第9話 紅蓮開花

【HARMONY】


 俺の視界に映るコマンド・ウインドウには確かにそう表示されていた。

 そのウインドウはほとんど1秒にも満たない間に閉じたため、グリフィンは気付いていない。

 HARMONY?

 調和って意味か。

 NPC墓場はかばで会った時、イザベラは言っていた。

 HARMというパスワードは完成形じゃないと。

 パスワードには続きがあったんだ。


 HARM(危害)から……HARMONY(調和)か。

 イメージが正反対の言葉が真のパスワードとはな。

 今この時にこのパスワードが俺に託されたってのは何か意味があるんだろう。


「なるほど。その足に巻いている布か」


 桃色にかがやなわによって俺とティナがつながっていることに気が付いたグリフィンが、俺の足に巻かれたレッグ・カバーに手を伸ばす。

 俺は必死に身悶みもだえしながら抵抗を試みるが、体にまとわりつく無数の手は俺をガッチリとロックして放さない。


「このレッグ・カバーにティナの防御プログラムを解くかぎが……」


 奴がそう言ったその時、俺のライフゲージの下に表示されているバーンナップ・ゲージが満タンを告げる通達音がゴォンと重いかねの音となって俺の頭の中に一度響いた。

 グリフィンの攻撃で痛めつけられている間も、このゲージは徐々に蓄積ちくせきされ続け、ついに満タンを迎えたんだ。

 途端とたんに俺の視界にコマンド・ウインドウが表れる。


紅蓮ぐれん開花】


 そう表示されたそれは稼働スイッチのようだ。

 それが何であるのかは分からんが、今この状況より悪くなることはねえ。

 俺は是非ぜひもなくその稼働スイッチをオンにした。


紅蓮燃焼スカーレット・モード。発動】


 その表示が記された途端、俺は腹の底から込み上げてくる猛烈な熱を感じた。

 途端に体中から紅蓮ぐれんの炎が噴き出してくる。

 それはいつもの俺の炎より数段明るいかがやきを放つ色鮮やかな炎だった。


「なにっ?」


 俺のレッグ・カバーをぎ取ろうとしていたグリフィンは即座に顔を上げる。

 その体から無数に生えている手はまだ俺の体をつかんでいたが、それらの手は俺の炎に包まれて力を失っていく。

 俺は体のそこかしこをつかんでいるグリフィンの手の力が弱まったのを感じ取り、一気にそれらを振りほどいた。

 異変を感じたグリフィンは後方に飛び退すさって俺と距離を取ろうとしたが、俺は咄嗟とっさに奴の足の甲を踏んでそれを阻止する。


「させねえよ」

「ぬうっ!」


 そして体勢をくずした奴の顔に向けて超至近距離から自慢の一撃を放つ。


灼熱鴉バーン・クロウ!」


 それは今までの灼熱鴉バーン・クロウとはけた違いで、俺の体と同じくらいの巨大な炎のからすがグリフィンの上半身を焼いた。

 グリフィンはさすがに苦痛の声を上げて顔をゆがめる。


「ぐがっ!」


 どういうことだ?

 灼熱鴉バーン・クロウの威力がいつもの数倍は増している。

 そして俺が一発放ったことで、バーンナップ・ゲージの目盛りが減る。

 いや、それだけじゃない。

 目盛りは時間とともにジリジリと少しずつ減っていた。


 そうか。

 紅蓮燃焼スカーレット・モードは時限性の能力飛躍システムなのかもしれねえ。

 おそらく目盛りが尽きるまでの一定時間、俺の能力が大きく跳ね上がるんだ。

 ということは今が一気に攻勢に出る最大のチャンスだ。


 灼熱鴉バーン・クロウを浴びたグリフィンの体から無数に生えていた手は、炎に焼かれて次々と炭化し、ボロボロとくずれていく。

 しょせんはまがい物の手だな。


「おのれっ!」


 怒りにえるグリフィンは自分の腰帯から一本の小刀を抜いて鋭く横一閃になぎ払う。

 だが紅蓮ぐれんモードで感覚が鋭敏になっている俺は跳躍して小刀を回避すると、そのまま炎足環ペレに魔力を込めて足でグリフィンの右肩を踏んだ。


噴熱間欠泉ヒート・ガイザー!」


 すると奴の左肩から火柱が噴き上がり、たまらずにグリフィンはよろめく。


「ぐぅぅ……」


 その間に着地した俺は全ての魔力を右手の拳に込めた。

 すると俺の右拳は急速に熱せられ、熱した金属のように赤く煌々こうこうかがやきを放つ超高熱のかたまりと化す。

 この技も紅蓮燃焼スカーレット・モードで進化している。

 いける!

