第2章 黄昏時の死神
第21話 決意?
中世ヨーロッパに似た町並みが広がる。
町ゆく人々の格好も、その時代の服装が忠実に再現されている。
その端々に至るまでの再現度の高さは、
ここはゲームアプリ『
「ここが始まりの街、シエナか」
あふれる異国情緒に、俺はすっかり旅行気分だ。
「こんな良いとこ、もっと早くに訪れたかったよ。始まりの街というくらいなんだし」
「本来そうなるはずなんです。ここは全プレーヤーにとっての、ゲーム開始地点なんですから」
篠原会長が、呆れ顔になる。
「ここに来る前に、
虎太郎が苦笑いになった。
「変に空気が読めないところは、子供の頃から変わってないな。はあ」
ユウ君がため息をつく。
「し、仕方がないだろ。俺だって好きで『
「まあまあ、今となっては、むしろあのバグは天の配剤と言うべきでしょう」
「そうとも言えるか。おかげで、珪ちゃんが最上級スキルを取得できたわけだし」
俺がシークレットスキルを取得したことで、その取得条件が、後日公開された。
『シエナに立ち入ること無く、初期装備のまま、自身と10以上レベル差のあるモンスターを倒す』
「このゲームの運営はさ。絶対にこのスキルを使用させるつもりは無かったよね」
虎太郎が言う。
「そりゃシークレットというくらいだからな」
「どう考えてもチートですし」
ユウ君と会長が、うなずき合う。
「それよりもさ、早くこの街を案内してくれよ。あの大きな風車を間近で見てみたいなあ。あの尖塔にも登ってみたい」
「新山くん。アナタ、私たちがここにきた目的を、お忘れではないでしょうね」
「わ、分かってますって、会長」
虎太郎遭難事件から早数日。
今後、パーティーとして活動することを決めた(会長に強制された)、俺たちには、一つ優先的な課題があった。
「俺にゲームのチュートリアルをしてくるって言うんでしょ。それは感謝してますよ」
お世辞で無く本心である。
「命がけのデスゲームを、最低限のルールも知らずにプレイするなんて、ゴメンですから」
「それにしても、僕は、ルールもまともに知らない初心者を相棒に、妖樹王に挑んだんだなあ……」
虎太郎がいまさら震えている。
「命知らずだよな。トラ君も珪ちゃんも」
「だから! 好き好んでルールを知らないわけじゃ無いったら」
いつまでもだべってばかりもいられない。
俺たちは、とりあえず歩き出した。
「と、ところで、黒川さん」
「ん?
「そ、そのトラ君っていうの止めてもらっていいですか。は、恥ずかしくて」
「いいじゃないか。私は親しくなった相手は愛称で呼ぶことにしてるんだ」
「ぼ、僕たちはまだそれほど親しいわけじゃないし」
「くくく。あれだけ本音をぶつけ合ったんだ。十年雑談をするより、よほど親しくなったとは思わないか」
「でも、黒川さん」
「有季だ」
「ゆ、有季……さん……」
虎太郎の紅葉みたいな顔色を、横目で見ながら、
「ところで、俺たちはどこに向かっているんです」
と、篠原会長に尋ねた。
「武器防具屋よ」
「今の珪ちゃんはちょっとみすぼらし過ぎるからな。まずは格好をどうにかしないと」
「大きなお世話だよ」
しかし事実だ。
妖樹王との激戦を経て、俺の防具は見るも無惨な状態である。
「おろしたてみたいにピカピカだったのになあ。妖樹王にボコスカ殴られて、あちこち傷だらけだ」
金属鎧の至る所が割れ、もはや防具としての働きは期待できない。愛剣も妖樹王の体内から引き抜けずに、放棄してしまっていた。
「まさに落ち武者。いや、落ち
「……そんな日本語あったかしら?」
雑談しながら歩く俺たちは、いつの間にか市場の人混みに紛れていた。
「おー、まるでフランスの
道の左右に、様々な露店が居並ぶ。食品、衣類、日用雑貨。ありとあらゆる生活品が陳列されていた。
「この果物傷ありだろ。少しまけてくれよ」
「この一品ものの指輪なんていかがです。今なら二点お買い上げで三割引」
「おい、店主。この間売りつけられたアイテム、鑑定したら全くの別物じゃ無いか!」
ガヤガヤという音に耳を澄ませれば、実に多様な人々の声がある。
声の一つ一つから、生活や人生が感じ取れる。
(どうせNPCだろうけど、まるで本物の人間みたいだなあ)
