第7話 クリティカル・ヒット

「オラオラオラァッ!」


 拳と蹴りの連続技コンボで俺はグリフィンを攻め立てる。

 最初に拳の一撃を思い切り横面よこづらに食らわせてやったおかげで、グリフィンの奴は態勢をくずした。

 こうなれば俺のペースだ。

 そう思って攻撃を続ける俺だが、攻撃がヒットしたのは4発目までだった。

 4発目を浴びせた後、続く5発目を防御したグリフィンが強引に俺に体当たりを浴びせてきやがったんだ。

 

「くっ!」


 ガード・キャンセルか。

 敵の攻撃を防いだと同時に反撃の一撃を加える高度な技術だった。

 俺は後方に飛ばされて着地するが、当然のようにグリフィンは追撃を放ってくる。

 奴が突き出した槍の一撃を避け切れず、その穂先が俺の左肩をかすめた。


「ぐうっ!」


 皮膚ひふが切り裂かれる痛みが走るが、何とか大ダメージは避けられた。

 それにしてもこいつ……ダメージ硬直が解ける時間が異様に早い。

 相手の攻撃を受けたり防御した際、そのキャラクターにはコンマ何秒程度の硬直時間が発生する。

 それはほんの一瞬のことだが、その間は何も出来なくなるんだ。

 だから俺の連続技コンボは相手に決まり出せば7発8発は当たり前に決まる。

 だが、グリフィンにはそんな俺の常識が通用しない。

 

