第29話 ヒーローの条件
虎太郎がパズルゲームをしている。
要はこういうことだ。
あいつの周りには、低木、中岩、大岩、クレバス等々、便利な構造物が多々ある。
ちなみに、クレバスは死神蜂の大刃によって生じたものだ。
虎太郎は、それらの上、間、下を、せわしなく移り渡る。
「ギギギッ!?」
これをされてしまうと、直線攻撃しかできない手槍蜂たちは、簡単に動線を断ち切られてしまう。
悔しげに距離を取り直すモンスターども。
……もちろん、これは虎太郎の仕掛けにとっては序の口でしかない。
これだけの工夫では、空間を埋め尽くす敵の密度には、抗いきれない。
現に、
「ギイイッ」
意気揚々と猛進する手槍蜂。
だが、いざ獲物の背中に槍を突き立てる段になって、
「ギィエ!?」
「ギギ!?」
別の手槍蜂と空中激突を起こす。
二体のモンスターが、もんどり打って地面を転がった。
その様子を見下ろす虎太郎の瞳からは、してやったり感がにじみ出る。
(すべてはあいつの手の平の上か)
虎太郎の手口はこうだ。
混戦のさなか、一個体を見繕って、あえて隙を見せる。
この時、別方向の別個体にも、同時に無防備な姿をさらす。
攻撃本能の強いモンスターたちは、自制ままならず攻撃に打って出る。
後は、自分の位置をほんの少しずらすだけ。
自分たちの動線が交錯していることに気づかないモンスターたちは、自動的にぶつかり合ってしまう。
この手法は、突撃バカの手槍蜂たちに、呆れるほど有効に働いた。
「ギゲ!?」
「ギギィェ!?」
頭をぶつけ合い、羽をからませ、次々とモンスターたちが土をなめる。
その様子に、俺は、2個くっつくと消えるパズルゲームを連想したのである。
(まあ、しょうがない。頭の良い人間が本気を出したら、モンスターなんてこうなるに決まってる)
仮に戦闘思考をこなせたとしても、せいぜい今現在の情報しか材料にできまい。
しかし、人間は違う。
過去を記憶し、現在を観て、未来すら推察できる。
知恵比べの土俵に乗っけられた時点で、軍配は虎太郎に上がるのだ。
俺がこんなことを考えている間にも、バタバタとモンスターが事故りまくってる。
「「「ギギィィ!??」」」
それを主導する虎太郎には、息を乱す様子も無い。
反対に、俺は汗だくになって、殺到するモンスターたちを、命がけでさばいていた。
俺の胸中は複雑であった。
(いやいや、ズルイなんて考えちゃいけない。虎太郎は自分の才能をまんべんなく発揮しているだけなんだ。友達として、俺は喜んであげないといけない)
それは分かっているのだが、器の小さい俺は、
(あいつ、ちょっとくらいピンチにならないかな?)
