第2話 不親切なナビゲーター

「そ、そうだ。ここはゲームの中なんだ」


 俺は、その事実に、ようやく思い至った。


 奇岩が立ち並ぶ、荒野のど真ん中。


 対峙する巨大な怪物は、地響きを立てながら、俺に一歩一歩近づいてくる。


「こ、これがゲームだってんなら、俺にも何かできることがあるはず。コ、コマンド、ステータス、武器、魔法」


 思いつく限りのゲーム用語を並べて見る。


 ポン、と反応する音がした。


 俺の顔のすぐ横に、小窓ほどの画面が現れる。


「もしかして私をお呼びですか? プレーヤーさん」


 少女の声が、真っ黒な画面から響く。


「あ、あなたは誰です?」


「私ですか? まあ、このゲームのナビゲーターってとこですかねえ? ふう」


「ゲ、ゲームのナビゲーター?! それじゃあ、この世界はやっぱりゲームの中なんですね」


「当たり前です。って言うか、あなた自身が、ゲームプレイを選択したはずですよね」


「こ、ここまでリアルだとは知らなくて」


「それはあなたの想像力の欠如です。当方は一切責任を負えません。ふう」


「そ、そんな、助けてください」


「……あー、めんどい」


「ヒドイじゃないですか。あんな不親切な説明で、俺をこんな恐ろしい世界に引きずり込んで」


「自分の身を守るのは自分のお仕事です。それは現実世界でもゲームの中でも変わらないんですよ。まったく最近の若者は」


「そんなこと言われたって! こんな細腕で、あんな化物とどうやって戦えって言うんですか!?」


「もちろん、最低限のフォローはしますよ。なんせゲームですから」


 少女の声が流れるだけの黒画面に、一斉に単語の羅列が表示された。


『ナイト』


『モンク』


『ガーディアン』


『ビーストテイマー』


『風導師』


『マリオネッター』


『その他もろもろ』


「こ、これは一体?」


「ジョブです。ユーザーさんは一つジョブを選んで、この世界で戦っていただきます。ジョブごとに習得するスキルは変わります」


「え? え?」


「ちなみに、ジョブは二度と変更できません。ゆっくり時間をかけて選択することをお勧めします」


「そ、そんな場合じゃありません!」


 怪物はすぐ目の前だ。


「えい!」


 俺は考え無しに、『魔法戦士』のジョブを選択する。


 身体のうちに、強い力がみなぎる。


「お、おおおお?」


 同時に、全身が強烈な光に包まれた。


 光は収束し、全身を覆う軽装鎧と、一本の西洋剣に姿を変えた。


「ググゥゥ?」


 怪物が、俺の変化に驚いて、脚を停める。


「す、すごい、これなら!」


「ええ。初期配置のモンスターくらいイチコロですよ。ささ。さっさと倒しちゃってください」


「よ、ようし。おおおお!」


 剣を振り上げて、怪物に突っ込む。


 怪物は、やや怯んだ様子で、防御の態勢を取った。


 剣と斧が激しく交錯する。


「ふぎゃ」


 情けない声を上げて、地べたに転がったのは、俺の方だった。


「な? な?!」


 怪物は、その場を一歩も退いてはいない。


 俺の渾身の一撃は、敵の片手防御に、易々と跳ね返されたことになる。


「ん? あれ? あのモンスターって背高亜人トールゴブリン!?」


 ナビゲーターの少女の声に、はじめて感情が宿った。


「ど、どうしてあんなモンスターと戦っているんです!? はじめて戦うモンスターなんて、小亜人チビゴブリンか、ネズミ猿くらいのものでしょう!!」


「そ、そんなこと知りません。俺がこの世界にやってきたら森の中で、最初に会ったのがこの怪物でした」


「森からスタート? ああ……、またバグか」


「い、今なんていいました!?」


「バグです。バグ。ゲームの不具合」


「そ、そのくらい分かります」


「最近多いんですよね。ちょっとお待ちください。開発者に相談してきますので」


「え、え? ち、ちょっと?」


 黒画面に『no signal』と表示され、一切の反応がなくなった。


「デ、デスゲームがバグまみれって。一番やっちゃいけないことですよ! それ!!」


「ゴフフフ」


 俺の変化がハリボテだと分かった怪物が、意気揚々と俺に近づく。


 斧を、何気なく横に振るった。


「がああっ!?」


 左腕に装着した盾で受けるも、まるで威力を減殺できない。


 俺の身体は、バイクにはねられたみたいに吹っ飛ぶ。


 盾は見るも無残にへし曲がっていた。


「こ、これじゃどうしようもない……」


 お互いに一度ずつ攻撃と防御を行った。


 その結果を見る限り、俺に勝機は何らない。


「う、う、う」


 俺にはもう、立ち上がる気力すらなかった。


「コォォォォ!!」


 怪物が猛然と駆け寄って来る。


「!!?」


 観念した俺が両目をつむった。


「ギャアアアア!?」


 悲鳴は……、俺のものではない。


 まぶたをおそるおそる開ける。


 そこにはもだえ苦しむ怪物の姿があった。


 怪物の左肩には、光る矢が突き刺さっている。


「あなた、何をしているんです!?」


「え?」


 俺への叱責の声は、いつの間にかそこにいた、少女からのものだった。


 歳は俺とそうそう変わらない。


 目を保護するゴーグルを着けていて、顔は判別できない。


 全身を白で統一された装備で包んでいる。


「初期装備で奇顔岩きがんいわの荒野までやってくるだなんて。命知らずにも程がありますよ!」


「だ、誰が好きでこんなところに来るもんですか!」


 せっかく現れた救世主に対し、俺は声を荒げてしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る