第12話 弾幕空中戦!

灼熱鴉バーン・クロウ!」


 風も波も消えた奇妙ななぎの様相を見せる海の上で、俺はグリフィンを相手に空中戦をいどんでいた。

 人虎一体の魔物と化したグリフィンは、人喰い虎チャンパワットの翼を悠然ゆうぜんとはためかせて宙をけ、俺に迫り来る。


 魔塵旋風ダスト・デビル

 それがグリフィンの放つ光のうずの名称だ。

 もともと天使だったくせに魔塵旋風ダスト・デビルとはな。

 まるで悪魔のように変わり果てた今のグリフィンの姿を象徴するかのようなネーミングだぜ。


 だが名称はともかく、その威力は一撃必殺級だ。

 一発でもまともに浴びたらライフの残量に関係なく俺の体は溶かされちまうだろう。

 直撃即死のプレッシャーが、断絶凶刃コンティニュー・キャンセラーのコンティニュー不可という呪いをこの身に抱えた俺を総毛立たせる。

 一方で俺の放つ灼熱鴉バーン・クロウはグリフィンを守る不正プログラムの壁にはばまれて、奴に1目盛りもダメージを与えることは出来ずにいた。


『どうした? 威勢いせいがいいのは口だけか?』


 ほとんどボソボソとつぶやくような声なのに妙に耳に響くグリフィンの言葉に俺はくちびるんだ。

 俺の必死の攻撃も奴にとっては無意味に等しい。

 だが、俺には俺の戦い方がある。

 好機がめぐってくるその時に備えて牙をませるんだ。


 俺は奴の周囲を回りながら、その背後に灼熱鴉バーン・クロウを撃ち込む。

 だが背中にも同じように不正プログラムの防壁が存在し、炎のからすはどうしてもグリフィンの体に届かない。

 グリフィンは顔色ひとつ変えずに魔塵旋風ダスト・デビルを放ち、俺はそれを避けて大きく右側に移動する。

 だがグリフィンは立て続けに凶悪な光のうずを放ち続けた。


 攻撃判定の広さから俺はそれを完全には避け切れず、その威力をわずかずつ浴びてしまい、徐々にライフがけずられていく。

 もう回復アイテムはからっケツだし、持っていたとしても回復する間も与えられないだろう。

 グリフィンは的確に俺を追い込んでくる。

 本当に嫌な野郎だぜ。


 だが、こっちだって手がないわけじゃない。

 灼熱鴉バーン・クロウを放つたびに、そしてグリフィンの魔塵旋風ダスト・デビルをかわしたりわずかに食らったりするごとに俺のバーンナップ・ゲージにエネルギーが蓄積ちくせきされていく。

 それはもうすぐ満タンを迎えようとしていた。

 

 このゲージは俺にしか見えない。

 グリフィンのきょを突くような攻撃をするためにもそのほうがいい。

 そうでなければ奴の不正プログラムをかいくぐって攻撃を仕掛けることは出来ないだろう。

 

『まったくムダな時間だ。貴様はこれで互角に戦えているつもりか?』


 そう言うとグリフィンは急に飛行速度を上げて俺に接近してくる。

 くっ……まだ速くなるのかよ。

 俺は全速力で飛翔して距離を取ろうとするが、グリフィンのほうが圧倒的に速い。

 だが俺は直線距離を飛ばずに反転と旋回せんかいを繰り返してグリフィンに的をしぼらせないようにする。


『フンッ。こざかしい』


 吐き捨てるようにそう言うとグリフィンは2本の槍を頭上にかかげた。

 するとその槍が光を帯びてかがやき出し、すぐに膨大ぼうだいな量の光を放出し始めたんだ。

 まるで槍そのものが燃え盛る炎の柱のようだ。

 一体何をするつもりだ?


