第10話 別れの日
「この調査隊を預かるマーカスと申します。悪魔バレット殿。この度は我が同胞ティナをお守り下さり感謝いたします」
マーカスと名乗る天使の男は堅苦しい口調でそう言う間も、油断なく俺の挙動を
水平線から顔を出した朝日に
そのうちマーカスという長い黒髪の男だけが、頭の上に光の輪を二重に浮かべる上級天使だった。
マーカスの後ろに一列で控えているその他は全員、下級天使だ。
「別に守ったつもりはねえよ。もう事情は知っているんだろうが、ティナにいなくなられると俺が困るんでな。とにかく堅苦しい
そう言う俺にマーカスは
俺の
「初めてお目にかかります。マーカス隊長。見習いのティナと申します。本日はご足労いただきまして、ありがとうございます」
「うむ。任務の遂行、ご苦労だった。容疑者ディエゴの正常化、誠に大義であった」
どうやらこいつらは初対面らしいな。
その後、ティナは何人かの下級天使と親しげに
中でも10人のうち唯一の女天使とは互いに抱き合い、再会を喜んでいた。
あの女天使がティナの言っていたミシェルとかいう先輩だな。
そんな天使どもを
「バレット殿。ティナよりお聞き及びかと存じますが、確かに首輪解除プログラムを持参いたしました。これを今からティナにインストールいたしますので、その後、彼女の施術を受ければ首輪の解除は完了です。ご面倒おかけいたしました」
「まったくだ。てめえらの事情に巻き込まれて散々だったぜ。けどまあ、あの見習いの小娘は未熟なりによくやっていたんじゃねえか。これからはせめて護衛くらいつけてやることだな」
俺の言葉にマーカスはわずかに
「意外ですね。悪魔の貴殿からそのような言葉をいただくとは。ティナも徳を積んだということですね」
そう言うとマーカスはティナを呼び寄せる。
「ティナ。ではバレット殿の首輪解除プログラムをインストールしますよ」
「は、はい。よろしくお願いいたします」
ティナは緊張の
そんなティナの頭上の輪にマーカスは手を触れた。
するとプログラムのインストールが開始される。
その間、マーカスはふと顔を上げて俺を見た。
「バレット殿。ティナより聞きましたが、
マーカスは落ち着いた口調でそう言い、俺はそんな奴をじっと
「……首輪解除にはそれが条件とか寒い寝言を言うんじゃあるまいな」
「まさか。それはそれです。首輪解除は今すぐ無条件で行います。同胞の恩人であるあなたを無下にするような非礼はいたしません。ただ、もしご協力いただけるのであれば、もちろんそれに見合う報酬は用意させていただきます」
フンッ。
ま、連中が俺から多くを聞きたいというのは当然だろう。
ここ数日、俺は不正プログラムばかりを目の当たりにしてきたからな。
第三者の目から見た事件の詳細を
俺以上にうってつけの人物はいないはずだ。
だが、俺にその気はなかった。
「断る。報酬の問題じゃねえ。俺はこれ以上このクソッたれな案件に関わる気はねえ。それが俺の望みだ」
そんな俺を見てマーカスは少し残念そうに
「そうですか。残念ですが仕方ありません。バレット殿は巻き込まれた被害者ですから、そう思われるのも当然でしょう。余計なことを申しました。忘れて下さい」
存外にあっさり引き下がったな。
ま、物分かりが良くて助かるが。
マーカスはそれ以上気にしたふうもなくティナへのインストール作業を終わらせた。
「さて、インストール完了です。ティナ。立ちなさい」
「はい。ありがとうございました」
そう言うとティナは立ち上がり、俺の前に歩み出て
「大変長らくお待たせいたしました。バレットさん。今から首輪を解除します」
それからティナがブツブツと何事か唱え、
ふぅ。
やれやれ。
ようやく首がスッキリする。
この数日間、マジで
俺はこの首輪をハメられてからの
色々あったがこれで……ん?
「ガッ……」
俺は突然、首輪が猛烈な勢いで俺の首に食い込むのを感じ、息を詰まらせた。
な、何だこりゃ……。
首輪は
ど、どうなっていやがる?
「バ、バレットさん?」
俺の異変に気付いたティナは、両目を見開き
「マ、マーカス隊長? これは一体どういうことですか?」
動揺して声を震わせるティナとは対照的にマーカスは
「容疑者バレットを拘束する」
よ、容疑者だと?
どういうことだ。
俺は怒りのままに目の前のマーカスをぶっ飛ばそうとしたが、首輪の力が働き、全身の力が抜けていく。
そして体中を激しい痛みに
「容疑者とはどういうことですか!」
ティナがそう言って食ってかかるが、マーカスは
ふいに首の後ろがズキンと痛む。
今朝から時折、原因不明の痛みが出ていた
だが、痛みは今朝とは比べ物にならないほど強い。
「見ての通りだ」
マーカスの言葉に俺を見たティナの目が大きく見開かれる。
その目には信じられないものを見たといったような
な、何だ?
