第25話 新山珪太は綱渡り


「どけっ、虎太郎!」


 死神蜂の標的が自分であると悟った俺は、すぐさま傍らの仲間を突き飛ばした。


「け、珪太!?」


「妖樹王を倒したときのフォーメーションだ!」


 俺が前衛、虎太郎がバックアップ。


「り、了解」


 虎太郎が後方に駆け出す。


 ブブブブブブッ


 けたたましい羽音を轟かせて、巨大モンスターが俺に急接近する。


 棘が密集した腕が、大きく広げられた。


 左右に長く伸ばされたそれは、死の抱擁の準備であると同時に、俺の回避を妨げる柵の役割を果たす。


「……むん」


 しかし、この困難な状況を前にして、俺に動揺はない。


 ゆっくりと、新調したばかりの愛剣を抜きはなつ。


(道が無いなら、切り開く)


 夕焼けを浴びた片刃剣が、あかね色にまたたいた。


 瞬間、俺の振り下ろした刃が、敵左腕を切り落とす。


「ガギッ!?」


 ほぼ同時に、さっきまで左腕があった空間に、自分の身体を飛び込ませた。


 俺は安全圏に脱する。


「す、すごい、珪太! 見事な剣さばきだ」


「ふふふ、どうだ。伊達に今日まで生き延びちゃいないぜ」


 死地を乗り越えた経験が、俺の戦闘技術を飛躍的にレベルアップさせていたのだ。


(実戦に勝る訓練は無い……だったっけ? よく言ったもんだ)


「バチバチバチッ!」


 平原に、死神蜂の怒りの威嚇音が轟く。


 地面すれすれを飛翔させていた身体に、大きく高度を取らせた。


 急上昇した巨躯が、たちまち地表にとって返す。


 下腹部の大刃が、大地に突き立てられた。


 衝撃で、俺の足下が激しく揺れる。


「げげっ、あのモーションは!」


「気をつけて、あれが来る!」


 そう、岩盤犀を一刀両断にした、あの無双攻撃。


「ギギガガガッ!」


 硬い地面をピザみたいにカットしながら、巨大刃が大地をはしる。


「うわわわっ!?」


 一瞬前の余裕はどこへやら、俺はトモロ平原を逃げ惑う。


 だが、敵の刃は、俺のジグザグ走行にぴったりと追従してくる。


 魔法戦士はスピードに乏しいジョブ。


 あと十数秒後に、俺の身体が背中から両断されるのは明らかだった。


「く、くそおっ!」


 覚悟を決めて、俺は死神蜂に向き直った。


 俺の助かる方法はただ一つ。


「いひひひっ」


 昨日の戦いに続き、またも頭のネジを緩める羽目になる。


 俺は、脚を止めて、迫り来る大刃をにらみつけた。


 俺と死神蜂の間に存在する、しなやかな草花、もろい老木、頑強な自然岩。


 ギロチンじみた大刃は、すべてを区別無く切り裂き、突き進んでくる。


 非業の死が、あと数秒先に迫る。


(まだ)


(まだ)


 大刃の吹き飛ばした土くれが頬を打ちだす。


(まだ)


(まだ)


 鋭い刃先が、俺の前髪に触れ――


(今っ!!)


 俺は素早く横に跳ぶ。


 大量の土飛沫つちしぶきを巻き上げながら、俺のすぐ脇を、死神の鎌が通過していった。


「ギギ、ガッ!?」


 死神蜂は、刃を地面に突き立てたまま、すぐに旋回運動に入る。


 再び、俺への直線コースに乗った。


 またもや、寸前で身をかわす。


「ぐぐぐっ」


 刃を際際きわきわのところでやり過ごす度、寿命が一月は縮む。


 回避に必要とされる集中力ときたら、針の穴に、糸を二本同時に通すかのようであった。


「け、珪太……」


 こちらを見つめる虎太郎が、息を呑むのが伝わってくる。


(でも、俺にはこれしか出来ない)


 スピードに難がある奴が、中途半端な回避をしようものなら、かえって敵に攻撃軌道を修正する機会を与えてしまう。


 ギリギリでの回避だけが、俺の助かる唯一の道だった。


(スペックの足りない奴は、いつだって綱渡りを求められる。ちくしょう! 学校だけで無くゲームの中でまで、こんな惨めな思いを)


 悔し涙をこらえながらも、針先のように澄ませた集中力だけを頼りに、俺は4度、死神蜂の大刃をかわしきった。


 着地と同時に、敵の方向へと向き直る。


 死神蜂は再び俺の方へと軌道を変える―――、と思いきや。


「おや?」


 下腹部の大刃を大地から引き抜くと、ゆっくりと高度を上げはじめた。


「あ、あの攻撃をやっと止めてくれた……」


 安堵しかけた俺を前に、死神蜂は奇妙な動作をみせだす。


「ギギギ、ガギッ!」


 小刻みに身体を揺すりながら、ひらひらと飛翔する様子は、ダンスと表現して差し支えが無い。


「気をつけて! 何か様子がおかしい」


「なんだ? 何か企んでるのか?」


 俺は最大レベルの警戒感を持って、死神蜂の動きを注視した。


 死神蜂の動作は一言で表せば円鎖であった。


 最小単位となる円の動きを、鎖のように繋ぎ合わせて、一つの流れの動きとなる。


 円は、縦に横に前後に、複雑に絡み合う。


(上、右、左、下、手前、奥、上、右、下――――)


 俺は、自然と、円鎖の順番に規則性を探す。


 それは人間ならば当然であった。


 洪水はどんな時に起きるのか?


 地崩れの予兆は?


 山火事の原因は?


 自然の法則を目ざとく発見することで、人類はここまで生き長らえ、そして進化することができたのだ。


 ただ、今回ばかりは勝手が違う。


 具体的には、俺の思考がコントロールを受けている点が。


 俺は、死神蜂の小さな動きに目をこらす。


 結果、木を見て森を見ず、という状態に陥る。


 森とはこの場合は方角を指した。


 自分の視線がある方角に誘導されていることに、俺はまったく気づけない。


 南の空を舞っていた死神蜂が、さりげなく西へと近づいていく。


 俺は何も気づかず、目で追い続ける。


「だ、ダメだ。珪太!」


 全体を俯瞰できる位置にいた虎太郎が、罠に気づいた。


 しかし、助言は間に合わなかった。


 今は黄昏時。


 地平線と重なった太陽が明々と輝き、俺の視界を赤く染め上げた。


「!!?」


 時間にしてほんの1秒足らずだが、完全に敵を見失う。


「ど、どこだ?」


 復旧した視界のどこにも、死神蜂の姿は無い。


 東西南北を見渡しても、影も形も無い。


「け、珪太の思考にフタをして、視線を太陽まで誘導した!? モンスターに出来ることじゃない!!」


 虎太郎の声は、けたたましい羽音にかき消され、俺の耳まで届かない。


「ど、どこだ! どこにいる!?」


 音はするが姿はどこにも無い。


『開発者の力作』


 やる気のないナビゲーターの言葉が、俺の耳奥でリフレインした。


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