 目を見張る俺の前方でその光は槍の刃の長さを超えて天を突くように上へ上へと伸びていく。

 それは上空に伸びた穂先が見えないほど長い光の槍と化した。

 その長さは何百メートルあるか分からない。

 

「何なんだ一体?」

『これぞ地を裂く天槍だ。その身をもって威力を知るがいい』


 驚く俺の頭上から光の槍が鋭く振り下ろされる。

 それはまるで天から下る裁断の刃のようだった。

 俺はそれを必死に避けるが、グリフィンは続けざまにもう一本の槍を横一閃に振るう。


「くっ!」


 俺はのける様にしてその一撃を回避するが、目一杯の動きでもギリギリ避けるのがやっとだ。

 何て攻撃だ。

 手持ちの武器による攻撃でありながら無限の射程を持つ射撃のようなそれは、完全に常識外れだった。


 俺にとって未知の攻撃だ。

 魔法や射撃とは異なる遠距離攻撃。

 しかもこれだけの長さの槍でありながら、その質量をまるで感じさせない槍さばきをグリフィンは見せる。

 あまりにも速く、あまりにも平然と。

 まるで巨人の振るう槍だ。


『自分が虫けらのように思えてくるだろう。そうだ。貴様は虫けらなんだよ。私の大いなる野望の炎に焼かれて無残に燃え尽きる虫けらなんだ』


 や、やばい。

 避けるのが精一杯だ。

 まったく攻撃に転じる余裕がねえ。

 このままじゃおどらされるだけおどらされて、疲れたところをぶった斬られちまう。


 奴の言う通り、俺は虫けらなのか?

 虫けらのようにつぶされて死ぬのを待つのか?

 冗談じゃねえぞ。


 俺が必死に体を動かしながら脳もフル回転させていたその時、俺の耳に例のゴォンという重低音の通知が鳴り響く。

 俺だけに聞こえるその音が響いた途端とたん、俺だけに見える視界の中に【紅蓮開花】の文字が表示される。

 来たか。

 一も二もなく俺はそのスイッチをオンにする。


紅蓮燃焼スカーレット・モード


 途端とたんに俺の体から色鮮やかな炎が噴き上がり、腹の底から込み上げる熱が全身の細胞を活性化させていく。

 下級種の限界値に達してそれ以上は伸びないはずの俺の全ステータスが、大きくその数値を伸ばした。

 あふれ出るような力を手にした俺は自分の五感がまされていくのを感じていた。

 視界はクリアーになり、耳は冴え渡る。

 そのせいかグリフィンが振り下ろし、ぎ払う槍が先ほどまでよりゆっくりと、そしてハッキリと見えるようになった。

 これならいける!


「見せてやるよ! 虫けらの根性をな」


 俺はすぐさま身をひるがすと、グリフィンの繰り出す槍を次々とくぐり抜けて飛び回り、グリフィンの背後に回り込みながら必殺の一撃を放った。


灼熱鴉バーン・クロウ!」


 紅蓮燃焼スカーレット・モードで威力が増大した炎のからすは、俺の体ほどもある大きさでグリフィンに襲いかかる。


『ムダだ。また妙な小細工こざいくをしたんだろうが、火力を上げたところで私には無意味だ』


 グリフィンの言葉通り、炎のからすは奴の体の手前に出現した不正プログラムの防壁にはばまれて消滅する。

 だが、視界がクリアーになっている俺はハッキリと見た。

 灼熱鴉バーン・クロウを浴びた瞬間に、不正プログラムの壁がわずかに揺らぎ、奴の髪の毛を揺らしたのを。

 もしかしたら……。


 直感を得た俺は再びグリフィンの槍をかいくぐりながら、間髪入れずに次の攻撃を放つ。

 紅蓮燃焼スカーレット・モードの状態でいられる時間は長くない。

 一気に行くぜ!