「調子に乗るなよ? 元より貴様のような下級悪魔に負ける肉体ではない」


 グリフィンはなぐられたダメージを感じさせない様子でそう言った。

 個体差こそあれ、上級天使は悪魔の上級種と同等の力が備わっている。

 なおかつ首輪によって攻撃力がいまだに半減されている俺の力では、大きなダメージは与えられない。

 だが、そんなことは俺も承知の上だ。


 それでもグリフィンのくちびるには血がにじんでいる。

 奴の横面よこつらに浴びせた最初の一発は俺も確かな手ごたえを感じていて、それが示す様に奴に一定のダメージを与えていた。

 クリティカル・ヒット。

 最高のタイミングで最高の一撃を放った時に、こちらの攻撃力と相手の防御力の差を超えて大きなダメージが発生することがある。


 さっきの一撃はまさにそれだった。

 以前の俺にはほとんど出来なかったことだ。

 永劫えいごうの死であるはずのコンティニュー不可状態からよみがえった俺の体には明らかな変化が起き始めていた。

 あのNPC墓場はかばでの苦労が俺を変えたのかもしれない。

 意識の力を強く体に浸透しんとうさせる未知の感覚を俺はあそこで得たんだ。


 何にせよ、こういう一撃を的確に浴びせられれば、格上の上級天使相手でも俺の勝機はゼロではない。

 もちろん滅多やたらに出来る攻撃ではないが、それでも俺はやるしかない。

 グリフィンの後方で息もせずに眠る見習いの小娘を叩き起こしてやると俺は決めたんだ。

 だが、それは決して簡単なことではないことも分かっている。


 グリフィンの攻撃は速く、重い。

 致命傷を受けないように、こちらも回避行動に重点を置かざるを得なくなる。

 だが、そうすると攻撃に移るのがどうしてもワンフレーム遅れちまうんだ。

 それではあいつにクリティカル・ヒットを食らわせることは出来ない。


 さっきみたいにあいつの裏をかくような仕掛けが出来ればいいんだが、同じ手は二度も通用しないだろう。

 とにかく奴にやりにくいと思わせる方法を……。

 そこで俺はグリフィンの肩越しに見える水平線に注目した。

 潮の香りが俺にある出来事を思い起こさせた。

 瞬間的にひらめいた俺はすぐに海竜のふえを取り出して、それを口にくわえる。


 グリフィンの奴が怪訝けげんな表情を浮かべるのにも構わず、俺はふえを吹いた。

 例によって目の前に水流が現れて床の上にあふれ出す。

 すぐさま俺は空中へ浮かび上がり、水の流れに飲み込まれるのを回避した。


「チッ!」


 グリフィンは背後に横たわるティナの亡骸なきがら咄嗟とっさかつぎ上げて宙へ舞い上がる。

 そして奴は角柱の水鏡みずかがみから突き出している配管の出っ張りにティナの法衣の襟首えりくびを引っかけ、ティナの亡骸なきがらを固定した。

 そんな俺たちの眼下で水流は床を流れて塔の外へと流れ落ち、後に残ったのは海水で水浸みずびたしになった床だけだった。


「しょせんは下級悪魔の浅知恵だな。水流でティナを塔の外に押し流して回収しようと思ったか。こざかしいにもほどがある」


 侮蔑ぶべつの視線を投げ掛けて俺にそう言うグリフィンを無視して、俺は水浸みずびたしの床に降り立った。

 そしてグリフィンを見上げて右手を差し出し、手招きをする。


「来いよ。続きをやろうぜ」


 そう言う俺にグリフィンは顔を冷たい怒りに染め、長槍を手に急降下してきた。


「身の程知らずが!」


 頭上から突き出される長槍を前に、俺は海棲人マーマン首領キャプテンとの果たし合いを思い返した。

 そして水ですべる床の上をスルスルと動き始める。

 流れる水のような動きで俺はグリフィンの一撃をかわし、そこからさらに弧を描くように動いてグリフィンの背後を取った。


灼熱鴉バーン・クロウ!」


 俺がグリフィンの背中に向けて放った灼熱鴉バーン・クロウは、即座に振り返ったグリフィンの水鏡みずかがみたてに吸い込まれて消える。

 そこで俺は炎足環ペレに魔力を込めて床を踏んだ。


噴熱間欠泉ヒート・ガイザー!」


 するとグリフィンの足元の床をらしている海水が熱せられて蒸発し、グリフィンの眼前に水蒸気が朦々もうもうと立ち込める。


「ぬうっ!」


 そのすきねらって俺はグリフィンの真正面から突撃した。


「こざかしい!」


 グリフィンは濛々もうもうたる蒸気の合間をぬって長槍を突き出してくるが、俺はれた床をスライディングですべりながらそれをかわす。

 そしてそのままグリフィンの足元まですべり寄って、蹴りでグリフィンの足を払った。


「オラァッ!」

「くっ!」


 グリフィンは足をられて仰向けに倒れ込むが、瞬時に跳ね起きた。

 だが俺はそこをねらって超至近距離から自慢の飛び道具を放つ。


灼熱鴉バーン・クロウ!」


 グリフィンは水鏡みずかがみたてかかげるひまもなく、灼熱鴉バーン・クロウはその胸元に直撃する。


「ぐうっ!」


 グリフィンは苦痛の声をらすが、もちろんこの一発程度で奴に大きなダメージを与えられるわけじゃない。

 上級天使の実力を誇るグリフィンはこれに耐えて、槍を下から振り上げた。

 俺は後方に身をのけぞらせ、鼻先をかすめそうになるその穂先をギリギリで避けて、そこから再び水流の動きを見せる。


「バレット。そんな程度で優位に立てるつもりか? 片腹痛い」


 そう言うとグリフィンは槍を構えたまま微動だにせずに俺の動きを目で追う。

 だが俺は経験上、分かっていた。

 海棲人マーマン首領キャプテンが見せたこの動きは、目で追ってもとらえきれない。

 グリフィンがそのことに気付く前に一気にケリをつけたい。


 俺は動き続けた。

 水面みなもに揺れる木の葉のように不規則に。

 そして灼熱鴉バーン・クロウ炎足環ペレを駆使して中長距離から牽制けんせい攻撃を続け、グリフィンがすきを見せるのを待つ。

 グリフィンは槍を構えたまま俺を貫ける最高のポイントを探る様に俺を目で追い続けていた。

 長く続ければ動き続けているこちらの方が先にバテちまう。

  

 そう思った俺は早めの仕掛けを試みる。

 動き続けながら海竜のふえを再び取り出して、口にくわえようとしたんだ。

 するとその動きを嫌ったのかグリフィンが水鏡みずかがみたてをわずかに揺らした。

 途端とたんに光線が俺を襲う。

 

「うおっ!」


 れた床を不規則に動いていた俺は、光線に足元の床を撃たれて思わず体勢をくずした。

 それを見逃すグリフィンじゃない。

 奴は力強く足を踏み出すと、渾身こんしんの力を込めた長槍の一撃を突き出してきた。

 それは正確に俺の心臓をねらう。

 ……来た。


 俺にとってそれは命をした勝負手だった。

 すきを見せれば奴は必ず食いついてくる。

 そこに俺は勝機をけたんだ。

 虎穴こけつに入らずんば虎児こじを得ずというが、一歩間違えれば即死の危険を俺はおかした。


「ぐっ……」


 突き出された槍が俺の胴着の脇をかすめる。

 それは俺の皮膚ひふのみならず、肉までも到達する一撃だ。

 俺は激痛に顔をゆがめた。

 あと数センチ深く入っていれば、肋骨ろっこつをへし折られ、肺をも傷つけられる重傷だったろう。

 