 俺はその右拳をグリフィンのアゴ目掛けて思い切り突き上げた。


噴殺炎獄拳ヴォルカニック・ブラスト!」

「ナメるな!」


 だがグリフィンはすばやく身を引いて俺の拳をギリギリのところでかわした。


「貴様ごときに……」

「俺の拳は2つあるんだよ」


 そう言うと俺は左の拳をグリフィンのどてっ腹にまっすぐ打ち込んだ。


噴殺ふんさつ!」


 俺がそう叫ぶと右手に宿っていた赤い高熱の光が瞬時に左手の拳に移動した。

 そうなるべく俺が強く意識した結果、出来た芸当だった。

 グリフィンの腹部にめり込む拳が真っ赤にかがやく。


「ごふっ……ごあああああっ!」


 俺の拳から伝わる高熱がグリフィンの全身に浸透しんとうしていき、奴の口や鼻から炎が噴き出す。

 その体全体が紅蓮ぐれんの炎に包まれていく。

 クリティカル・ヒットだった。

 グリフィンのライフがゼロとなり、奴は燃え盛るむくろと化して床に倒れ落ちた。

 ちょうどそこで俺のバーンナップ・ゲージがからになり紅蓮燃焼スカーレット・モードが終了した。

 俺の体中から放出される熱が蒸気となって噴き上がる。


「ざまあみやがれ」


 倒れて動かなくなったグリフィンを見下ろして俺は吐き捨てるようにそう言ったが、これで勝ったとは思っていない。

 奴は不正プログラムを自在に操る。

 どんな形であるかは分からねえが、必ず復活してくるだろう。

 ティナの修復術でもない限り、奴の息の根を完全に止めることは出来ねえはずだ。


 だが、一時的にせよこれで時間的余裕が生まれる。

 このすきにティナを……そう思ったその時だった。


「うおっ!」


 後方から強烈な突風が吹き付けてきて、俺は思わずよろめいた。

 振り返ると俺が今立っているこの塔の外側に巨大な怪物の姿が見えた。

 翼をはためかせながら空中に浮かんでいるそれは、見たこともないほど巨大な鳥……いや、翼竜だった。


「何だアイツは……」


 翼竜自体は一度だけ見たことがある。

 巨大な飛竜の周りをコバンザメのようにくっついて飛び回る奴らで、その大きさはせいぜい翼を広げても1メートルそこそこだったと思う。

 だが、今俺の目の前にいるのは、姿こそ翼竜だったがその大きさは通常の10倍以上にもなる超巨大サイズの翼竜だった。

 翼を広げるその姿は間違いなく10メートル以上はあるだろう。


 そして翼竜は一匹だけじゃない。

 塔の周囲にはそんな奴らがいつの間にか数匹群がってきている。

 さらに俺が着目したのは、そいつらの異常なサイズだけじゃない。

 その体が一様にバグで揺らいでいる点だ。


「こいつら……」


 様子のおかしい翼竜どもがバタバタと翼をはためかせるその風圧に飛ばされないように姿勢を低めながら俺はティナの元へ向かう。

 今のうちにティナを回収しておかねえと。

 だが吹き荒れる突風にあおられ、ティナは固定されていた配管から外れて宙を舞う。


「なっ……ティナ!」


 ティナの華奢きゃしゃな体は軽々と強風に飛ばされて塔の外へと投げ出された。

 くそっ!

 燃え続けたまま息絶えているグリフィンを置き去りにして、俺は駆け出した。

 出来る限り低い姿勢で風の抵抗を避けながら床を蹴って走る。


 そして翼竜どもがギャアギャアとわめきたてるのを無視してティナの後を追うべく塔のはしからダイブした。

 塔の外へと飛び出したティナの体は、砂浜へ真っ逆さまに落ちていく。

 間に合わねえ!

 だがティナが砂浜に叩きつけられる前に、先ほどの巨大な翼竜がその脚でティナの体をつかみ取った。

 翼竜はそのままティナの亡骸なきがら何処いずこかへと運び去ろうとする。


「待ちやがれ!」


 俺は海風に逆らいながら羽をはばたかせて翼竜を追う。

 だがその翼竜を追っているのは俺だけじゃなかった。

 複数いた他の翼竜どももその翼竜を追い、ティナを奪おうと争っている。

 まるでえさの奪い合いだ。


 その時になって俺は初めて気付いたが、この地域一帯に異様なほど多くの怪物どもがあふれ出していた。

 それも多くの怪物どもが不正プログラムの影響を受けているとおぼしき不審な様子をうかがわせる。

 眼下に広がる海面では、あの大ダコをはるかにしのぐアホみたいな大きさの巨大なイカが悠然ゆうぜんと泳いでいる。

 おそらく全長100メートルは超えるだろう。

 

 その他にも30メートルはあるだろう巨大なサメやら、逆に30センチほどに縮んじまっているが何故か空中を飛ぶようになっている水棲すいせい牙亀きばがめなどがそこかしこで暴れ回っている。