キョロキョロと落ち着きの無い俺を、
「一人でどこかに行くなよ」
ユウ君が子供にするみたいに注意する。
市場通りから裏通りに入り、さらに脇道へと逸れる。
高くそびえた壁と壁の間の、細道を往く。
「こ、この道で本当に合ってるんですか? どんどん人気が無くなっていきますけど」
「もうすぐよ……、ほら、あそこ」
細道が末広がりになり、大きな広場へと結びつく。
その野球場ほどの面積の土地を、一つの巨大建造物が占拠している。
「な、なんですか、これ?」
武器防具屋であるのは分かりきっているが、それでもこう言わざるを得ない。
「オ、オモチャ屋?」
それもアメリカの郊外にありそうな、超大型のものだ。
真四角のコンクリートが、ケバケバしい黄色と赤に塗り上げられている。昼間にも関わらず、ネオンは激しく点灯し、「WEAPON & ARMOR」と輝く。
ここまで中世ヨーロッパを忠実に模倣していた世界観が、ここで一気に瓦解している。
「……」
もう一度異世界に迷い込んだような、強烈な違和感だった。
「ささ、中に入りましょう」
「は、はい」
まだ頭がクラクラするが、俺は会長に先導されて、店内に赴く。
入り口は、当然のように自動ドアである。
「うわっ……」
店内に入った俺の目に、さらに圧巻の光景が飛び込んでくる。
剣、斧、槍、鎌、弓、矢、刀、盾、鎧、ローブ…………。
古今東西ありとあらゆる武器防具が、棚と壁を覆い尽くし、天井からもぶら下がっていた。
丹念に研ぎ澄まされたであろう刃物部分が、怪しく光り輝く。
「……うう」
俺の口から悲鳴みたいな音が漏れる。
「あら? オモチャ屋に来た子供みたいに大はしゃぎするかと思ったら?」
「さすがの俺もそこまで単純じゃないですよ」
この施設を作ったものの魂胆はあまりに分かりやすい。
「まあな、この武器を使わせて、プレイヤー同士を争わせたいのが見え見えだ」
ユウ君が、そばに立てかけてあった槍を蹴りつけた。
「ねえ、会長。このゲームを作ったのって、一体どんな奴なんでしょう?」
プレイヤーにスキルを与え、さらには武器まで融通しようとしている。
「まあ、まともな存在で無いことだけは確かでしょうね。候補は、宇宙人、異次元人、はたまた未来人か
超常の存在が羅列され、「ふう……」、俺の肩が自然と下がった。
「誰だっていいんだ。ムカつくのは、そいつが、私たち人間を影から焚きつけようとしていることだ!」
ユウ君が言った。
「そうだろうね。奴らがしていることは、拳銃と殺人許可証を無作為に配ることと、同じだから。悲惨な結果が山ほど生まれることは、分かりきってるだろうに」
「荒井くんの言うとおりです。そして、私たちはそれに気づいてしまった。ならば、私たちには、それを止める義務があります。世界の安寧と恒久平和のために」
篠原会長の論理は、いつも通り単純明快で、壮大で、そして正しすぎる。
「ふん、私は正義の味方なんて柄じゃない。柄じゃあないが、裏から他人をコントロールするような奴らは、一番許せん。私の目につくところをウロチョロするようなら、全力でぶちのめしてやる」
ユウ君が鼻息を荒くする。
俺はちらりと虎太郎を見た。
「どうする?」
「僕はやるよ」
「罪滅ぼしか?」
「そんなんじゃないよ」
「世界の恒久平和のため?」
「そ、そこまで大層なことはも考えてない。ただ――」
「ただ?」
「……ち、ちょっと、個人的な理由からかな」
虎太郎は、情熱的な視線をユウ君に注いでいた。
「そっか。虎太郎もやる気か」
(さて、俺はどうするかな?)
三者三様の決意に燃える中、俺だけが心に火が入っていなかった。
(俺の戦う理由ってなんだろう?)
もちろん、それは簡単に与えてもらえる。
自分たちに害意を持ったものが、人知れず食指を伸ばしてきている。
これだけでお釣りが来る。
自分を守り、自分の愛するものたちを守るため。こんなに美しいお題目はないだろう。
ただ、俺にはそれが、どこか人ごとのように聞こえる。
(も、もしかして、俺って、ものすごく心の冷たい人間なんだろうか)
俺はひとり心を沈ませるのだった。
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