灼熱鴉バーン・クロウ……」


 灼熱鴉バーン・クロウを放つ瞬間、俺は強いイメージを頭の中に描き出す。

 そして意識の力を技に込めた。


乱舞スコール!」


 咄嗟とっさにそう叫んで俺が放った一撃は大きな炎のからすを生み出すが、すぐにそれは分裂して無数の小鴉こがらすの群れと化した。

 出来た……イメージ通りだ。

 ドレイクの奴にさんざん言われた意識の力がここに来て、頭に浮かんだ俺のアイデアを実現させるに至ったんだ。


 そしてその群れはグリフィンの頭上から雨あられと降り注ぐ弾幕の波状攻撃となる。

 もちろん数が多かろうとグリフィンは不正プログラムの防壁で、それらを余裕で防ぎ続けている。

 だが俺は構うことなくすぐに次の一撃を放つ。


灼熱鴉バーン・クロウ……」


 次のイメージは一点突破だ。

 可能な限り炎を凝縮させろ。


穿破ブレイク!」


 そう叫んだ俺は、自ら放った技の変質ぶりに目を見張った。

 俺の手から放たれたのは、いつもの赤い炎のかがやきを持つからすではなく、青い炎のからすだったんだ。

 青いかがやきを放つそのからすは通常の赤いからすはるかに超える速度で飛び、きりもみ上に回転しながら羽をすぼめてくちばしから弾丸のように突っ込んでいく。

 それは海鳥が水面に飛び込んで魚を獲る時の姿に似ていた。


 そして小鴉こがらすの突撃をしのぎ切った直後のグリフィンの防壁が揺らいだその瞬間に、蒼炎そうえんからすが突っ込んだ。

 するとそれはまんまと不正プログラムの防壁をすり抜けてグリフィンの体に直撃する。


『ぬうっ!』


 青い炎のからすはまるで意思を持っているかのようにグリフィンの首すじに食らいついた。

 グリフィンは思わず顔をゆがめ、持っていた光の槍でからすを払おうとするが、からすはしつこくグリフィンに食らい付いて簡単には離れようとしない。


忌々いまいましい!』


 グリフィンは怒りの声を上げて光の槍でからすを叩き斬った。

 さすがにからすは消滅したが、その爪痕つめあとをグリフィンにしっかりと刻みつけていた。

 奴の首元が赤くれ、そのライフが着実に減っている。

 これは効くぞ。

 奴の不正プログラムの防壁も完全じゃないってことだ。


 防壁それ自体は突破できなくても、先ほどの灼熱鴉・乱舞バーン・クロウ・スコールを受けて連続で防壁を発動させた時に、一瞬の空白状態が起きたんだろう。

 だからこそ灼熱鴉・穿破バーン・クロウ・ブレイクがその間隙かんげきをくぐり抜けることが出来たんだ。

 今こそ流れをこちらに引き寄せる絶好のチャンスだ。

 俺はたたみ掛けるように攻撃を続行する。


灼熱鴉・乱舞バーン・クロウ・スコール!」


 再び大きな炎の親鴉おやがらすが分裂し、無数の子鴉こがらすがグリフィンを襲う。

 だが、グリフィンとて二度も同じ手を食らうアホじゃない。

 奴は不正プログラムの発動をやめ、大きく迂回うかいするように宙を舞い、子鴉こがらすの群れを回避した。

 そして同時に魔塵旋風ダスト・デビルで俺をねらい撃つ。

 俺は奴同様に大きく旋回せんかいして光のうずをかわしつつ、連続して灼熱鴉・乱舞バーン・クロウ・スコールを放った。


 それは弾幕となってグリフィンを襲う。

 グリフィンはたくみに避けるものの、その体の大きさがあだとなって何羽かの子鴉こがらすを浴びた。


「チッ。鬱陶うっとうしい」


 俺はひたすらに子鴉こがらすどもの弾幕を張り続け、グリフィンに攻勢をかける。

 戦局は俺のペースで進んでいるが、時間の経過および灼熱鴉バーン・クロウの多用によってバーンナップ・ゲージはいちじるしく減少して残り半分を切った。