「そ、そんな。バレットさん……どうして?」
震える声でそう言うティナを前に、俺は視線を下げて自分の体を見た。
なっ……。
俺は思わず息をするのも忘れて自分の体に起きた異変を食い入るように見つめた。
俺の胸が、腹が、腕が、足が、指先までもが……バグで揺らいでいる。
こ、これは……不正プログラムだ。
ここ数日ですっかり見慣れたはずのそのバグが、自分自身の体に起きていることを信じられず俺は
こんな馬鹿なことがあってたまるか。
「悪魔バレットは不正プログラム所持の疑いがある。拘束しろ!」
マーカスの声が冷たく響き渡り、驚いていた天使たちが弾かれたように動き出す。
「ま、待って下さい!」
ティナは金切り声を上げると、俺を拘束するための
「これは何かの間違いです! バレットさんが不正プログラムを持つはずがないんです! 私、ずっと一緒にいたから分かってるんです!」
天使たちの後方ではミシェルとかいうティナの先輩の女天使がオロオロしながらマーカスに進言している。
「た、隊長。まずはティナの話を聞いてから……」
「話は後でも聞ける。まずはバレットを拘束してからだ」
そう突っぱねるとマーカスはティナの前に歩み寄る。
そんなマーカスに突っかかるようにティナは言い
「マーカス隊長。先ほどインストールして下さったのは首輪解除のプログラムではないのですか? これは一体どういうことか説明して下さい」
「上級職の私が見習いのそなたに作戦の
「作戦? は、初めからバレットさんを捕らえるつもりだったのですか? 同胞である私を
あくまでも冷然とマーカスは告げた。
「ティナ。今、そなたの目は曇っている。相手が悪魔とはいえ苦楽を共にしてきた者に肩入れする気持ちは理解するが、その男は確実に不正プログラムに
「ついさっきまでバレットさんには何の異常もなかったんです。一番近くで見ていた私がそれを見逃すはずは……」
「それは単にバレットの体内の不正プログラムが
「で、ですが……」
「黙りなさい。ティナ。天使長さまのお
「そ、それは……」
ティナは動揺に肩を震わせている。
クソッ!
こいつらぁ。
俺が動けないのをいいことに好き勝手やりやがって。
一体俺の体はどうなっちまったんだ。
ケルやディエゴとやり合った時に感染しちまったのか?
それとも
それはまったく分からなかったが、今朝から体調がイマイチだったのは確かだ。
その時、マーカスがティナに対して何事かを
その言葉の意味は分からなかったが、その響きは以前に聞いたことがある。
だいぶ以前に天使どもと争った際、奴らが仲間同士で話していたのを。
あれはおそらく天使の使う
そのマーカスの言葉を聞いた
そしてその動きが止まる。
ティナの様子が明らかに変わった。
ティナはギュッと
その顔は悲壮感で青ざめ、縮こまった両肩は小刻みに震えている。
こいつ、マーカスに一体何を吹き込まれやがった?
「バレットさん……私、あなたを正常化しなければなりません」
ティナはか細い声でそう言った。
俺はその言葉には驚かなかった。
俺がもし本当に不正プログラムに体を
だが、だからと言ってそれを
正常化された後、俺はどうなる?
ディエゴやケルのように運営本部の独房にブチ込まれるのか?
そして体中を調べ回され、不具合を修正され、記憶を消された上でリリースされるか。
あるいはもう処置の
いずれにしても自分の命運を他人に100%
まったくもって気に食わねえ。
俺は動けず声も発せない状況下でティナを
ティナは俺の視線を受けて顔を悲しげに
「バレットさん……。これは私の使命なのです。不正は正さなければいけないんです。わ、私を
涙目でそう言うとティナは
いつしか耳に
俺は自分の身に何が起きているのか即座に理解した。
おそらくディエゴやケル同様に、
そんな俺を見てティナは目に涙を浮かべた。
「バレットさん。すみません。でも……あなたを守りたいんです」
守りたい?
何から守るってんだ。
そこでティナの後方から俺に歩み寄ってきたマーカスの手には、真っ白な塗装が
「悪魔バレット。今より貴様を浄化する。不正は正さねばならん」
その言葉を言い終わらないうちにマーカスの持つ槍が、動けない俺の胸を一撃で貫いた。
ガッ……クハッ。
それは正確に俺の心臓を貫く一撃で、耐え難い苦痛が俺の全身を震わせた。
俺のライフゲージから見る見るうちにライフが減っていく。
ほどなくして……俺のライフは尽きた。
本来ならゲームオーバーになるはずの俺の視界が赤く染まる。
【Critical Error:You cannot continue.】
「バレットさん……ご、ごめ……んなさい」
俺が最後に見たのは、
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