第26話 おしゃべりな死神
一瞬の目くらましの後、俺と虎太郎の前から、こつ然と消えた死神蜂。
殺人兵器とも称すべき巨大モンスターを見失った俺たちは、当然のごとく恐怖と混乱に苛まれた。
「どこだ! どこに消えた!?」
目を血走らせて周囲を見渡すも、あの巨体は影も形もない。
「け、珪太!」
虎太郎が、悲鳴じみた声を上げた。
「わ、分かってる!」
たった今、この平原に満ちていた死神蜂の羽音まで、完全に消え去った。
(奴が、俺たちの前から逃げ出してくれた訳もない)
事実、敵の視線は、先ほどから、痛いくらいに感じられるのである。
それでいて、こちらからは何も分からない。
「う、う……」
その場にへたり込んで泣き出したい衝動を、俺は必至にこらえる。
「!??」
不意に俺の左足が地面を蹴った。
脳髄はなんら命令を下していない。
五体が
「え? へ?」
次の瞬間、死神蜂が轟音と共に、天から降ってくる。
「あ!?」
虎太郎が叫んだときには、敵下腹部の大刃が、勢いよく地面に突き刺さっていた。
その時の衝撃たるや、ミサイルの着弾とも比肩しうる。
白い衝撃波が地表を走り抜け、大地が砕けてめくれ上がった。
土と岩の塊が、いまだ中空にあった、俺の五体を打ち据えた。
「がはっ!!」
全身を鈍い痛みが駆けめぐる。
俺は激しく地面を転がった。
(や、奴は人間の眼では米粒にしか見えないほどの上空にいた)
(あの一瞬でそんな高度まで? 恐るべき飛翔能力)
(何で俺には、奴の自由落下攻撃を察知できた?)
(死地から生還した人間の中には、第六感に目覚めるものもいるとか?)
(今はそんなことを考えている場合じゃ無い!)
「ぐぐぐ」
剣を杖代わりに、身体を無理矢理起こす。
同時に、死神蜂は、大刃を地中から引っこ抜いた。
敵愾心にあふれた視線が交錯する。
「すうはあ、すうはあ」
静かに息を整えながら、全身のダメージチェックをする。
(……やれやれ、あの長い買い物に感謝することになろうとは)
新調したての防具に守られた俺の身体に、修復魔法を要する程の負傷は無い。
うずく痛みはあるが、それはむしろ闘志の燃料に転用できる。
「味なまねをしてくれたな。借りは倍にして返すぞ」
意気揚々と反撃宣言をした俺だったが、
「逃げるよ、珪太」
思いがけず、虎太郎に水を差される。
「た、戦いはまだまだこれからだろう」
「ダメだ。あのモンスターは僕らの手に負える相手じゃ無い。三十六計逃げるにしかずだ」
「で、でもこれは強制イベントなんだぞ。終わらせないと【ゲームアウト】が使えない」
先日の妖樹王戦において、俺たちがゲーム外に逃げ出せなかったのと、事情がかぶる。
「二手に分かれて有季さ……、有季くんたちとの合流を図る。敵に広範囲攻撃オプションは無い。どちらか一方は確実にたどり着けるはずだ」
「いやいや、言ってることがおかしいって。たどり着けなかった方はどうなるんだよ」
「……」
「ま、まだ一人を切り捨てるような窮状じゃないだろう」
「珪太、どうか気づいてくれ。僕らはとっくに追い詰められているんだよ。この段階で手を打っておかないと、全滅は必至だ」
「……くふふふ」
平原に笑い声がこだました。
「なに!」
「だ、誰!?」
俺と虎太郎が、死神蜂を警戒したまま、周囲の気配を探る。
しかし、この場に新参者の姿は認められない。
「たったあれだけの戦闘で、埋めがたい実力差を察知するとは。なかなかの先見性と言えるだろう。ふふふ、人間もそうバカにしたものではない」
「「モ、モンスターがしゃべった!?」」
妖気ただよう声は、間違いなく目の前の怪物の口から発せられている。
「さて、自己紹介が遅れましたね。正直する必要もないと、はじめは思っていましたが」
死神蜂が
「私の名はグエンと申します。イベント終了までの短いお付き合いとなりますが、何卒よろしく」
「「……」」
俺と虎太郎は呆然と顔を見合わせた。
「ち、知能が高いことは予測できていた。でもまさか、言語を操ることまでできるだなんて」
「グ、グエンってなんだよ。お、お前の名前は死神蜂じゃないか。あのナビゲータの
「なんと愚かな。種族名と固体名の区別もつけられないとは」
死神蜂が大仰にため息をついてみせる。
「しかし、それが人間の本質と言えるのかもしれません。自分が唯一無二の己であることより、集団に埋没することを好みたがる愚かな種だ」
「は、はあ……」
正直、言っていることが難しすぎて、俺はバカにされていることさえ気づけなかった。
「自己について、ずいぶんと深い見解をお持ちのようで」
緑のローブを翻して、虎太郎が俺より前に出た。
「
死神蜂の台詞には、聞き捨てならない単語が含まれていた。
「親だって! それはお前、一体どういう意味――」
死神蜂を難詰しかけた俺だったが、「珪太、僕にやらせて」と、虎太郎に小声でいさめられる。
「グエンさんのおっしゃる親とは、生物学上の用語と捉えてよろしいのでしょうか?」
虎太郎が訊く。
「ふ、はははは。やめてくださいよ、笑わせるのは。そんな訳があるはずないじゃないですか」
死神蜂が哄笑した。
「我々にとっての『親』。それに該当する人間の言葉は一つしかありません。それはすなわち、『神』」
「か、神……サマ?」
「そう、神です。その中でも最も偉大なる創造神。我らが
死神蜂が、陶然とした様子で、朱色に染まった天空を見上げた。
その隙に、俺と虎太郎が目配せし合う。
(このモンスターは何かとてつもないことを知っている)
(うん、それはもしかしたら、篠原さんが希求していた、このゲームの制作者についての情報かもしれない)
死神蜂が、再び俺たちを見た。
「失礼ながら、グエンさんは、この世界がどのようなものかをご存じなのでしょうか?」
間髪入れずに、虎太郎が尋ねる。
「この世界の外側に、人間たちの住まう別の世界が存在していることは、私のように知性あるモンスターにとっては周知の事実です」
「~~~」
「~~~」
刃を
両者ともに言葉の端々にまで神経を張り巡らせ、一言でも多く、相手から情報をかすめ盗ろうとしている。
(い、居心地が悪い)
このような戦局ににおいて、俺に仕事はない。
せめてタイミングを外さずに合いの手を入れて、参加している感を醸し出す。
「そ、そんなことが」
「むむむ」
「おお~」
自分のやっていることが、クラスでの冴えない役どころと変わらないことに気づくと、
「はあ……」
俺は一人うなだれた。
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