第22話 ステータス


 武器防具屋の床に、俺と虎太郎がへたりこんでいる。


 俺たちの顔には、徹夜明けにも似た疲労感が滲んでいた。


「ま、まだ終わらないのか?」


 俺の装備品選びが始まって、どれだけ時間が経ったことやら。


「うーん、こっち……、いやこれだと上下のバランスが悪いか?」


「黒川さん。これなんてどうでしょう」


「おおっ、さすが篠原。肩アーマーのスパイクがナイスだ」


 二人は、本人そっちのけで、鎧コーナーの商品を活き活きと漁る。


「はああ、やっぱり女性の買い物は長いねえ……」


 虎太郎もげんなりした様子である。


「新山くん、ちょっとこちらに来てください」


「そうだ、何着か試着してみてくれ」


「へいへい」


 俺が、のたのたと腰を上げる。


「なんですか、そのやる気の無い態度は!」


「私たちが誰のために頑張っていると思ってるんだ!」


「ぐっ……」


 言いたいことは山ほどあるが、こういったシチュエーションで、男性側に勝ち目は無い。


「はいはい、ただいま参ります」


 俺はキビキビと駆け出すしかなかった。


 それから小一時間、俺は、着せ替え人形として奉仕しつづける。


「ねえ、新山くんは、今の装備と前のもの、どっちが良かったと思います?」


 そして、時折二択を迫られては、


「い、今の方が良いかな?」


「ふう、やっぱり新山くんはセンスがいまいちね」


 と、理不尽に切って捨てられる。


(ど、どっちを選んでも、絶対文句を言う癖に)


 さらに一時間が経過した。


「すうすう」


 虎太郎は壁にもたれかかって、いつしか寝息を立てている。


 女性陣は、無数の防具の中から、ようやく最終候補を絞り出していた。


「これにします?」


「そうだな、まだ探し足りない気もするが……」


「いやいや、それがいい。もう絶対それ。最高です。他の装備なんて考えられません」


 俺は必死であった。


「本人がそこまで言うのなら……」


「そうね。……でも、残念です。もっと時間をかければ、もっと良い装備が見つかるでしょうに」


「完璧です。もうパーフェクト」


「ま、仕方ないさ。着るのが珪ちゃんだからな。どうしたって限界はある」


「そうですね。今回はモデルが悪かったと思って、諦めましょうか」


「……くそっ」


 あまりに勝手なめの言葉に、俺は小声で抗議した。


 武器防具店を後にした俺たちは、街の北側にある平原へとおもむいた。


「ここは、トモロ平原。シエナで旅の準備を整えたプレイヤーが、腕試しにやってくるところです」


「へええ」


 大地はくるぶしほどの丈の草で覆われ、そこここを、野ウサギが跳ね回る。


 青々しい草が、乾いた風を浴びて、おおらかに揺れた。


 空から柔らかな日差しが降り注ぎ、「ヒョロロ」と、鳥が青空を旋回する。


「いいロケーションだなあ。ピクニックで来れたら、さぞ楽しかっただろうに」


「残念だけど、それはまた今度だ」


「分かってるよ、ユウ君。それで、これから俺はどうすりゃいい? 手当たり次第、モンスターと戦えばいいのか?」


 俺は新調された腰の鞘に手をかけた。


 左腰から下げているのは、片刃のブロード・ソード。


 そして、腰の後部には、予備の武器である長めのロング・ダガーが備えられている。


 全身を覆う青色の軽装鎧は、凶獣皮をなめして作られた一品だという。


『下手な金属より強度があって、さらに柔軟性にも富んでいます。今現在、店頭で買える防具としては、文句なしの一級品です』


 そう会長からお墨付きをいただいていた。


「ま、落ち着け。その新装備はすぐに試してもらうが、その前に一つ説明しておきたいことがある」


 ユウ君はそう言うと、「【ウィンドウ】」と詠唱する。


「お?」


 彼女の顔の横に、小窓ほどの画面が現れた。


「それ前に見たことがある。このゲームのナビゲーターと話をした」


『あー、めんどい』


 あの、やる気の無い女性の声が、耳に蘇る。


「珪ちゃんも唱えてみろ」


「う、うん。【ウィンドウ】」


 俺の頭の横にも、同じ画面が現れる。


 今度はナビゲーターの声はしない。


 代わりに、いくつかのアイコンが画面上に表示されていた。


「その画面はタッチパネルの要領で動かせる。その人型のアイコンをタッチしてみろ。ステータス画面が開かれる」


「ステータス画面?」


 言いつつも、指示に従う。


「?」


 奇妙な画面が現れた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 新山 珪太


 ジョブ 魔法戦士

 レベル 7

 

