
グリフィンは口から盛大に血を吐き出し、風穴の空いたその胸からも大量の血が噴き出した。
『馬鹿な……貴様ごときに……貴様ごときにこの私が……』
血走った目を大きく見開いてそう言うと、グリフィンはその場に大の字になってひっくり返った。
か……勝った……のか?
魔力を全開にして
バグで文字化けしていたグリフィンのライフゲージが元の表示を取り戻し、ゼロを指し示している。
「ハァ……ハァ……てめえの旅立つ先は未知の異世界じゃねえよ。あの世だ。クソ野郎」
ようやくの勝利を確信した俺はガックリとその場に
バーンナップ・ゲージが0となって
それから俺は大きく息をつくと背後を振り返った。
「
俺の視線の先ではティナが
もう何連続で
だがそれでも
そして惜しげもなく神聖魔法を使い続けたせいで、ティナのハーモニー・ゲージもいよいよ残りわずかとなっていた。
おいおい。
あいつ、やばいことになってるじゃねえか。
俺は
「ティナァァァァァ! 根性見せろぉぉぉぉぉぉ!」
手助けはしてやらねえ。
あいつは言ったんだ。
自分で始末をつけると。
俺があいつを
俺の声が聞こえたのか、ティナの奴は歯を食いしばると神聖魔法を放つのをやめた。
それでもティナは仁王立ちで液状の
そこには
何か考えがあるのか?
それを想像する間もなくティナは
ティナ。
どうするつもりなんだ。
まさか何も出来ずに終わるんじゃねえよな。
ジリジリとした
その時だった。
「
ティナの声が響き渡り、球状になっていた
そしてすぐにその亀裂から桃色の炎が噴き出し始めた。
その亀裂はどんどん数を増やし、そして桃炎が勢いを増していく。
それはまるで
やがて
「お、おお……」
俺は思わず感嘆の声を
輝く3つの輪を頭上に連ね、燃える両翼をはためかせたその姿から桃色の光が放射状に広がっていく。
その姿は……小娘とは思えないほど神々しかった。
NPC墓場で出会った天使長イザベラの姿も威厳に満ちていたが、今のティナの姿も天使長の名を冠するにふさわしい
そして、そんなティナの体から発せられる桃色の光は周辺に広がっていき、俺に見えているこの無機質で殺風景な世界は大きく様変わりしていった。
あるのは白い砂浜と
そして白波の打ち寄せる海辺の風景だった。
どの程度の範囲なのかは分からねえが、この目に見える限り、世界はあるべき元の姿を取り戻したと言えるだろう。
すげえ力だな。
そう思った俺は、ティナが空中で力なく仰向けになり落下していくのを見た。
ハーモニー・ゲージが尽きて
「時間切れか」
俺は羽を広げて海上を飛び、ティナの奴が海面に着水する前に受け止めた。
「よっと。おい。生きてるか?」
「い、生きてますよ。せっかく生き返ったのに、また死にたくないですからね」
ティナは疲れ切った顔で俺を見上げてそう言った。
その顔には色濃い疲労の色が
見習い天使の証たる、くすんだ色の輪が一つ。
見慣れたティナのいつもの姿だった。
「そっちのほうが似合ってるぜ。見習いの小娘」
「もう。せっかく頑張ったんですから、こんな時くらい
そう言ってむくれるティナを無視して俺は砂浜に着地すると、無造作にその頭をクシャクシャッと
ティナは少しくすぐったそうにしていたが、すぐに神妙な顔で俺を見上げる。
「バレットさん……私、あなたを
マーカスの姿をしたグリフィンに槍で突き刺されて、俺は奴の手に落ちた。
ティナの奴はその時のことを気に病んでいるんだろう。
確かにあの時は頭に来たぜ。
俺はティナを見下ろし、不安げに揺らぐその目をじっと
そしてその鼻をつまんでやった。
「ふあっ? な、何するんですか」
「ケルをぶっ飛ばし、上級種どもをぶっ飛ばし、そしてグリフィンをぶっ飛ばした。ムカつく奴は全員倒してやったじゃねえか。俺が何かを不満に思っていると思うか? ねえよ。小指の先ほどもな。気分は上々だ」
「バレットさん……イタッ!」
俺が指でティナの鼻をピシッと弾くと、ティナの奴は鼻を押さえて涙目になりながら、
「もう。痛いですってば。バレットさんは……意地悪です」
「そりゃ悪魔だからな。んなことより最後の仕事を片付けちまいな。おまえのやるべきことだろ」
そう言うと俺は前方の波打ち際に横たわるグリフィンの
グリフィンの奴は俺の桃炎の攻撃を浴び続けたことで、すでにほとんど正常化されている。
だがティナは口元を引き締めて
そして自分の任務を果たすべく、力を振るう。
「
ティナの持つ
その額に【戒】の文字が浮かび上がる。
そしてその体はゲームオーバーを迎えて光の粒子と化し、上空へと消えていった。
「あの野郎。どこかでコンティニューすんのか?」
「いえ。おそらく運営本部が対処するでしょう」
「ま、そりゃそうか。頭のお堅いお
俺とティナは光の粒子が消えていった空の彼方を見上げた。
上空からはどういうわけだか分からねえが、女悪魔のリジーがミシェルたち天使の集団を引き連れてこちらに降下してくる。
これから俺とティナにどんな結末が待っているのか、何となく想像がつく。
こんな異常な事件に関わったNPCが、その後も普通に暮らしていけるはずはねえ。
何らかの厳しい審判が下されるだろう。
だが、その時はその時だ。
またどうにかこうにか何とかするさ。
こうして俺がこの見習い天使の小娘に出会ってから巻き起こった一連の奇妙な出来事は幕を閉じた。
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*ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
次回、最終回となります。
最後までよろしくお願いいたします。
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