などど考えてしまう。
そして、俺の邪な願いを、どこぞの邪神が聞きつけてしまったようだ。
「げげげっ!?」
俺は目を見張った。
上空を漂うばかりだった死神蜂が、そっと虎太郎めがけて降下してくるのである。
脳みそをフル活用中の虎太郎は、それにまったく気づかない。
「~~~~~~」
俺は大声を上げたかったが、それは出来なかった。
激しい運動の最中に、大きく息を吐いては、自身の身体が硬直してしまう。
それでは、その隙を手槍蜂に突かれる。
俺は自分に群がるモンスターからいったん距離を取り、
「虎太郎、上!」
それから叫ぶ。
間に合わなかった。
「わ、わわわ!?」
死神蜂が巨大腕にて虎太郎をわしづかみ、クレーンゲームみたいに空中にかっさらった。
「汚いぞ、正々堂々と戦ったらどうだ。この人でなし!」
俺が怒鳴る。
「ふん、私はモンスターだぞ。人でないのは当たり前だろうが」
「ご、ごもっともで」
あまりに上手く返されてしまった俺は、言葉に詰まる。
「け、珪太。あっさりと言い負かされないでくれよ」
宙づりの虎太郎が嘆く。
「さてさて」
死神蜂が虎太郎を見た。
「手荒なまねをしてすまない。しかし、ここらでタイムオーバーだ。君ら二人はしょせんは場を盛り上げる前座に過ぎないのだからね。もう役割は十分に果たした」
死神蜂は、ぎゅっと虎太郎を抱きしめた。
腕の節々から生えた棘が、虎太郎の背中にめり込む。
「うわああああっ!!」
虎太郎の絶叫が平原中に響き渡る。緑色のローブが血の赤に染まった。
「ふふふ、思う存分叫びたまえ。もっとも、君のお仲間は消音結界の内側で、外界の音は遮断されているがね」
死神蜂のその後の科学的説明は、俺にはちんぷんかんぷんだった。
特殊な音波を出せる手槍蜂の仕業、ということまでは理解が及んだが、振幅とか逆位相とかいう理科用語が出てきてしまえば、俺の手には負えない。
虎太郎に至っては、自分の悲鳴以外何も聞こえちゃいないだろう。
「くそっ、やめろ!」
俺はどうにか友達を助けたかったが、非力な自分は、自身を守るだけで精一杯。
「さて、君にはいくつか質問があるんだ」
死神蜂がようやく抱きしめる力を弱めた。
「はあっ、はあっ、はあっ」
虎太郎は息も絶え絶えである。
「君のお仲間について、知っていることを全て教えて欲しい。君たちの倍のレベルを有するあの二人は、さすがにこう簡単にはいかないだろうからね」
「……」
虎太郎が無言でいると、死神蜂は、もう一度肩に力を込める仕草を見せる。
「わ、分かった。話す。だから止めてくれ」
虎太郎が全身をわななかせた。
「ぼ、僕の仲間のジョブは、『聖弓士』と『モンク』です」
「せ、聖弓士のスキルは【光矢生成】と【魔法の矢筒】です」
「【光矢生成】は、MPを1消費して魔力の矢を生み出すスキルです。矢に特殊な効果はありませんが、貫通力が段違いです」
「【魔法の矢筒】は、小さな矢筒の中に99本もの矢を格納できる補助スキルです。篠原さんは、多様な属性の矢を有していると、僕に話してくれました」
仲間の情報をうたう虎太郎を、俺は恥ずかしいとは思わない。
自分の命がかかった局面である。
そこで清く美しくあることは、そうそう出来ることでもないし、強いることなど以ての外だ。
俺が今思うことはただ一つ。
(あのハチ野郎は必ず殺す)
友達を辱めた仇敵に対する、明確な殺意のみであった。
もっとも、今の俺は自分の命を守る動作で手一杯。
死神蜂への報復はおろか、友の窮地も救ってやれない。
(ああ、なんてふがいない俺…………!??)
突如、異常事態が起きた。
「な、なんだ、これは?」
自分を包み込むあまりに奇妙な現象に、危うく虎の子の剣を落としかける。
「なるほど、聖弓士の方は大体分かりました。では、次にモンクの情報を聴かせてもらいましょう」
虎太郎への聞き込みに夢中で、死神蜂が、異変に気づく様子は無い。
「は、はい、分かりました」
一瞬、虎太郎の目が、地上の様子を確認したように見えたのは、俺の気のせいか?