 何もかもがおかしい。

 共通しているのはやはり全ての怪物どもがバグッてやがるところだ。

 知らないうちにグリフィンの野郎が何かを仕掛けやがったに違いない。

 だが今はそんなことはどうでもいい。

 俺は前方を争いながら飛ぶ翼竜どもに向けて灼熱鴉バーン・クロウを連発した。


「焼き鳥になりやがれっ!」


 数羽同時に放たれた炎のからすは翼竜どもの大きさに比べるとまるで小鳥だが、それでもその威力は十分だった。


「ギィィェアアアアッ!」


 巨大翼竜どもは灼熱鴉バーン・クロウを受けて炎に包まれ、その熱に耐え切れずに次々と海の中へ飛び込んでいく。

 するとそれを待ってましたとばかりに、海中の巨大イカやら巨大ザメやらが翼竜どもに襲いかかった。

 まるで怪獣大戦争だ。


 その間に俺は唯一燃やさずに残した翼竜に追いついた。

 ティナを抱えている個体だ。

 俺はそいつの巨体に食らいつくようにしてしがみついた。

 翼竜はそれを嫌がって暴れ出す。


 だが俺は構わずに、しがみついたまま翼竜の体に拳を幾度も打ち込んだ。

 その度に悲鳴を上げて翼竜は暴れるが、獲物であるティナのことはかたくなに放そうとしない。

 それどころか翼竜は俺を振り落とそうと急上昇と急降下を繰り返しやがる。

 チッ……振り落とされてたまるか。


 さんざんグリフィンに痛め付けられたせいで、こっちのライフも残り少ない。

 振り落とされた時に運悪く蹴飛ばされて致命傷を負うなんて冗談じゃねえからな。

 よく見るとこの翼竜は翼をはためかせる度にその翼がバグで揺らいでいやがる。

 不正プログラムの影響だ。

 このデカブツも何で自分がこんなに巨大化したのか分かってねえんだろうよ。


 俺は翼竜の体を見回し、ティナを捕らえている脚にねらいをつけた。

 翼竜の皮膚ひふに爪を食い込ませながら、俺はその体を伝って脚へと降りていく。

 脚に触れられるのがかなり気に食わなかったんだろう。

 翼竜はより一層激しく暴れやがる。

 それでも俺はしがみついたまま、一瞬のすきを見て足を振り上げた。


魔刃脚デビル・ブレード!」


 体勢が悪いために切れ味は鈍るが、それでも刃と化した俺のすねは翼竜の脚を切り裂いた。

 翼竜の細い脚から鮮血が飛び散り、その痛みと衝撃のせいか、翼竜はとうとう我慢できずにティナを手放した。

 今だ!

 俺は即座に翼竜の体から離れて空中に身をおどらせた。


 そして翼竜の反撃を封じるために奴に向かって灼熱鴉バーン・クロウを放つ。

 翼竜が燃え上がり、悲鳴を上げながら後方に落下していくのを見た俺は、即座に方向転換をしてティナを追った。

 海へと落下していくティナを追うために俺は体がちぎれんばかりに全速力で降下する。

 だが状況はかんばしくない。


 まずいことに落下してくるティナを喰らおうと、海面で巨大ザメが大口を開けて待っていやがる。

 くそっ!

 間に合えっ!

 

「ティナァァァァァッ!」


 俺は羽をすぼめて一直線に滑空かっくうする。

 ティナとの距離はもう10メートルもない。

 俺はティナに向かって思い切り手を伸ばす。

 だが、海面で待ち受けている巨大ザメは待ち切れずにごうやしたのか、水面から跳ね上がってティナに食らいつこうとした。


「させるかよ! 灼熱鴉バーン・クロウ!」


 俺が咄嗟とっさに放った炎のからすはティナより先に巨大ザメに向かい、その動きを牽制けんせいする。

 燃え盛るからすを嫌って頭の向きを変えた巨大ザメは目測を誤った。

 そのためにティナは巨大ザメの鼻に当たってバウンドする。

 俺はその瞬間をねらってティナの腕をつかむと、その小さな体を引き寄せた。

 そのすきに巨大ザメが再度ジャンプして襲いかかって来るが、俺はティナを抱えたまま鋭く体を回転させて得意技を繰り出した。

 

螺旋魔刃脚スクリュー・デビル・ブレード!」


 高速回転するドリルと化した俺の脚が、巨大ザメの鼻先を斬り裂く。

 盛大に血をまき散らしながら海面に落ちた巨大ザメはそのまま海中へと沈んでいった。


「ケッ! 邪魔すんじゃねえよ。魚の分際で」


 そう吐き捨てると俺は腕の中で動かないティナの亡骸なきがらに視線を落とす。


「やっと捕まえたぞ。手こずらせやがって」


 前にこいつを抱えて螺旋魔刃脚スクリュー・デビル・ブレードを放った時には、酔って青ざめ吐きそうになりながら文句れていやがったな。

 今は何の反応もなく、ティナは硬く冷たいむくろとなって眠っている。

 生の息吹いぶき微塵みじんも感じさせず、ティナがまぎれもなく生者の列から弾き出されて死の谷底へ転げ落ちたのだということが分かった。


 生意気な口をきくことも、怒って顔を紅潮させることもなくなったティナの亡骸なきがらを間近にして、俺は何とも言えない気分でその死に様を見つめた。

 そんな一瞬の油断が命取りだった。


 気が付いた時には、真横から飛び込んできた巨大なクジラの口の中にティナともども俺は飲み込まれていた。

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