第4話 治癒光
気が付くと、俺は自宅の居間にいた。
「キャンキャンキャン」
愛犬が、俺の足元をグルグル駆け回る。
「ああ、シロ。よかった。君にまた会えた」
その痩せた身体を、抱きしめる。
シロは俺の匂いをしきりに嗅いでいた。
争乱とは無縁の、穏やかな時が流れる。
「それにしても、今の体験は一体……」
白昼夢と結論付けてしまいたいのだが、くっきりと刻まれた背中の傷が、それを拒む。
「よくもまあ、無事に帰って来れたもんだ」
洗面所の鏡で、長い傷を見て、心底そう思う。
「深い傷でなくて本当によかった。まあ、夏服がおしゃかになったのは、惜しいけど」
冷たい水で顔を洗う。
「あの世界は一体何だったんだ。こんなことが現実に起こりえるだなんて」
平常心を取り戻した俺は、先ほどの出来事を、あれこれ考えだした。
「本当にゲームの中? それともどこかの異世界だったり?」
想像をたくましくする俺だったが、激しく頭を振って、それを中断する。
「いや、考えたってしょうがない。あんな恐ろしい世界には二度と行くもんか」
あのゲームサイトもブックマークから外す。いや、スマホ自体も変えてしまおう。
「ただ、最後になんか妙なことを言っていたな。シークレットスキルがどうとか?」
なんら抑揚のない、ナビゲーターの少女の声が思い起こされる。
「【修復魔法 リタナ】……だったか?」
その字句が奏でられた瞬間だった。
俺の左手のひらが、強烈な光を放ちだす。
「え?」
強くはあるが、深緑の木漏れ日を連想させるような、穏やかさも併せ持つ。
「ワウ?」
光が一挙に膨れ上がった。
その輝きに、俺とシロが包まれる。
「な、なんだ? 今のは!?」
「ワウワウワウワウ」
「シ、シロ?」
愛犬には明らかな異変があった。
健やかな足取りで、狭い洗面所を駆けまわっているのだ。
「お、お前、脚の怪我は?」
シロの激しい動きで、後ろ足の包帯が
あれだけ痛々しかった傷痕が、跡形もない。
「う?」
俺にもまた異変があった。
背中の傷を鏡に映し出す。
「!?」
あの長い傷跡が、忽然と消え失せていた。
「そ、そんなバカな……」
治癒の光を放ったらしい俺の左手に、妙な刻印が押されていることに、気づく。
剣と光を模したであろう、何らかのシンボルマーク。
(もしかして俺、とんでもないことに巻き込まれてないか?)
そして、もう引き返すことはできないのかもしれない……。
俺のこの予感は正しかった。
次なる事件の種は、すでに蒔かれていたのである。
種が芽吹く時は明日、場所は学校と、すでに確定していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます