第11話 森の王

 苦悶の顔に彫られた岩々に囲まれ、俺は、再びゲームの世界に立っていた。


「あたりにモンスターの姿は……、ふう、いないか」


 とりあえず、開始即キルだけは免れた。


「それにしても、この世界にまた来る羽目になろうとはな……」


 しかも今度は自分が人助けをする側だとか?


「悪い冗談だよ、まったく。一体全体、昨日から俺の周りで妙なことが多すぎるぞ」


 俺を助けた白装束が会長だったり。


 西中のヤンキーのトップと知り合ったり。


 いきなり訳のわからん風攻撃を受けたり。


 攻撃してきた相手を助ける羽目になったり。


「おっといかん。今はそんなことを考えてる場合じゃなかった」


 謎のモンスターに襲われているであろう、要救助者ふうどうしを求めて、森へと駆け出した。


 妖樹の森の内部では、相も変わらず、奇々怪々な植物群がうごめいている。


 その中を、俺は当てもなく走り続けた。


『うわあああ!』


 悲鳴が、俺の耳に届いた。


「こんなにあっさり見つかるか! 運がいい。……いや、ラッキーなのは風導師あっちの方だな?」


 むしろ、俺個人としては、不運とさえ言えた。


 とは言え、声の方角へ全力疾走をはじめる。


 途中、歩く樹に何度か行く手を阻まれたが、


「ええい、どけ!」


 手にした剣を振り回すと、妖樹たちはあっさり道を開ける。


「いたな!」


 暗色にまみれたこの森で、例の新緑色のローブは、とても目立つ。


「大丈夫か! 助けに来たぞ! 一応!」


 俺が声をかけると、


「あ、あああう」


 風導師は、俺に駆け寄って来る。


 向かい風の勢いで、フードがめくれた。


「!?」


 そこから現れた顔は、まさに絶世の美少女のものであった。


 俺の記憶の中で美人にカテゴライズされていた顔たちが、一斉に色褪せる。


 少女の美貌はあまりにも圧倒的であった。


 そんな美少女が、俺に抱き着いて、


「た、助けてください」


 と、潤んだ瞳で見上げてくるのである。


 俺はもうしどろもどろであった。


「だ、だだだ、大丈夫ですか。お、お、お、お嬢さん」


 女子の友達にさえ不自由する俺にとって、このシチュエーションは刺激的すぎた。


「お嬢さん?」


 少女の美しい顔が、苦々し気に歪む。


「僕は男です!」


「………………!!??」


 衝撃的発言に、俺は、現状の一切を忘れた。


「えええ!? そんな!? こんな美少女が?!」


 俺の言葉に、少年(?)はさらに目を吊り上げる。


「美少女なんてやめてください! れっきとした男子にそれは失礼でしょうが!」


「そ、そうは言っても……」


 究極の造形美とも言える顔立ち。


 こんな奇跡を目の当たりにしては、神様のミスさえ疑われてしまう。


「みんなそうだ。いつも僕の気持ちなんてお構いなしで!」


 美少年が地団駄を踏む。


「あなたには、僕がこの顔でどれほど苦労をしてきたか分かりますか?!」


「え?」


「好きな女の子に、「ごめん、荒井くんとは並んで帰りたくないの。私の不美人さが際立っちゃうから」と敬遠されたり!」


「は、はあ……」


「一部の男子生徒から異常に熱っぽく見つめられたり。妹にもこの顔が原因で距離を置かれる始末です。どうしてくれるんですか!?」


「お、俺に言われても……」


「西中に入ってからは特に最悪ですよ。バカ共に目をつけられて、イジメまがいの――」


「コォォォォ!!」


 少年の熱い独白に、奇妙な吠え声が割り込んだ。


「な、なんだ! 今の声は!?」


 獣でも鳥でも爬虫類でも無い。


 俺の14年の人生で、初めて耳にした種類の声であった。


「ああ、あいつが追ってきたんだ」


 少年が、俺の背後に隠れた。


 森の木々をなぎ倒して、そいつが現れた。


「!?」


 それは天高くそびえる、一本の大樹であった。


 もちろん、このあやしの森に生えている以上は、尋常な木であるわけもない。


 無数の根を足代わりに歩行する様は、ムカデを彷彿とさせる。


 野太い二本の枝が左右に配され、それらが腕の所作を担当していた。


 幹の中央に、三つの穴がある。


「シミュラクラ現象……じゃないよな」


 人間の脳は、三つの点を見れば、顔と誤認する現象を起こすらしい。


「そんな訳ないでしょう!」


 美少年に即座に否定される。


「ココォォォ!!!」


 下穴が横に大きく拡がって、咆哮が放たれる。


 上の二つの穴が、逆三角形に吊り上がって、俺を睨みつけた。


「アレは妖樹王です。この『妖樹の森』で一番強いモンスター」


「な、なんでそんな厄介なモンスターに追い回されてるんだよ!」


「好きで追われる訳がありますか!? そもそも、アナタたちが追跡をさっさと諦めてくれたら、ゲームの中に入る必要なんてなかったのに」


「なんだと! そもそもお前が関係の無い奴をスキルで攻撃しなければ、こんなことにはならなかったんだぞ」


「あれは正当な反撃です。僕には確固たる理由がある」


 俺と少年の都合を、モンスターが斟酌しんしゃくする道理はない。


 無数の脚を蠢かせて、素早く間合いを詰めると、電信柱より太い腕を振り回す。


「だあああっ!?」


「うわああっ!?」


 俺と少年はもんどり打って、森の中を転がるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る