 MP 60


 パワー  /////// 350%

 スピード /////// 350%

 タフネス /////// 350%

 マジック /////// 350%


アクティブスキル

  1. 修復魔法【リタナ】


パッシブ・スキル

  1. なし


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「こ、これって一体?」


 なんとなく意味が分かるものから、一見しただけでは意味不明なものまで。


「順番に話そう。まず、パワーとスピードは、もちろんそのままの意味だ」


「そ、そりゃそうだ」


 ただし、その後の350%がどうにもピンと来ない。


「それは現在の珪ちゃんにかけられたジョブの補正値を意味する」


「魔法戦士の補正?」


「そうだ。珪ちゃんの地力を100%として算出される。つまり、ジョブ展開時において、珪ちゃんのパワーとスピードは本来の350%になると言う意味だ」


「ざっくり言うと、3.5倍だね」


 虎太郎が解説に加わる。


「3.5倍……」


 俺は無意識に、妖樹王との戦闘シーンを思い出していた。


 なるほど。あの我ながら人間離れした戦いぶりは、3.5倍というステータス補正があった故だったのか。


「じゃあ、残りのタフネスとマジックは?」


「タフネスは耐久力だ。防御力と呼んだ方がしっくりくるか?」


「マジックは表現が難しいんだよね」虎太郎が頭をかく。「魔力と表現すればいいのかな? とりあえず、それが大きいほど魔法系スキルの威力が上がる、という認識で間違いない」


「分かった」


「参考までに、私たちのステータスも見てみるといい」


 俺以外の三人も、小窓を開いて、ステータス画面を開示する。


「どれどれ?」


 俺は興味津々にのぞき込んだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 荒井 虎太郎


 ジョブ 風導師

 レベル 12

 

 MP 100


 パワー  ///   150%

 スピード /////  250%

 タフネス /////  250%

 マジック /////////////// 750%


アクティブスキル

  1. 風魔法【ウィンド】


パッシブ・スキル

  1. なし


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 黒川 有季


 ジョブ モンク

 レベル 19

 

 MP 30


 パワー  //////////  500% +20%

 スピード /////////// 550%

 タフネス ////     200%

 マジック ///     150%


 アクティブスキル

  1. 【チャージ】


 パッシブ・スキル

  1. パワー+20%


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 篠原 瑠衣


 ジョブ 聖弓士

 レベル 23

 

 MP 80 


 パワー  ///     150%

 スピード //////////// 600% + 30%

 タフネス ///     150%

 マジック //////////  500% + 30%


 アクティブスキル

  1. 【光矢生成】


 パッシブ・スキル

  1. 魔法の矢筒

  2. スピード +30%

  3. マジック +30%


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「なんて言うか、みんな補正値がちぐはぐだね」


「いやいや、それは逆だよ。珪太みたいに全パラメータに一律補正をかけられる方がまれなんだ」


「あー、それはそうかも」


 格闘系ジョブのユウ君は、パワーとスピード重視。反対に魔法使い系ジョブの虎太郎は、マジックが秀でている。


「あれ?」


 頭上に黒雲が渦を巻くような気配を、俺は、感じ取る。


「もしかして、もしかしてだけど」


「なんだ? 珪ちゃん?」


「お、俺のジョブ『魔法戦士』なんだけどさ。もしかして、ハズレジョブってことは無いよね」


 RPGにおいて、使えるキャラクターは、パラメーターが先鋭的だ。


 虎太郎やユウ君みたいに、個性がくっきりとしている。


 個性が尖ったメンバーを組み合わせ、長所短所を補い合うことで、パーティーとして高度に機能する。


 反対に、使えないキャラは、パラメータが無個性だ。


 何をやらせても中途半端で、パーティーの足を常にひっぱる。


「「「……」」」


 三人が一斉に顔を背けた。


 無言でありながら、その反応の雄弁なことよ。


「やっぱりそうなんだ。俺のジョブは役立たずなんだね」


 じわりと、目元に涙がたまる。


「だ、大丈夫だよ。き、きっと今後の成長次第でなんとかなる……はず」


「私はどんなできない子だって見捨てたりはしないぞ。……多分」


「……ファイト」


「会長、慰めるなら、もっと言葉を尽くしてください」


「だ、だって仕方ないじゃ無い。そんな先行きのないジョブをどうして新山君が選んだのか不思議でしょうが――」


「しっ! 篠原。珪ちゃんが傷つく」


「お、俺だって好きでコレにしたわけじゃない。あの時は、背高亜人トール・ゴブリンに追い回されてて、きちんと選ぶゆとりが無かったんだ」


「ささっ、そろそろ先に進むとしよう」


「そ、そうだね。珪太に教えることはまだ山ほどあるから」


「これ以上、時間は無駄にできませんわ」


 三人は、俺から逃げるように、足早に進む。


「……」


 俺は呆然と立ち尽くしていた。


「か、開始と同時に戦力外通告をされている。……う、ううう」


 自分の置かれたあまりに惨めな境遇に、俺は涙をこらえきれなかった。


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