第5話 ぼっち・新山珪太

 唐突だが、俺の住むこの街は、町村市まちむらしという。


『町村市からやってきました』


 なんて自己紹介をすると、「そこって町? 村? それとも市?」、などと決まって揶揄からかわれる。


 俺は、寝不足の身体を引きずって、町村市立第三中学校の校門をくぐった。


 椅子に着席したと思ったら、あっという間に放課後になってしまう。


「はああ……」


 授業内容なんて一つも記憶に残っていない。


 昨日の超常体験が、頭から離れてくれなかった。


「ねえねえ、また怪盗団ファントムが出たんだって」


「警察が厳重に警戒してた美術館から、展示物を盗み取ったんだってさ。マジカッコいいよね」


 放課後の教室に残った、手持ち無沙汰の生徒たち。


 その多くが、同じテーマについて、お喋りをしている。


「今じゃすっかり町村市の名物だよね。怪盗団。実際、彼ら目当ての観光客もいるらしいし」


「不可能犯罪なんだよ。不可能犯罪! もう、響き自体がイカしてる」


「怪盗団の目的は一体何なのかしら? 今日までに狙われたのは、銀行、ヤクザ、大物政治家、大企業、美術館」


 ――ファントム。


 幽霊の名を冠す正体不明の一団。


 主な活動内容は窃盗行為。


 本来なら、単なる犯罪組織として眉をひそめられるはずが、そのヒロイックな手口やミステリアスさから、高い人気を獲得してしまっていた。


「金さえ持ってれば誰でもいいんだろう。ファンを自称する奴らの気が知れないよ。あいつらはただの犯罪者だぜ?」


「でもイカしてるのは事実じゃない。きっと彼らには、私たちには思いもつかないような遠謀深慮えんぼうしんりょがあるのよ。ついでにきっとイケメンだわ」


「か、顔は関係ないじゃない……」


 クラスのみんなが、熱っぽく語り合う。


「……」


 俺は、どの輪に加わることもなく、どの輪から誘われることもなく、黙々と帰り支度を整えていた。


 ポツン、という擬音が今にも聞こえてきそうである。


(やれやれ、好きで独りでいるわけではないんだけどなあ……)


 しかし、非は明らかにこちらにあった。


 生来の人見知りが災いして、入学式以降、全てのアプローチを袖にし続ければ、こういう立ち位置になるのは致し方ない。


「あ、いたいた、新山くん」


 クラスの女子が一人、小走りで俺の元にやってくる。


「小林さん?」


 クラスの上級グループに属する小林さんは、その社交的な性格で、男女問わず高い人気を誇る。


「何の用?」


 クラスメイトが俺に声をかけてくるのは、用事があるときに限られる。


「特に用事があるわけじゃあ……」


「え!?」


 不覚にも、椅子から腰が浮き上がる。


「私は伝言を頼まれただけなんだ。用事があるのはその人のほう」


 俺は、がっくりと、椅子に腰かけ直す。


「はああ……、で、誰からの伝言?」


「あー、偉い人……」


 小林さんは、指先で頭上を指しながら言った。


「担任の先生のこと?」


「もっと上」


「まさか、学年主任?」


「もう少し上」


「き、教頭先生とか言わないよね」


「そ、それよりも上かな?」


「それより上って、校長先生!?」


「……」


 小林さんは、まだ、指先に天を衝かせつづけていた。


「? 校長先生より、偉い人なんて学校にいるわけが……!?」


 俺の顔から血の気が引くのが分かった。


 いるのだ!


 この中学校には、一人だけ、校長先生より立場が上の存在が。


「し、篠原瑠衣しのはらるい!」


「そう、我らが生徒会長がお呼びなのよ……」


「な、なんで、どんな了見で!?」


 学校の最高権力者が、どうして俺みたいなぼっちに。


「そ、それは私も聞いていないの。ただ、至急生徒会室に来るようにって」


 あまりの精神的ショックから、椅子から転げ落ちそうになった。


「じ、じゃあ、ちゃんと伝えたからね」


 小林さんは逃げるように、いなくなった。


「新山くん、会長に呼び出しを食らったんだって」


「気の毒に。一体どんな悪事を働いたのかしら」


「アイツともこれでお別れかもしれないな。悪い奴ではなかったのになあ」


 先ほどまで怪盗団一色だったクラスの話題は、いつの間にか俺のことにすり替わっている。


 一様に憐れむ目が、全方向から注がれた。

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