第52話 三人目の幽霊(2)
(虎太郎が拉致されて、まだ四時間くらいしか経っていないんだよな)
俺は、ここまでの道のりを振り返る。
黒鋼蜥蜴。可変蠍。皇鳥。
危険と波乱に満ちた時間は、まるで、数日を経たかのような、疲労感と達成感を俺に残している。
もっとも、それは救助する側の感覚でしかない。
囚われたものの体感にしてみれば、一年にも相当する時間に感じられていてもおかしくはない。
「待ってろよ。すぐに助け出してやるからな」
彼が監禁されているゲラ火山中腹のロッジは、すぐ目の前だ。
「気を逸るなよ。救出作戦は、失敗は絶対に許されないし、やり直しもきかない」
かかり気味の俺を、仲間のユウ君がたしなめた。
「わ、分かってるよ」
人質に万が一のことがあってはならない。
作戦は拙速を尊ぶとは言うが、今回ばかりは石橋を叩く方が、優先される。
俺たちにできる『石橋叩き』とは、敵戦力の詳細な分析である。
虎太郎は、
敵戦力は、けして低くはないが、俺たちが勝てないほどのものではない。
俺はそのように認識していた。
「ただ、昨晩のことで、一つ気になることがあってな」
ユウ君が言う。
昨晩。
俺は、彼女が何を話題にしたいのかは、すぐに見当がついた。
忘れがたい出来事。
その日、俺たちは、町村市の展望施設〈ミリオン〉にて、怪盗団及び地元警察と、三つ巴の乱戦を繰り広げたのだ。
「私が気になるのは、警察官が、怪盗団に全滅させられたくだりだ」
「ああ、それは俺も気になってた」
その時点で、俺は別のフロアにいて、
ただ、配備されていた警察官の精鋭が、怪盗団に歯牙にもかけられずに全滅したとは、事件後に聞かされた。
「怪盗団は、ろくにスキルも使用しなかったと言うんだろう」
俺たちプレイヤーは、人間離れした能力を駆使するが、それは、ジョブとスキルという、二つの恩恵による。
ジョブは、人間の身体能力に、強力な補助力を加えるものだ。
そして、スキルとは、俗に言う超能力である。
例えば、『魔法戦士』の俺は、どんな負傷も癒やす【
『モンク』のユウ君は、攻撃の威力を倍加させる【
虎太郎は『
プレイヤーの超人性は、スキルに頼るところが大きい。
そのスキルを用いずに、百人からなら警官隊を制圧したというのが、にわかには信じられない。
いかにプレイヤーが超人とは言え、そこまでのことが可能だろうか。
「一体、怪盗団はどんな手口を使ったんだい?」
「うーん」
ユウ君が言葉につまるのは、おかしなことである。
「昨晩、その場に居合わせたんだろう」
「ああ。一部始終を見届けたよ」
「なら、見たままを教えてくれよ」
「うーん」
彼女はしきりに首をひねっている。
「おいおい、しっかりしてくれ」
埒があかないので、俺の方から話を掘り下げることにした。
「〈三人目〉がやったのか?」
確か、奴の得物はムチだった。
昨晩は、俺も一発浴びせられかけたから、よく覚えている。
「いや、ムチの餌食になった警察官は、せいぜい4、5人といったところだ」
「たったそれだけ? じゃあ残りは誰が?」
怪盗団の構成員は三名。
残り二人の内、『盗賊』は、その時、俺の足止めをくっていた。
「まさか、『炎烈士』が?」
消去法では、そういう結論になってしまうが、
「まさか、まさか」
と、ユウ君が一笑する。
「スキル無しじゃあ、魔法使い系ジョブに大したことはできない」
「だよな」
魔法使い系列のジョブの、肉体への補助力は微々たるものでしかない。
その分、スキルは強力無比なものが多く、昨晩の俺たちが、〈炎烈士〉一人に全滅させられかけたのが、いい証明だろう。
「じゃあどうなる。警官隊を倒したのは、〈三人目〉でも〈炎烈士〉の仕業でも無い。誰が警察官を倒したんだ」
俺の問いかけに、ありえない返答がかえってくる。
「警察官だ」
「は?」
俺は、耳を彼女に寄せる。
