第3話 死闘
もっとも、これを戦いと呼ぶには、いささか一方的だっただろう。
「やっ!」
少女は光る矢を
「グオアアァァ!?」
矢じりが怪物の肉を深々と抉り、悲鳴が荒野に木霊する。
弓矢で武装した少女に対し、怪物の武器は斧一本。
間合いに差がありすぎる。
怪物側としては、近づかなければ、お話になりやしない。
だが、この荒野に身を隠せる
そして、射続けられる矢に対して、前進など自殺行為であった。
いつの間にか、怪物の全身に矢が突き立ち、ハリネズミの様相である。
滴り落ちる赤い血が、乾いた大地に吸い込まれていく。
「しぶとい」
しかし、圧倒的優勢にありながらも、少女の目に余裕はない。
「グゥゥゥ」
これだけ痛手を負いながらも、怪物の瞳が、未だ戦意を燃え上がらせているからだ。
(だが、現状、怪物側に手は無いだろう)
観客の立ち位置から、俺はそのように分析していた。
チャンスがあるとすれば、少女の弾切れぐらいだが、見る限りそれは先の話だ。
(よほど大きなイレギュラーがなければ、あの
だが、イレギュラーはあった。
俺は、ある要素を、完全に計算の外に置いてしまっていた。
つまりは、自分自身の存在を。
「ゴォォォ!」
怪物が、突如走り出した。
「え!?」
その進行方向にいるのは、少女ではなく、俺である。
「!!?」
この戦いの発端はそもそもにして、俺。
俺が少女に対する人質として有効なのは、明らかであった。
「しまった!」
怪物の位置は、すでに俺と少女の同一直線上にあった。
少女が下手に矢を射れば、俺に危害が及ぶ恐れがある。
「くっ!」
少女が、自ら動いて、射線を確保しようとする。
その瞬間であった。
少女が初めて見せた隙を、怪物は見逃さなかった。
俺に向かって全力疾走をかけていた足を、突如停止させる。
発生していた大きな運動エネルギーは、怪物の上半身を前に進ませようとする。
「オオオォォ!!」
怪物がその力を、腰を軸にした回転力へと変えた。
巨体が大きく捩じれ、その勢いを利用して、手斧を放り投げる。
「!?」
高速回転する斧が、少女を襲った。
少女の緊急回避は、それは見事なものだった。
しかし、虚をついて放たれた高速攻撃を、無傷でやり過ごせるわけもない。
斧が、彼女の太ももを掠める。
「きゃああ」
血が吹き上がった。
「!!?!」
俺は、人一倍ビビリだと、仲良しの友達から
実際その通りだと、自分でも思う。
(そ、それでも、自分のために戦ってくれた恩人が血を流して、何もしない訳にいくかあぁぁ!!)
「わあああ!!」
渾身の雄たけびは、敵への威嚇ではなく、自身を鼓舞するためだけに発せられた。
(考えるな。勝算とか、理合いとか、そういう小賢しいもの全部)
俺は、剣を突き出し、ただただ身体を前に突っ込ませる。
「グウウウ」
怪物が腕に大きく天を衝かせた。
俺の突進にタイミングを合わせて、握り拳を振り下ろす。
「!?」
自分の脳天が砕ける様が、鮮明に頭に浮かぶ。
(忘れろ! 気にするな! 今のは幻覚ぅぅぅ!)
俺はコンマ一秒たりとて、脚を停めない。
「ガァ!?」
垂直に降下していた怪物の巨拳が、突如軌道を歪めた。
大きくカーブを描いて俺から遠ざかり、地べたを殴打する。
怪物の膝に光の矢が刺さっていたとか、少女が倒れたまま俺を援護したとか、そんなことは、この時の俺は気づいちゃいない。
盲目のバカになって、前へと突き進むだけ。
膝を射抜かれた怪物が、体勢を崩し、エレベーターみたいに、腹が下に降りて来た。
切っ先が丁度そこに突き刺さる。
「ゴブッ!?」
剣の先端が、怪物の腹に潜り込んで、背中側に突き出たのが、はっきり分かった。
「グブブッ!!」
致命傷を負いながらも、怪物はまだ抵抗を諦めていない。
俺の頭を
万力のような力に、頭蓋骨がミシミシと音を立てた。
「が、あああ」
「
少女の声が聞こえたと同時に、俺はそれを実行する。
剣の柄を、時計回りに回転させた。
怪物の内臓が抉られる。
「――――!??」
怪物の手から、力が急速に失われた。
俺にもたれかかるようにして、巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
巨大生物の死に顔は、出来の悪い石膏細工みたいで、さっきまで生きていたとは到底信じられなかった。
「お待たせしました。開発者の話によりますと……。あれ? もうご自分で倒しちゃったんですか?」
例の小窓ほどの画面が、再び現れる。
「あらま。しかもこれは特殊条件を満たしていますね。おめでとうございます。プレーヤー……、ええと新山珪太さまは、シークレットスキル【修復魔法 リタナ】を習得されました。おめでとうございます」
ナビゲーターが拍手の音を、無機質に立てる。
「もうたくさんだ!」
俺は言った。
怪物の死に顔と、手に残った不快な感触が、それを言わせていた。
「おや? おまり嬉しくないご様子で? この世界に5つしかない超希少なスキルなんですよ。チートスキルなんて言われるくらいで」
「もうどうでもいい。あんたらがゲームの中で何をしているかなんて、俺には一切関係ない」
「ふむ。どうやらお疲れのようですね。どうしますか? ここでゲームを中断して現実世界に戻られますか」
「もちろんだ!」
「はいはい。では、再開は前回の中断地点からスタートすることだけ、お気をつけください」
「誰が二度とやるか!」
「【ゲームアウト】と唱えていただければ、貴方の身体はゲームの外――」
「【ゲームアウト】!」
俺がゲームの中に入った時と同じ現象が、逆回しに起こる。
世界の輪郭が解けて、再構築がなされていった。
「ちょっと待ちなさい、貴方。シークレットスキルと言うのは……、まだ話したいことが……」
俺を助けてくれた白い少女の声が遠ざかっていく。
代わりに、「キャンキャンキャン」、俺の愛犬の声が近づいてくる。
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