 もうあまり時間がない。

 意を決した俺はリスクを覚悟でグリフィンとの距離を詰めていく。


 当然、グリフィンは両手の光の槍と魔塵旋風ダスト・デビルで俺を撃墜げきついしにかかる。

 だが、紅蓮燃焼スカーレット・モードの状態を保つ俺はそれらをかわしながら次々と灼熱鴉・乱舞バーン・クロウ・スコールを放つ。

 そうすることでグリフィンは防御に意識をかざるを得なくなり、必然的に俺への攻撃の手はゆるむ。


 だが、もう一手足りない。

 子鴉こがらすによる攻撃で牽制けんせいし、グリフィンの攻撃を避けるところまでは出来ている。

 しかし実際に奴にダメージを負わせるもう一手が届かない。

 地上戦ならば海棲人マーマンにもらった炎足環ペレを使って奴への攻撃手札を増やせるんだが、空中ではそれは使えない。


「それなら……」


 俺はそこでひらめいたアイデアを即座に敢行した。

 炎足環ペレは使えない状況だが、同じく海棲人マーマンから受け取ったアイテムがある。

 俺は海竜のふえを口にくわえて思い切り吹いた。

 ブォォォォッという低い音が響き渡ると、瞬時にして海面から竜巻たつまきのように上空に巻き上げられた大量の海水が轟音ごうおんとともに降り注ぐ。

 

 それはグリフィンの体を直撃し、さらには俺をも巻き込んで海面に落ちる。

 俺たちは問答無用で海の中へと沈められた。

 だが、それを予期していなかったグリフィンと、事態を巻き起こした張本人である俺とでは、その後の初動に差が出た。

 沈み込んだ海中から浮き上がろうとするグリフィンに対して、俺はいち早く海中を泳いで接近する。

 そしてグリフィンのすぐそばで浮上して海面から海上へと飛び出した。


「ぷはっ!」

『貴様っ!』

「おせえっ!」


 襲いかかる俺に気付いて主人を守ろうとしたのか、人喰い虎チャンパワットが牙をいて俺に食らいつこうとした。

 だから俺はとらの口の中にねらいを定めたんだ。


灼熱鴉・穿破バーン・クロウ・ブレイク!」


 俺の手から放たれた青い炎のからすが猛スピードで人喰い虎チャンパワットの口の中に飛び込んだ。

 途端とたん人喰い虎チャンパワットは口から炎と煙を吐き出してもだえ苦しむ。


『ゴフッ……グガッゴアアアアアッ!』

『くっ! おのれっ!』


 とらが暴れりゃ当然グリフィンの奴も体勢を保てなくなる。

 ざまあみやがれ。

 そんな体に自分を改造した報いだぜ。

 

灼熱鴉・乱舞バーン・クロウ・スコール!」


 俺は至近距離から子鴉こがらすの弾幕を放出した。

 それはグリフィンの体に群がっていく。

 とらを制御できない状態のため、グリフィンは回避をあきらめて即座に不正プログラムの防壁を発動し、防御態勢を取る。

 当然それにはばまれた子鴉こがらすどもは空間の揺らぎの中に吸い込まれて消えていくが、この至近距離で俺は目の当たりにした。

 奴の防壁が細かく点滅を繰り返すのを。

 今だ!

 

すきありなんだよ! 灼熱鴉・穿破バーン・クロウ・ブレイク!」

『ぐっ……はあっ!』


 渾身こんしんの魔力を込めて放った俺の一撃は青い炎のからすとなってグリフィンの胸に直撃した。

 そして人虎一体のグリフィンの巨体を後方に大きく吹き飛ばし、奴はフーシェ島の砂浜に叩きつけられたんだ。

 そこで俺のバーンナップ・ゲージが底をつき、紅蓮燃焼スカーレット・モードが解除された。

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