第9話 紅蓮開花
【HARMONY】
俺の視界に映るコマンド・ウインドウには確かにそう表示されていた。
そのウインドウはほとんど1秒にも満たない間に閉じたため、グリフィンは気付いていない。
HARMONY?
調和って意味か。
NPC
HARMというパスワードは完成形じゃないと。
パスワードには続きがあったんだ。
HARM(危害)から……HARMONY(調和)か。
イメージが正反対の言葉が真のパスワードとはな。
今この時にこのパスワードが俺に託されたってのは何か意味があるんだろう。
「なるほど。その足に巻いている布か」
桃色に
俺は必死に
「このレッグ・カバーにティナの防御プログラムを解く
奴がそう言ったその時、俺のライフゲージの下に表示されているバーンナップ・ゲージが満タンを告げる通達音がゴォンと重い
グリフィンの攻撃で痛めつけられている間も、このゲージは徐々に
【
そう表示されたそれは稼働スイッチのようだ。
それが何であるのかは分からんが、今この状況より悪くなることはねえ。
俺は
【
その表示が記された途端、俺は腹の底から込み上げてくる猛烈な熱を感じた。
途端に体中から
それはいつもの俺の炎より数段明るい
「なにっ?」
俺のレッグ・カバーを
その体から無数に生えている手はまだ俺の体を
俺は体のそこかしこを
異変を感じたグリフィンは後方に飛び
「させねえよ」
「ぬうっ!」
そして体勢を
「
それは今までの
グリフィンはさすがに苦痛の声を上げて顔を
「ぐがっ!」
どういうことだ?
そして俺が一発放ったことで、バーンナップ・ゲージの目盛りが減る。
いや、それだけじゃない。
目盛りは時間とともにジリジリと少しずつ減っていた。
そうか。
おそらく目盛りが尽きるまでの一定時間、俺の能力が大きく跳ね上がるんだ。
ということは今が一気に攻勢に出る最大のチャンスだ。
しょせんは
「おのれっ!」
怒りに
だが
「
すると奴の左肩から火柱が噴き上がり、たまらずにグリフィンはよろめく。
「ぐぅぅ……」
その間に着地した俺は全ての魔力を右手の拳に込めた。
すると俺の右拳は急速に熱せられ、熱した金属のように赤く
この技も
いける!
俺はその右拳をグリフィンのアゴ目掛けて思い切り突き上げた。
「
「ナメるな!」
だがグリフィンはすばやく身を引いて俺の拳をギリギリのところでかわした。
「貴様ごときに……」
「俺の拳は2つあるんだよ」
そう言うと俺は左の拳をグリフィンのどてっ腹にまっすぐ打ち込んだ。
「
俺がそう叫ぶと右手に宿っていた赤い高熱の光が瞬時に左手の拳に移動した。
そうなるべく俺が強く意識した結果、出来た芸当だった。
グリフィンの腹部にめり込む拳が真っ赤に
「ごふっ……ごあああああっ!」
俺の拳から伝わる高熱がグリフィンの全身に
その体全体が
クリティカル・ヒットだった。
グリフィンのライフがゼロとなり、奴は燃え盛る
ちょうどそこで俺のバーンナップ・ゲージが
俺の体中から放出される熱が蒸気となって噴き上がる。
「ざまあみやがれ」
倒れて動かなくなったグリフィンを見下ろして俺は吐き捨てるようにそう言ったが、これで勝ったとは思っていない。
奴は不正プログラムを自在に操る。
どんな形であるかは分からねえが、必ず復活してくるだろう。
ティナの修復術でもない限り、奴の息の根を完全に止めることは出来ねえはずだ。
だが、一時的にせよこれで時間的余裕が生まれる。
この
「うおっ!」
後方から強烈な突風が吹き付けてきて、俺は思わずよろめいた。
振り返ると俺が今立っているこの塔の外側に巨大な怪物の姿が見えた。
翼をはためかせながら空中に浮かんでいるそれは、見たこともないほど巨大な鳥……いや、翼竜だった。
「何だアイツは……」
翼竜自体は一度だけ見たことがある。
巨大な飛竜の周りをコバンザメのようにくっついて飛び回る奴らで、その大きさはせいぜい翼を広げても1メートルそこそこだったと思う。
だが、今俺の目の前にいるのは、姿こそ翼竜だったがその大きさは通常の10倍以上にもなる超巨大サイズの翼竜だった。
翼を広げるその姿は間違いなく10メートル以上はあるだろう。
そして翼竜は一匹だけじゃない。
塔の周囲にはそんな奴らがいつの間にか数匹群がってきている。
さらに俺が着目したのは、そいつらの異常なサイズだけじゃない。
その体が一様にバグで揺らいでいる点だ。
「こいつら……」
様子のおかしい翼竜どもがバタバタと翼をはためかせるその風圧に飛ばされないように姿勢を低めながら俺はティナの元へ向かう。
今のうちにティナを回収しておかねえと。
だが吹き荒れる突風に
「なっ……ティナ!」
ティナの
くそっ!
