第20話 パーティー結成

 俺は、頭に乗っかったコミックスを、払いのける。


「お前は一体どういうつもりだ! 虎太郎に危害を加えるつもりの癖に!」


 黒川さんにズバリ指摘した。


「誰もそんなことは言ってないだろうが! 私は、うちのバカどもがしでかした、不始末のケジメをつけにきただけだ」


「ケジメ? それは仲間を怪我させた虎太郎に仕返しをすることだろう」


 俺の手が無意識に魔法戦士のシンボルに触れる。


「見当違いだ。中田と友平はいじめをしていた。たとえあいつらが荒井くんを気に入らなかったとしても、それをいじめの原因にするような奴はクズだ。同情の余地は無い」


 激しい既視感に襲われる俺を見ながら、黒川さんは言葉を紡ぐ。


「荒井くんのしたことを咎めるつもりは、私には一切無い。あれは正当な反撃だ」


 黒川さんは、静かに虎太郎に視線を移した。


「私はただ、あの二人のしでかした愚行を、荒井くんに詫びたいだけだ。いや、詫びなければならない」


「は、はあ……」


 虎太郎も、頭がまだ状況に追いついていないようだ。


「謝って許されることではないのは分かっている。それでも、どうか頭を下げさせてくれないか」


 再び眼前にさらされた後頭部を、虎太郎は複雑な目で見下ろす。


「アンタへの許されざる行為の責任は、すべては西中のトップである私にある」


 黒川さんが、無残なキズの刻まれた、手の平を開いた。


「いまさら何を言っても言い訳だ。だから、せめてこの傷を、私の誠意と受け取ってもらえないだろうか」


「か、勝手なことばかり言わないでください!」


「う……」


「僕の苦しさなんてこれっぽっちも知らないくせに。人の気も知らずに勝手に傷をつけて、それでチャラにしてくださいだって? バカにするな!」


「……本当にすまない」


「くそ。くそっ!」


 虎太郎が、怒り任せに、傍らのポスターを破いた。


「うおおっ!」


 足下の小物入れを蹴っ飛ばす。


「……」


 どちらも俺のものだという指摘は、今は控えておくべきだろう。


「はあ、はあ、はあ」


 虎太郎はもどかしげな呼吸を繰り返す。


(恨み骨髄に徹っした相手が、実はいい人だった、か。たまらないよな)


 彼の心中には、さぞ嵐が吹き荒れていたことだろう。


「一つだけ質問があります。どうしてあの二人のために、アナタがそこまでするんです?」


 黒川さんに背を向けたまま、虎太郎が訊いた。


「私の仲間だからだ」


「はん。それは一方通行の親愛だ。あの二人は、アナタのことを、くみしやすい甘ちゃんリーダーとしか思ってませんよ。あんなクズどものために、アナタがそこまでする必要なんてない!」


「それでも、仲間は仲間なんだ。世間から親から爪弾つまはじきにされ、心のよりどころの無い連中だ。私まであいつらを見捨てることはできない」


「最後まで自分のご都合ですか。アナタは本当に最低ですよ」


 きつい言葉とは裏腹に、虎太郎の声色はただ悲しげである。


 虎太郎が黒川さんをまっすぐ見た。


「……分かりました。その謝罪受け取りましょう」


「本当にすまない」


「あなたが謝ることじゃないでしょう」


「それでもすまない」


「くそっ。……だけど、僕の方にも条件があります」


「なんだ。なんでも言ってくれ」


「その手の傷、今すぐに珪太に治してもらってください」


「いや、それはダメだ。これは私なりのケジメの証で、きっちりと傷跡を残すべきものだ」


「だったら、僕はこれからも報復をつづけます」


「何?」


「どうか傷を癒やしてください。アナタみたいないい人が、僕やあのバカどものために傷つくなんて、絶対にダメなんです」


 どこか疲れたような、しかし安堵感に満ちた、そんな虎太郎のかおだった。


「優しいな、アンタは」


「あなたほどじゃあないですよ」


「くくく」


「ははは」


 2人は屈託無く笑い合う。


「さあ、珪太」


「おお」


 俺は黒川さんの手を取ると、「【リタナ】」と詠唱する。


 穏やかな光に包み込まれた手の平から、傷が蒸発したように失せた。


「なるほど、これが噂の修復魔法か」


 黒川さんが、手をなめらかに動作させる。


「ところで、アンタ。自分の運の悪さに自覚はあるか?」


 俺を哀れんだような目で見た。


「当たり前だろ。こんな特別なスキルを手に入れたばかりに、篠原会長に目をつけられた」


「そういうことだ。そして、荒井くんもな」


「え?」


「アンタはアンタで、才能をひけらかしすぎだ。ゲーム世界への避難の仕方といい、妖樹王への立ち回りといい。パーティーメンバーとして勧誘したいと、篠原バカが手ぐすねひいてる待ってる」


 こちらの話を聞いていたかのように、


「ねえ、まだ!? 私も荒井くんとお話がしたいんですけど」


 と、会長の声がした。


「やかましい、もうちょいだ!」


「……よく分かりませんが、そのパーティーには黒川さんも含まれているんですよね」


「最悪なことにな。私もあいつに買いかぶられちまったのさ。はあ……」


「なら、全然かまいません。むしろこれからよろしくお願いします」


 虎太郎は爽やかに微笑む。


(あれ?)


 虎太郎の頬が桜色に染まっていた意味を、俺はてんで気づかなかったなあ。


「ワンワンワン」


 突然、小さな影が俺の部屋に入り込んだ。


「な、なんだあ?」


「い、犬?」


「シロ!」


 すでに老境にさしかかった愛犬が、衰えを感じさせない足取りで、部屋を駆け回る。


「ど、どうしたんだ? そんなに興奮して」


「ワンワンワン」


 部屋中を走り回ったシロは、やがて黒川さんの足下に座り込んだ。


「わ、私に用?」


 黒川さんが手を伸ばすと、その手を長い舌でなめる。


「わわっ」


 黒川さんが驚いて身を引かせると、後ろ足で大きく立ち上がって、抱きつくような仕草をした。


「な、なんだ。やけに人なつこい犬だな」


「……」


 俺は、シロの行動に心当たりがあった。


「この子、名前はなんて言うんだ」


「……シロ」


「は? この子、白犬じゃ無いだろ」


 黒川さんの言うとおり、シロの全身は、黒、灰、茶色が複雑に絡み合う。


「子犬の頃は白一色だったけど、歳を取るにつれて、毛色が複雑に変わってしまったんだ」


「へえ。そういうことってよくあるんだな。私の幼馴染みもさ、おんなじ理由でカラフルな犬をシロと名付けていたよ。ははは」


「……」


「ふふふ。よく見れば、あのシロにお前はよく似ているなあ。面長で間の抜けた顔なんて、そっくりで……あれ?」


 黒川さんがシロを凝視した。「似すぎている?」


「ワンワンワン」


 顔を近づけられると、シロは一層嬉しそうだ。


「ま、まさか」


 黒川さんが俺の顔を、食い入るように見た。


「あ、ああ。似ている。今まで気づかなかったが、確かに面影がある」


「俺もシロと同じだよ。子供の頃は父親寄りだった顔が、最近は母親似と言われるようになっちゃった」


 もっとも、彼女の変わりっぷりは、俺の比ではない。


「ま、まさか、け、珪ちゃん……。新山珪太」


「久しぶり、ユウ君」


 俺の笑顔を、ユウ君は呆然と見つめていた。


「ワンワンワン」


 シロが、ユウ君にかまってほしいと、しきりにじゃれている。

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