「モンクのスキルは【チャージ】です。詠唱直後の攻撃の衝撃力が、一度だけ2倍になります」
「ああ、パワー系ジョブの典型的なスキルですね。確か大きな反動があったはずですが?」
「そ、その通りです。【チャージ】のスキルは体力を大きく消費します。200メートルを全力疾走したような疲労感に襲われ、スキル使用直後は歩くこともままならないとか」
「なるほど。わざと使用させるというのも一つのプランですね。……で、後は?」
「あ、後。え、ええと、ええと……、二人の装備品についても知っています」
会長の装備は『エルフのロングボウ』と『エルフの白霊衣』
ユウ君の装備は『古強者の朱道着』のみ。
「そ、それから?」
「そ、それから、……、そ、それから……」
「もう情報はないようですね」、死神蜂が硬いはずの顔面を、醜悪にゆがめた。「なら、君とはここでお別れということになる」
この瞬間、虎太郎が変貌した。
「そうですね。ここでグエンさんとはお別れです。ただし、生死の判定はアナタの思うのとは反対ですが」
「なに?」
「僕が生の側、アナタが死の側。そういうことです」
虎太郎の声は落ち着き払っていて、今の今まで恐慌状態にあったとはとても思われない。
「まだ気づきませんか? 今大変なことが起きていることに」
「貴様、何を訳の分からんことを」
「やれやれ。強すぎることも考え物ですね。危機察知能力にこうも贅肉がつくなんて。アナタよりも劣る部下たちは、総じて気づいていますよ」
「こ、これは!?」
ようやく、死神蜂が眼下の異変に気づいた。
「お前たち、何をしている。さっさとその愚鈍な方の人間を片付けろ」
死神蜂の命令だったが、配下のモンスターたちは無視を決め込む。
「い、一体何がどうなってるんだか」
俺が言う。
「なんだ、珪太も気づいてなかったのか?」
死神蜂に捕らえられたまま、虎太郎が話しかけてくる。
「あ、当たり前だろ。いきなりモンスターどもが戦うのを止めて、一斉に明後日の方向に向き直っちまった」
ちょうど夕日の沈み込む方角にめがけて、手槍を構える体勢をとり、
「私の命令になぜ従わない」
死神蜂が何を言おうとも無反応である。
「簡単なことですよ」
「貴様、奴らがこうなって理由を知っているのか?」
「もちろんです。手槍蜂たちは知能の大して高くない、野性的なモンスターたち。それが上位者の命令に背く理由は、自分の生存を優先するために他ならない」
「自身の生存を優先する? つまりは奴らに危機が迫っているだと」
「正確には、アナタを含めた全員に」
俺たちの視線は、夕日へと注がれる。
もはや黄昏時は終わりに近づき、オレンジ色の太陽の姿は、地平線の向こうからわずかに覗くばかりだ。
その赤い輝きの中に、別の赤色が混じっていることに、俺はやっと気づく。
「ああ、あれは!?」
俺が喜びの声を上げるなど、一体どれだけ振りか。
朱色の武道着、褐色の肌、そして黄金の針葉樹を思わせる髪。
「ユウ君!!」
俺たちのヒーローが太陽をバックに
「ば、バカな、ありえない」
死神蜂がうろたえた。「消音結界の内側にいたんだぞ。貴様らがどれだけ悲鳴を上げようとも、聞き取れるわけが無い」
「そうはおっしゃいますがね。声に対して逆位相の音波をぶつけるなんて、そうそうできることじゃないですよ」
「それでも90%以上の効果は期待できた。奴の耳には、せいぜい、風で草が
「ダメですよ、ユキさ……ユウキ君にそんなに聞かせたら」
「ああ、まったくだ」
俺は虎太郎に意見に強く同意していた。
ヒーローには条件がある。
それはどんな敵も倒してのける戦闘力でも無く、子供が真似したくなる必殺技でも、大枚はたきたくなる変身グッズでも無い。
けして悲鳴を聞き逃さないこと。
この一点において、俺はユウ君以上にヒーロー適任者を知らなかった。
「ユウキ君、すみません。後はよろしくお願いします」
虎太郎が上空から叫ぶ。
「ユウキ君? おい、珪ちゃん。トラ君はいったい誰のことを言ってるんだ?」
何はともあれ、ユウ君が、戦いの中心地に躍り出た。
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