燃え続けたまま息絶えているグリフィンを置き去りにして、俺は駆け出した。
出来る限り低い姿勢で風の抵抗を避けながら床を蹴って走る。
そして翼竜どもがギャアギャアと
塔の外へと飛び出したティナの体は、砂浜へ真っ逆さまに落ちていく。
間に合わねえ!
だがティナが砂浜に叩きつけられる前に、先ほどの巨大な翼竜がその脚でティナの体を
翼竜はそのままティナの
「待ちやがれ!」
俺は海風に逆らいながら羽をはばたかせて翼竜を追う。
だがその翼竜を追っているのは俺だけじゃなかった。
複数いた他の翼竜どももその翼竜を追い、ティナを奪おうと争っている。
まるで
その時になって俺は初めて気付いたが、この地域一帯に異様なほど多くの怪物どもが
それも多くの怪物どもが不正プログラムの影響を受けていると
眼下に広がる海面では、あの大ダコを
おそらく全長100メートルは超えるだろう。
その他にも30メートルはあるだろう巨大なサメやら、逆に30センチほどに縮んじまっているが何故か空中を飛ぶようになっている
何もかもがおかしい。
共通しているのはやはり全ての怪物どもがバグッてやがるところだ。
知らないうちにグリフィンの野郎が何かを仕掛けやがったに違いない。
だが今はそんなことはどうでもいい。
俺は前方を争いながら飛ぶ翼竜どもに向けて
「焼き鳥になりやがれっ!」
数羽同時に放たれた炎の
「ギィィェアアアアッ!」
巨大翼竜どもは
するとそれを待ってましたとばかりに、海中の巨大イカやら巨大ザメやらが翼竜どもに襲いかかった。
まるで怪獣大戦争だ。
その間に俺は唯一燃やさずに残した翼竜に追いついた。
ティナを抱えている個体だ。
俺はそいつの巨体に食らいつくようにしてしがみついた。
翼竜はそれを嫌がって暴れ出す。
だが俺は構わずに、しがみついたまま翼竜の体に拳を幾度も打ち込んだ。
その度に悲鳴を上げて翼竜は暴れるが、獲物であるティナのことは
それどころか翼竜は俺を振り落とそうと急上昇と急降下を繰り返しやがる。
チッ……振り落とされてたまるか。
さんざんグリフィンに痛め付けられたせいで、こっちのライフも残り少ない。
振り落とされた時に運悪く蹴飛ばされて致命傷を負うなんて冗談じゃねえからな。
よく見るとこの翼竜は翼をはためかせる度にその翼がバグで揺らいでいやがる。
不正プログラムの影響だ。
このデカブツも何で自分がこんなに巨大化したのか分かってねえんだろうよ。
俺は翼竜の体を見回し、ティナを捕らえている脚に
翼竜の
脚に触れられるのがかなり気に食わなかったんだろう。
翼竜はより一層激しく暴れやがる。
それでも俺はしがみついたまま、一瞬の
「
体勢が悪いために切れ味は鈍るが、それでも刃と化した俺の
翼竜の細い脚から鮮血が飛び散り、その痛みと衝撃のせいか、翼竜はとうとう我慢できずにティナを手放した。
今だ!
俺は即座に翼竜の体から離れて空中に身を
そして翼竜の反撃を封じるために奴に向かって
翼竜が燃え上がり、悲鳴を上げながら後方に落下していくのを見た俺は、即座に方向転換をしてティナを追った。
海へと落下していくティナを追うために俺は体がちぎれんばかりに全速力で降下する。
だが状況は
まずいことに落下してくるティナを喰らおうと、海面で巨大ザメが大口を開けて待っていやがる。
くそっ!
間に合えっ!
「ティナァァァァァッ!」
俺は羽をすぼめて一直線に
ティナとの距離はもう10メートルもない。
俺はティナに向かって思い切り手を伸ばす。
だが、海面で待ち受けている巨大ザメは待ち切れずに
「させるかよ!
俺が
燃え盛る
そのためにティナは巨大ザメの鼻に当たってバウンドする。
俺はその瞬間を
その
「
高速回転するドリルと化した俺の脚が、巨大ザメの鼻先を斬り裂く。
盛大に血をまき散らしながら海面に落ちた巨大ザメはそのまま海中へと沈んでいった。
「ケッ! 邪魔すんじゃねえよ。魚の分際で」
そう吐き捨てると俺は腕の中で動かないティナの
「やっと捕まえたぞ。手こずらせやがって」
前にこいつを抱えて
今は何の反応もなく、ティナは硬く冷たい
生の
生意気な口をきくことも、怒って顔を紅潮させることもなくなったティナの
そんな一瞬の油断が命取りだった。
気が付いた時には、真横から飛び込んできた巨大なクジラの口の中にティナともども俺は飲み込まれていた。
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