「だから、警察官が警察官をやっつけたんだよ」
そう言うユウ君の顔は、真剣そのものだ。
冗談を言っているわけではなさそうである。
「警察が仲間割れ――ってこと?」
「珪ちゃん、あんまりバカなことを言うなよ。警察は戦う組織だ。いざ
「ユ、ユウ君が言ったんじゃないか」
「私は、警察官が警察官を攻撃したといっただけだ」
「同じことだろう」
「まるで違う」
彼女が頭をかくと、髪全体が、黄金の松葉みたいに揺れた。
「あれは仲間割れじゃなかった。攻撃した警察官の側には、なんの悪意も害意もなかった。なのに仲間を攻撃した。させられたんだ」
極めて珍奇な証言だった。
「やっぱりスキルを使ったんじゃあ」
怪盗団がスキルを使用していない、という前提を改めるのが、この状況に対する、もっとも簡単な説明になる。
「聞きかじりだけど、幻を操るスキルもあるらしいじゃないか」
「ああ、ジョブ『幻影士』とかが使えるな」
「そうそう。その手のスキルを〈三人目〉が使用したんじゃない?」
「それはない」
ユウ君が言い切った。
「な、なにを根拠に」
「昨晩の最後、巨大な〈慰霊の鐘〉を盗み出したのは、間違いなく〈三人目〉の仕業だ。それと矛盾するだろう」
「あ」
言われてみれば、そうだ。
「〈三人目〉のスキルはまだ不明だが、展望台の壊され具合や、私たちを吹っ飛ばしたことから考えて、強力なパワーを行使するタイプだ」
「そ、そうだった。幻覚とは真逆だ」
「さらに言えば、半トン近い鐘を持ったまま、空まで飛んで見せている」
「うん」
色々と謎の多いスキルだが、これで他人の五感にまで干渉できたら、一スキル一能力という、この世界の原則に反してしまう。
「『盗賊』の【
『炎列士』の【
一人一スキルの原則もある以上、これで、警察官がスキルで操られていたという線はなくなった。
「警察官はスキル攻撃を受けてはいないのも、本当。だけど、仲間割れ? で自滅したというのも本当。不可解だ」
「まあ、当たり前に考えれば、怪盗団が、スキル以外の、何らかの方法で警察官を操った。ということになるんだろうな」
「何らかの方法と言ってもなあ。百人規模の大集団を、スキル無しでコントロールなんて」
「この件については、トラ君に一つ心当たりがあるそうだ」
「虎太郎?」
俺は、無意識に、彼が監禁されている、ロッジを見てしまう。
「トラ君が言うには、こういうことらしい」
今日の放課後、西中からの道すがら、二人が、昨日の奇怪な出来事について、意見を交わし合ったという。
〇●〇
『警察官が銃口を怪盗団に向ける。明らかに警告は不要な状況だ。標的をにらみつけ、引き金に力をこめる』
『でも、銃弾は、怪盗団では無く、味方に的中してしまう』
『そうだ。発砲の瞬間、別の警察官が、怪盗団を守るように射線を遮った。毎回だ』
『昨晩の警察は、良いとこ無しだったね』
『ああ。〈三人目〉の背後に回り込もうとすれば、同じ試みをしていた味方と衝突事故を起こす。
『まるでコントだったよ』
『本人たちは死に物狂いだったんだろうがな』
『歯車を完全に狂わされていたね』
『どうしたら、スキルも無しに、あんな魔法みたいなことができるんだろうな?』
『実は、僕には心当たりが一つある』
『え?』
『ユキさんは魔法と口にしたけど、手口自体は、奇術レベルだと思うんだよね。いわゆるミスリード?』
『どういう方法だ』
『ユキさん。ちょっとした遊びに付き合ってくれないかな』
『は? 遊び?』
虎太郎は、突如、スマホを自分の顔の前に掲げたという。
『ルールは簡単だ、このスマホに触れられれば、ユキさんの勝ち。できなければ、僕の勝ち。さあ、どうぞ』
虎太郎がスマホを小刻みに動かし出す。
『お、うん』
訳はまったく分からなくとも、勝敗がかけられた以上、ユウ君はやる気をだすタイプだ。
とりあえず手を伸ばしたのだとか。
