第15話 堕天の少女
「ティナ……」
突如として俺の前に現れたのは、命を落として物言わぬ
そのティナの変容ぶりに俺は思わず
純白だったその両翼は片方の翼が
そして頭の上に浮かぶ天使の輪の下の桃色の頭髪の間からは、悪魔の特徴である黒い角が生えていた。
天使と悪魔の両方の特徴を持つその姿は
ティナが堕天使に?
いや、そもそもティナはすでにライフが尽きて
『フッ……ククク。見せたいものがあると言ったであろう。バレットよ』
そう言って笑うのは俺の
すでに炎は消えていたが、黒い
それでも奴は
「見せたいものってのはアイツのことか」
『そうだ。ティナは自ら修復術を打ち捨てて私の野望を打ち砕いたつもりだろうが、しょせんは小娘の
天使長イザベラの予感は的中していた。
こいつは修復術のバックアップ・プログラムを俺の体の中からすでに見つけ出していたんだ。
『とはいえ、修復術を再インストールしたところで、ティナの体内から直接それをを取り出すのは危険が
「堕天使化……」
天使が堕天使になるのは様々な原因で属性が
目を
炎に焼かれて黒
『堕天使化の不正プログラムは時間をかけてゆっくりとティナの体を侵食した。十分な時間をかければ、ティナほど純度の高い光の属性を持つ者でもあの通りだ』
そう言うグリフィンの言葉通り、ティナの属性は光から
あれほど光側に振り切れていたティナの属性が、今や正反対の
それは信じ難い出来事だった。
だがティナが今その体から放つ
片翼の色が変わり頭部に角が生えるなど、姿かたちに多少の変化はあれど見た目はティナそのものだが、中身はまるで別人だ。
『まあティナほどの光属性を
くっ……この野郎。
こっちは生きるか死ぬかのギリギリの戦いだったってのに、グリフィンにとっちゃお目当てのティナが堕天するまでの
俺は怒りに拳を震わせながらグリフィンを
「チッ。ティナは
『堕天使化の秘薬の中に混ぜておいたのさ。
確かに
呪いの解除など朝飯前なのだろう。
俺たちがそうして問答を続ける間、ティナは海上に浮かんだままじっとこちらを見ている。
俺はその様子に
「ティナ! いつまでも寝ぼけてんじゃねえ! 何だそのザマは」
だが、聞こえているはずの俺の声にもティナはまったく反応しない。
『ムダだ。もはやティナに自我はない。貴様のことも天使長イザベラからの指令もすべて忘却の
そう言うとグリフィンはティナのいる方角に手を差し伸べ、
するとそれに応じるようにティナがこちらに向かってゆっくりと海上を移動し始めた。
『ティナは今や私の思いのままだ。もはや貴様に出来ることは何もない。
「ふざけんじゃねえ!」
グリフィンを無視して俺はティナを押し留めるべく、その行く手に立ちはだかった。
「ティナ! いい加減に……」
そう言って俺が伸ばした右手はティナの体に触れる前に強烈な衝撃に弾き飛ばされた。
「うあっ!」
弾き飛ばされた右手が指先から
そんな俺を無視してすぐ脇を通り抜けると、ティナはグリフィンの方へ向かっていく。
「待て! ティナ!」
そう言って追いすがる俺の左手が右手と同じように何かに
「うぐっ……」
左手も右手同様に痛みを伴う
まるで触れるものすべてを
そうか……。
ティナのことを預けたのが
外敵からティナを守ろうとしていた
「ティナ! トチ狂ってんじゃねえぞ! そんなクソ野郎の操り人形になるつもりか!」
ムダだと分かっていてもそう声を上げずにはいられず、俺は今しがた満タンになったばかりのバーンナップ・ゲージを惜しみ無く使って【
そして
だが、そんな俺の両足に何かが
「うおっ!」
それは海面から伸びてきた2本の触手……いや、脚だった。
吸盤の付いたその脚を伸ばしてきたのは海面下で
「またてめえか!
