第16話 新山圭太は放たれた
「いひひひひぃぃ!!」
正気を疑わせるような笑い声が、俺の口からこぼれる。
それもそのはず。今の俺は、人の形をした砲弾の立ち位置にあった。
上空叩く打ち上げられた肉体が、美しい
(怖い、怖い、怖い!)
虎太郎の作戦に同意したことを、心底悔やんだ。
「コフォフォ」
だが、退路はすでになく、妖樹王が、邪悪な笑みを浮かべて、俺を待ち受ける。
「ううう――」
俺は、妖樹王の、背骨のように湾曲した幹に、目を這わせるしかない。
その中央付近にある、うろ穴の集合が、敵にとっての顔と
(そこが、俺の
『顔が存在する以上、目と目の間は、生物にとって絶対の急所だ』
虎太郎の主張は間違ってはいないのだろう。
ただ、感覚器官の集まりである頭部に、真正面からの攻撃をしかけたところで、成功確率は絶望的に低い。
そのことにあえて目をつむっているだけで。
(あの巨大触手みたいな左右の枝が、揃って迎撃に来るは……ず!?)
俺にとってさらなる悲劇は、妖樹王の防衛オプションが、想定をはるかに超えていたことだ。
本来は、近接オプションにすぎないはずの、細い枝葉。
それらを、妖樹王は長く伸ばし、傘上に編み合わせた。
そして、傘の当然の使い方として、上方向にかざす。
結果、刃のように鋭利な葉が、全て俺に向けられることとなった。
「!?!?」
俺の身体が、傘に突っ込む。
全身の皮膚が余すことなく切り刻まれた。
「~~~~~~っ!?」
俺の体重は、中二としては平均的な46キログラム。
それが十二分な加速を得ているのだから、傘自体を突き破ることは難しくはない。
「――――」
ただ、急な失血と激痛に、俺の意識は朦朧となった。
血の尾を引きながら、ただただ落ちていく。
「フォファファ」
妖樹王の、新生したばかりの右枝が、炎を噴き上げる。
巨大枝が大きくしなり、人間など軽くホームランできる、強撃が放たれた。
しかし、会心のスイングは、あえなく空を切った。
「フォ!?」
妖樹王も驚きを隠せなかっただろう。
翼を有しない人類が、軽やかに空を舞ったのだから。
ただし、この奇跡に、俺は一切の関与をしていない。
『風魔法【ウィンド】』
遠くから様子を見守っていた虎太郎が、予定通りにスキルを発動させただけの、安いトリックである。
風属性のスキルは技巧的で、巨大モンスターに対しては力不足だとしても、人体一つくらいは余裕で操れる。
(俺を砲弾のように打ち飛ばし、風で微調整をかけつつ、敵急所に命中をさせる……か)
今更ながら、本当に無茶苦茶な作戦である。
(生きて帰ったら、やっぱり一発引っぱたいてやろう)
怒りの感情はアドレナリンを分泌させ、少しばかり、俺の意識をはっきりさせる。
「うっ!?」
かすかに鮮明になった俺の視界に、もう一本の巨大枝が大映しになる。
利き手による、本命の攻撃。
精度も攻撃速度も、今までとは段違いである。
「ぐぎぎぎぎ」
歯を全力で食いしばるも、この段において、俺にできることは一つもない。
せいぜい、落下姿勢を崩さないよう気を配るくらいか。
「!?」
強風が俺の全身を再び揺さぶった。
迫る巨大枝をバットに見立てれば、スライダーで逃げるように飛翔していく。
しかし、妖樹王とて二度目は対応してくる。
巧打者が、変化球に合わせてスイングを微調整するように、しっかりと俺の軌道を追ってくる。
「ああああっ!?」
それ一本で学校すら支えられそうな巨大な円柱が、どんどん近づいてくる。
巨大枝が巻き起こす暴風が、俺の顔の皮膚を激しく波打たせた
掠めただけで死をもたらす円柱状の死神は、鼻先三寸の位置に達し、
「!?!?!?」
そのまま、俺の眼前をすれ違っていく。
俺は、疾駆する新幹線を、レールぎりぎりの位置でやりすごしている心境であった。
だが、死をもたらすものは、猛烈な音を伴って、俺から離れていく。
(た、助かっ――)
俺の表情筋が、安堵の形を作りかけた、その刹那。
巨大枝の側面に生えた、一かけらの枝葉が、俺のスニーカーの先端をかすめた。
停止した世界であれば、その事実にさえ気づかない程の微衝撃である。
だが、超高速の世界の内では、砂粒一つが、分厚いガラスにヒビを入れるのだ。
「わああああっ!?」
俺の身体は安定を失い、激しいきりもみ状態となった。
視界は、大地と空とが、高速で切り替わる。
俺は為すすべなく、回りながら落ちていった。
「!?」
落下方向から、突如、上昇気流が巻き上がった。
「と、虎太郎か!?」
風は俺にブレーキをかけると同時に、回転に対して逆の
俺のすぐ横に、妖樹王の巨大な眼がある。
「!?」
反射的に剣を突き出した。
硬くて入り組んだものを貫いた手ごたえ。
「や、やった!」
剣先は見事、妖樹王の眉間に突き立っていた。
「ダ、ダメだ。パワーが足りない。ブレーキが利きすぎた!」
虎太郎の悲鳴がした。
「え?」
俺の身体を、左右から鋭い眼光が挟み込む。
妖樹王はいまだ健在であった。
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