だが、その指先が触れる寸前、虎太郎がスマホを、素早くどかした。
ユウ君の手は
『はい。僕の勝ち』
虎太郎は、からかうように、スマホをひらひら動かす。
『も、もう一回だ』
勝負事となると目の色を変える気性も、子供の頃から変わっていないらしい。
ユウ君は、視界を激しく左右に動く、スマホをにらみつけた。
スマホの動くリズムと、自分の肩のリズムを合わせて、
『たっ』
次の瞬間にスマホがあるはずの地点めがけて、手を突き出す。
手には、かなりの勢いがついている。
この時、虎太郎が、驚くべき行動に出たという。
あいつは、ユウ君の手が触れる寸前、スマホを90度傾けたのだ。
当然、スマホは、薄っぺらい側面を、ユウ君に向けた。
『あっ!?』
勢いのついた拳が、スマホの横を素通りして、虎太郎に迫る。
『?!!!』
ユウ君は、腕を曲げる筋肉を、すばやく総動員する。
『――』
拳は、鼻先に触れる寸前で、静止した。
『さすがはユキさん。人並みはずれた反応だ』
『ひ、他人事みたいに言うな』
筋肉に過負荷をかけたことで、ユウ君の腕はじんじんと痛んでいたとか。
『もうちょっとで、トラ君をぶん殴るところだったぞ』
『でも、これで分かったろ』
『あん!?』
『昨日のことさ。意図せず他人を攻撃させるだなんて、この程度の難易度でしかない』
『あ』
『もちろん、僕が今やったほど単純なことではないんだけどね。ただ、要は攻撃のタイミングと動線だ。この二つさえ抑えてしまえば、コントロールは不可能ではない』
「うーん」
回想に耳を傾けていた俺が、腕を組んで、うなり声を上げる。
俺の声に呼応するように、ひゅるり、と風が奇妙な音で鳴った。
周囲に、いくつもの旋風ができていることに、俺はなんら気づいてはいない。
「だけど、そうそう簡単にいくものかなあ」
首を傾げる。
「一人二人手玉に取るのなら、確かに難しくはないだろう。だけど、昨晩の相手は、百人からの警察官だ」
「トラ君は、この後、こうも言ってたよ」
『誤解しないで欲しいんだけど、僕は〈三人目〉を過小評価はしていない。奴がしたことは、正真正銘の神業で、僕なんかにはとてもマネできない。ただ、彼の神性は、手口の巧妙さでは無く、むしろ情報処理能力にこそある』
「じ、情報処理能力?」
パソコン用語がいきなり出てきて、俺は身構えた。
「この場合は、100人の警察官の状態をリアルタイムで観測し、更新し続け、その都度最適な干渉を導き出せる能力だそうだ」
「き、聞いてて頭が痛くなる」
「トラ君が言うには、〈三人目〉の扱っていた情報量は、ビッグデータ級で、本来スパコン無しには扱えないものだらしい」
「それを人間の脳みそでやったと」
「らしいな」
「バカげているよ」
笑おうとしたが、顔の筋肉が引きつるばかりだ。
「虎太郎には悪いんだけど、とても信じられない」
俺は、ユウ君が『私もそう思う』、と言ってくれるとばかり思っていたが、
「それって、そんなに不思議なことか?」
と、対決姿勢を鮮明にした。
「ふ、不思議にきまってるだろう。そんな人間がいるはずがないじゃないか」
スパコンよりも実は人間の脳がスゴイという説も、あることはある。
大局観だとか、閃きだとか、直感力とか。人間の脳は、まだまだ機械では再現できない利点があるのだとか。
だけど、単純な計算能力に関しては、人間なんて、電卓にも勝てやしない。
「攻撃のタイミングと動線を、それをそれぞれ百ずつ、しかも同時進行で、あまつさえこちらからも干渉さえしてみせる。とうてい人間業とは思えないよ」
「どうして?」
「ユウ君、どうした。やけにからんでくるじゃないか」
「意地悪してるつもりはない。ただ、珪ちゃんは、大切なことを忘れているんじゃないかなって?」
「?」
「まあ、人間は忘れる生き物だし、忘れるから幸せということもあるんだけどさ」