 グリフィンは俺を仕留め損ねたことを感じ取り、即座に長槍を引いた。

 だが俺はグリフィンが高速で突き出した長槍を引き戻そうとする前に、瞬間的に槍のを右手でつかんだ。

 意識の力を最大出力で体に伝達していなければ出来ない芸当だ。

 そしてそのまま足を踏ん張ることなく身を任せ、俺は槍ともどもグリフィンの元へ戻る。


「なっ……」


 これに瞠目どうもくしたグリフィンはたてを構えようとしたが、俺の方が反応が早かった。

 俺は左足で水鏡みずかがみたてを横に払うように蹴り飛ばす。

 そしてそのまま勢いに任せてグリフィンのあごに左ひじをヒットさせた。


「くはっ!」


 相手の勢いを利用したカウンター・アタックが功を奏し、グリフィンはダメージを受けて後方にのける。

 俺はそのまま再び連続技コンボを決めていく。

 腹部への右手中段突きから左ひじあごを跳ね上げ、そのまま振り上げた左の裏拳でグリフィンの鼻っ面を撃つ。


 これで4連撃。

 ここでグリフィンのダメージ硬直が解ける。

 やはり早い。

 だが俺はえてもう一歩踏み込んでグリフィンとの距離をほぼゼロにする。


 この距離なら長槍は役にたたない。

 グリフィンは右手のたてで俺の側頭部をなぐり付けようとする。

 だが、俺はそれを見越して両手で防御すると同時にガード・キャンセルを発動させた。


「オッラァァッ!」

 

 予想外にうまくいった。

 右のひざでグリフィンの腹を突き上げると、俺はそのまま頭突きで奴の胸を打つ。

 そうして奴がのけったところで俺は右足に魔力を込めた。

 ここだ!


魔刃脚デビル・ブレード!」


 鋭利な刃と化した俺のすねがグリフィンの首に吸い込まれていく。

 だが……唐突にグリフィンの首が蜃気楼しんきろうのごとく揺らぎ、魔刃脚デビル・ブレードは手ごたえなくスカッとその中を通り、反対側に空振りしてしまった。


「なっ……」


 不正プログラムだ。

 この土壇場どたんばで奴はお得意の不正プログラムを発動させて自分の首を守ったんだ。

 渾身こんしんの一撃が決まらずに体勢をくずして背中を見せた俺の背後から、グリフィンがつかみかかってきた。

 奴は俺を強烈な力で羽交はがめにする。


「ぐっ……」

「惜しかったなバレット。最後のはいい一撃だった。食らえばクリティカル・ヒット間違いなしで、私の首は切り裂かれていただろう」

「て、てめえ……。小細工こざいく無しで実力を見せると言っておきながら、そのザマかよ」


 卑怯ひきょうだなどと言うつもりは毛頭ない。

 殺し合いに仁義など求めるほうがどうかしている。

 だが、切り裂かれた右の脇腹の痛みが俺を苛立いらだたせた。

 肉を斬らせて骨を断つ決死の攻撃で奴を仕留められなかったのは、結局のところ俺の甘さだった。

 奴が不正プログラムを使うことを今知ったばかりでもあるまいに。

 くそったれ。


「そうだな。私に不正プログラムを使わせた貴様の腕前は称賛に値する。だが、そろそろお遊びは終わりにしよう。再びこの世から退場する時間だ。バレット」


 そう言うとグリフィンは力を込めて俺を締め上げる。

 強烈な力で羽交はがめにされた俺の両肩の骨が今にも砕けそうになる。

 俺は懸命に暴れてそこから抜け出そうとするが、腕力半減の今の俺では力比べにもならない。


「ぬああああああああっ!」


 苦痛に声を上げる俺だが、このままやられっ放しではいられねえ。

 体中の魔力を最大放出し、焔雷えんらいほとばしらせる。

 俺の体から炎と雷がき上がる。

 だがグリフィンはそれをものともしない。


「ヌルい! そんな程度では……」


 その瞬間だった。

 俺の体を包み込む炎と雷が爆発的にその威力いりょくを増し、爆発音をとどろかせた。

 俺の体は衝撃でグリフィンの手から弾かれて宙を舞い、床に転げ落ちる。


「ぬぅっ!」

「うげっ!」


 目をしばたかせて起き上がった俺は自分の異変にすぐに気が付いた。

 俺のライフゲージの下に、見たことのない新たなゲージが出現している。


【Burn up gauge】


 そこにはそう示されていた。


「……何だこりゃ?」

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