俺は大ダコの脚を
こ、こいつ……脚が一体何十本あるんだ。
バグでおかしくなっていやがる。
脚を全て焼き切ろうともがく俺を見ながらグリフィンの奴は言う。
『そこでおとなしく
そう言うとグリフィンはすぐ
奴は俺や
そして次の瞬間……。
『ガウフッ!』
巨大な
「なっ……」
俺は大ダコに抵抗することも忘れて
ティナは
すると
ティナが……取り込まれた。
あいつはグリフィン同様に上半身だけの姿で虎の背の上に
その目からは光が失われ、その顔からは一切の表情が消え失せていた。
まるで
そしてそんな俺とは対照的にグリフィンは両手を天に突き出すように
『ククク……ハッハッハ! ついに、ついに手に入れた。不正プログラムと修復術。陰陽両輪のこの力こそ、我が悲願
そう言うとグリフィンは長槍を頭上に掲げた。
槍が再び光を帯びて、長さ数百メートルはあろうかという巨大な光の槍に変化する。
そしてグリフィンはそれを横一閃になぎ払った。
あの野郎……俺じゃなく大ダコの脚を
「てめえ! どういうつもりだ。遊んでいやがるのか」
『いいや。遊ぶのはこれからだ。バレット。かかってくるがいい。もう貴様は私に指一本触れることは出来ん』
「抜かせっ!」
俺は怒りのままに【
だが、グリフィンは光の槍を振るうでも
だというのに……。
「なっ……」
グリフィンにあと数メートルのところまで迫っていた俺が拳を振りかざした瞬間、グリフィンは一瞬で俺から数十メートル先に移動していたんだ。
ば、馬鹿な……グリフィンの奴は瞬間移動でもしたのか……ん?
俺は周囲の状況を見て自分に起きた異変に気付き
「マジかよ……」
移動したのはグリフィンではなく俺の方だった。
グリフィンのいる場所は砂浜の波打ち際で変わっていない。
そこまで飛びかかっていったはずの俺は、一瞬で海岸線から数十メートル沖の海上まで押し戻されていたんだ。
『貴様の移動経路を不正プログラムで
ど……どういうことだ?
グリフィンの言葉が理解できずに俺はムカついて声を荒げた。
「意味が分からねえんだよ。寝言ほざいてんじゃねえぞ!」
『貴様の頭では理解できんだろうな。いくらイキがってみても、しょせん貴様は箱庭の中の
グリフィンはそう言うと光の槍を今度は縦に一閃した。
「うおっ!」
振り下ろされた光の槍は俺のすぐ脇を通り過ぎて海面へと吸い込まれていく。
すると……それは文字通り海を2つに割り、海底に一本の深い溝を刻んだ。
そして海水がその溝の中にどっと吸い込まれ始めたんだ。
まるで
「なっ……」
人智を超えた現象に俺が言葉を失い
その背の上でグリフィンは得意気に両手を広げて言う。
『見ろ。バレット。このゲームを構成するうちの海水という一物質がプログラムの
グリフィンは自分の目の前に
これはティナの……。
『
「てめえ……何がやりたい。壊して、直して、何の意味がある」
『意味などない。こんなものはただの遊びだ。だが、この遊びこそが私を
すると奴の頭上に何やら黒い球状の物体が現れた。
それはほんの拳大の大きさ程度にしか見えなかったが、その黒玉はゆっくりと回転しながら徐々にその回転速度を上げていく。
その正体が分からず俺は
「今度は何だ?」
『不正プログラムを凝縮した終末の宝玉だ。これが何であるかはすぐに分かる。だが、それが分かった時にはすでに遅いがな』
「てめえ……」
奴の行動の意味が分からずに
それは運営本部から全キャラクターに通知される緊急警報だった。
【ゲーム内に不具合が生じたため現時刻をもってオンラインを解除し、全プレイヤーを強制ログアウトします。以降はオフラインで修正シークエンスを開始いたします】
それはゲームのサービスを一時的に停止する時に表示される警報であり、以前に幾度か見たことがあるものだった。
グリフィンにも同じものが見えているようで、奴はニヤリと口の
『やはり運営本部は動き出したか。ならばこちらも動くとしよう』
そう言うとグリフィンは俺と十数メートルの距離を
ナメやがって!
「
まだ【
奴の体の前にいるティナが邪魔だが、ティナがチビなのは幸いだった。
一瞬で殺意を
俺が放った
だから俺は無数の炎の
「なにっ?」
炎の
炎属性である俺には大したダメージとはならなかったが、動きの止まった俺に対して前方から光が迫って来た。
それがグリフィンの光の槍だと気付いた俺は即座に身を
だが……。
「がはっ……」
突如として背中から衝撃を受け、すぐに激痛が俺の胸を突き破る。
俺は自分の胸から光輝く槍の穂先が突き出しているのを信じ
鋭利な刃が俺の背中から胸を貫いている。
背後から俺を刺し貫いたそれは、前から向かってきたはずの光の槍だった。
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