いつもまっすぐなユウ君の眼差しが、いまはどこかひねくれている。
「だ、大丈夫? 体調でも悪いんじゃあない」
「珪ちゃん、本当に心当たりはないのか? トラ君の言ってる理屈は、確かにバカげているさ。だが、その滑稽な内容を、現実のものにできる怪物が、私と珪ちゃんのすぐ傍にいやしないか」
「お、俺たちのすぐ傍に怪物?」
言われると、頭のなかで、『怪物』でのキーワード検索がはじまる。
検索する範囲は、俺とユウ君の共通の知人。
ヒット数は一件。
一件。
一件。
一人。
「ああ――」
いた。
こんなにもすぐ傍に。
化け物が。
『おほほほほほほ』
あの独特の笑い声が、頭の芯で、オーケストラで奏でられる。
「そう、そうなんだ」
ユウ君が、うんざりした顔で言った。
「あのはた迷惑な怪物、篠原
「待ってくれ。ユウ君、待ってくれ」
自分が何を言っているのか、分かっているのか。
「会長だよ。あの篠原瑠衣だよ」
天才。神童。ギフテッド。
そういう神に愛されたものたちの中でも、特別な寵愛を授けられた、ただ一人だ。
一学生の身分でありながら、通う中学校を完全に私物化。
今では、市の教育委員会さえおいそれと手を出せない、治外法権地帯と化している。
学外活動も人並み外れており、現在、6社のベンチャー企業の経営にタッチする。
その総資産額は、若干14歳にしてゆうに億越え。
知識量は、修士号十数個分にも相当し、世界各国の知識人と交流を持つ。
その圧倒的な才覚を、日本の
「ここだけの話、俺は、『現代日本への異世界転生者』とにらんでいる」
「私は『タイムリーパー』だと疑っていたな」
俺たちは笑い合うとしたが、互いに顔を引きつらせただけだった。
「信じられない。俺は信じたくない」
確かに、篠原瑠衣ならば、自前の脳みそ一つで、百人をコントロールすることもできるだろう。
だが、それは、つまり――
「篠原がもう一人いるってことだな。もう一匹の化け物が」
〈三人目〉
「なんてことだ。いけない。これはダメだ。とんでもない」
俺たちは、これから、そいつと一戦交えなければならない。
「とんでもないことだ」
俺は、悲壮感に打ちひしがれていた。
無論、虎太郎を見捨てて逃げるという選択はありえない。
だが、彼を無事に取り戻すためのロードマップが、一挙に高難度化した。
道がゆっくりと起き上がり、垂直の壁となってそそり立ったかのようである。
俺の心は絶望感にまみれ、神への呪いの言葉を吐きそうになる。
だが、そのような余裕は、たちまちになくなる。
「え? え?」
「珪ちゃん!」
異常事態が起こっていた。
「けええええええええええいいいいい」
「うううううううううきいいいいいい」
「もううううううううう」
人のものとも、獣のものとも思われぬ声が、俺たちを包み込んでいる。
俺たちは、互いに背中を預け、死角を消す。
夜闇に目をこらしたが、何の姿も確認できない。
「こ、これって、この異世界の自然現象、――のわけないよね」
「当たり前だ」
ユウ君が言うには、
「アンデット属のモンスターが起こす現象に、よく似てはいる」、のだそうだ。
「アンデットだって!?」
まいった。先日、ゾンビに襲われるホラーゲームをプレイしたばかりなんだ。
「だが、ゲラ火山には、アンデットは生息していないはず」
「じ、じゃあ、どういうこと」
「珪ちゃん、自分でも少しは考えてくれ。後はスキルの線が考えられる」
「か、怪盗団のスキル。あ、いや、こんなスキルは使えるわけがないから、他の誰かが」
「だが、他に怪しい人影もない。怪盗団が四人とは考えづらいんだが」
「へええええんんじいいいいいををををををを」
四方八方から、音が、飛びかかってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます