第23話 新山珪太の誤情報

「さあさ、どんなモンスターだって出てこい!」


 俺は、パーティーの先陣を切って進む。


「どうした! この新山珪太に恐れをなしたか!」


 トモロ平原のまっただ中を往く俺たちの前に、未だモンスターは現れない。


「姿を見せろ! この臆病者ども!」


「け、珪太。恥ずかしいから止めてくれよ」


 俺の隣で、虎太郎が赤面している。


「俺は必死なんだ」


 つい先ほど、事実上の戦力外通告を受けたばかり。


 来期は年俸大幅カットどころか、契約更新さえ怪しいのである。


「なんとしても、ここで名誉挽回をしておきたい」


 そうでなければ、俺の価値は、修復魔法しか残されない。


「君たちが最前線で戦っているのを、俺は、遠巻きに見つめるだけの存在になる。俺にお呼びがかかるのは、メンバーが負傷したときだけ」


 俺の脳裏には、悲惨な未来図が、ありありと浮かんでいた。


「メンバーたちは、俺を救いようのないクズだと思っている。「おい、とっとと来い! このノロマめ」。そいつの足下へ、俺は乞食の笑顔で駆け寄るんだ」


 あまりの惨めさに、言ってて涙がにじむ。


「ぐすっ、修復魔法をかけてやってもさ、ねぎらいの言葉一つもらえない。「ふん、これしか取り柄の無い貴様を飼ってやっているんだ。ありがたく思え」」


「あ、あの、珪太?」


「心をすり減らして、もう何も感じなくなった俺は、「ありがとうごぜいますだ」と、地面に巻き散らかされた施しを、這いつくばって拾い集め――」


「珪太~~っ!! もしもし!!」


「うおっ!? お、脅かすなよ」


「一人で想像をたくましくし過ぎだよ。大丈夫だって。僕たちは珪太のことを、ちゃんと仲間だと思ってるから」


「そりゃ虎太郎は優しい奴だから」


「……別にそんなことないさ」


 虎太郎が仏頂面になる。


(ああ、やっぱりのリアクション)


 優しい心根をした奴に限って、どういうわけか、その部分を褒められたがらない。


(とても立派なことだと思うんだけどなあ?)


 少し思考が脱線した。


「とにかく、珪太はできる奴だよ。みんなが当てにしてる」


「本当か? 正直、あの二人からは、そんな気配を微塵も感じないんだが……」


 俺たちから少し離れてついてくる、女性陣に視線を移した。


「うーん、ポカポカといい陽気だ。本当にピクニックみたいだよ」


「モンスターが出ると言っても、この辺に生息する種族なんてたかが知れてますしね。私たちのレベルからすれば、子ネズミも同然」


「そうだな。どこか抜けてる珪ちゃんも、ネズミ相手に手こずることはないだろう」


「そう期待したいですわ。ウチには、ネズミの捕れない猫を飼っておく余裕はありませんから」


「珪ちゃんが猫ねえ……。さぞかし愛嬌のある顔をしてそうだな」


「間違いなく雑種ですわね。ほほほ」


「あははは」


 大声で笑い合う二人の会話は、俺たちの耳に細部まで届く。


「聞いたか、あの心ない会話を」


 拭いたばかりの俺の目尻に、また涙がにじむ。


「じ、冗談だって」


「百歩譲って、ユウ君は冗談としても、会長は本気に思えてならん」


「ええと、それは……、その」


 虎太郎の目が泳ぐ。


「そ、そうだ。珪太は有季さんと幼馴染みなんだよね?」


「まあ、な……」


「あんな素敵な女子ひとと子供の頃から親しくしてたなんて、うらやましいなあ」


 あまりにも分かりやすい話題のスイッチだったが、今回は見逃そう。


 これ以上あのレール上をひた走っても、自分が傷つくだけなのは、分かりきっている。


「確かにユウ君は子供の頃から毛色が違ってた」


 腕っ節が強くって、義理人情を重んじる。困った人は絶対に見捨てないし、非が向こうにあると思えば、大人が相手でも一歩も引こうとはしなかった。


「そういうユウ君を毛嫌する奴もいた。でも、大した奴だって事は、誰からも認められていたよ」


「そうだろう、そうだろう」


 虎太郎が我がことのように喜ぶ。


「あ~~、実は前から気になっていたんだけどさあ。虎太郎ってユウ君のことを――」


「な、な、何!?」


「……好きだったりするのかなって?」


 虎太郎の顔が、熟したリンゴみたいに変色する。


「バ、バ、バカなことを言わないでくれよ。あ、あの、黒川有季さんだよ。西中のヒロインだ。ぼ、僕みたいな場末のいじめられっ子で出る幕じゃないのさ」


 虎太郎が早口でまくし立てる。


「そうかい? 俺はけっこうお似合いの二人だと思うけどなあ」


「な、な、何をバカなことを――」


「マジでマジで。ユウ君みたいなむこう見ずなタイプにはさ、虎太郎みたいに頭が良くて、優しい奴がよく似合うんだよ」


「~~~~~~」


 今度の虎太郎は、優しいと言われても、気分を害することは無かった。


「ま、性別の壁はあるけどさ。今はそんな時代じゃないし」


「……え?」


「とにかく、俺は全面的に虎太郎を応援するよ。世間の常識になんてとらわれず、ぜひとも道ならぬ恋を成就させて――」


「珪太ちょっと」


「ん?」


「さっきから何を言ってるんだい? 性別の壁? 道ならぬ恋?」


「だって、ユウ君は男じゃないか」


「…………は?」


 投下された言葉の原爆に、虎太郎が絶句する。


「だから、黒川有季ゆうきは、男性だ。子供の頃から一緒だった俺が言うんだから間違いない。どうして女装男子になってしまっているのかは、皆目分からないけども」


「――――――――っ」


 念のため、補足をしておこう。


 これはまごう事なきデマである。


 黒川有季ゆきは、歴とした女性だ。


 この一件に強いて教訓を求めるのなら、子供の頃の記憶なんてものはひどく曖昧で、信用に足らないもの、ということだけ。


 俺の記憶違いが、虎太郎を傷つけたことは詫びよう。


 ただ、これだけは言わせて欲しい。

 

 この一件は、後々笑い話になる、たわいのない一幕に過ぎないはずだったのだ。


 ここが奇々怪々のはびこるゲーム空間で、小さな種火に、化学燃料をぶちこむ奴だらけだったことが問題だった。


 悪いのは、けして俺じゃ無い。


 小さな誤解が大事件に発展するまで、あと一時間。


                  〇●〇


「うーん、どうしてモンスターが一匹も出てこないんだ?」


 あれからトモロ平原を、東に西に歩き回ったが、エンカウントは一度も起きていない。


「ウサギや鳥の姿もまったく見えなくなってしまった」


 無人の荒野を流れる風は、いつしか冷たさを帯びる。


「もう夕暮れか」


 西の地平線に、太陽がゆっくりと近づいていく。


 現実世界とゲーム世界の時間はリンクしているらしい。


「そろそろ帰宅しないとな。日没になってもモンスターに遭遇しなかったら、今日はもう現実世界に戻ろう」


 ユウ君の発言に、会長も俺もうなずくが、


「……」


 虎太郎だけは一切の無反応であった。


 その瞳には何も映ってはいない。


「どうした? トラ君」


 心配げにユウ君が歩み寄る。


「うわっ、わわわ」


 肩に手を触れられると、虎太郎が怯えたように後ずさった。


「どうしたんだ! さっきから何か変だぞ」


「ご、ごめん。何でも無いんだ」


「トラ君?」


「ごめんなさい。僕が全部悪いんだ」


 そう言って虎太郎は駆け出す。


「あ、おい!」


「ユウ君はここにいてくれ。俺が追いかけるから」


「ト、トラ君は一体どうしたんだ?」


「どうしただって? よくもそんな台詞が言えたもんだよ!」


「なっ!?」


 俺に怒りの目で見られ、ユウ君が狼狽する。


「ユウ君の人生は、ユウ君だけのものだ。どのように生きようともそれは君の自由だし、君だけの責任だ。ただ、その陰で、虎太郎のように涙するものの存在を、けして忘れてはいけない!」


 言い捨てると、俺は虎太郎の後を全力で追いかけた。


「珪ちゃんは、何を言ってるんだ?」


「私にバカの思考回路が理解できるわけもないでしょ」


 篠原会長は、にべも無かったと言う。


 しばらく走って、俺はやっと虎太郎に追いついた。


「しっかりしろ、大丈夫か?」


「うう、珪太」


 虎太郎は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔をこちらに向けた。


「好きなんだ、やっぱり」


 虎太郎が苦しげに言う。


「男子だと分かっても、それでも僕は有季さんのことが好きなんだよ。うう、うううう」


「いいから、ほら」


 俺がハンカチを手渡すが、それは涙の関としては役不足だった。


「ぼ、僕はどうしたら良いんだろう?」


 俺は彼の両肩をしかとつかんだ。


「お前の言ってることは全然おかしくは無い」


「え?」


「大丈夫だ。自分に自信を持て」


 常識に苛まれているであろう彼の心中を思うと、俺の心も張り裂けそうだった。


「け、珪太……」


「世の中はもう変わったんだ。男だとか女だとか、異性だとか同性だとか、そんな些細なことで苦しむのはもう止めにしよう」


「い、いいんだろうか? 僕は有季さんを好きで良いんだろうか」


「もちろんじゃないか。お前の気持ちが過ちだと言う奴がいるのであれば、ここに連れてこい。俺がそいつをぶん殴ってやる」


「珪太」


「虎太郎」


「珪太!」


「虎太郎!!」


 真心を通じ合った俺たちは、ローブと革鎧を密着させて、抱き合う。


 諸悪の根源と、その被害者による抱擁は、希有と言って差し支えない。


 事件発生まで、残り三十秒。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る