第8話 ヤンキー・黒川有季

『終点、赤梅三丁目となります~』


 バスから降りた乗客たちは、思い思いの方向に散らばっていく。


「こっちですよ」


 赤梅初心者の俺は、会長の誘導に従うよりない。


「赤梅と言っても広いですよ。その人はどこにいるんですか?」


「市立西中です」


「え! あの西中?!」


 県最大の不良校として名高い?!


「はい、そうです」


 目的地が近づくにつれ、道端にはゴミが増え、スプレーの落書きが目につきだす。


 ガラの悪い学生たちと、すれ違った、


「ヒョウヒョウゥゥ!」


「ケケケケッ!」


 意味不明の奇声で威嚇され、俺はビビり上がる。


(うう、帰りたい)


 西中の校舎は、思いのほか立派なものであった。


 採算度外視で改造された三中ウチとは比較にならないが、外観だけなら進学校として通用しそうである。


「噂では、『学校中の窓ガラスが割られていて、壁一面に裸の女性が描かれている』とか言われてましたけど」


「そんなわけありますか! ここはれっきとした公立中学校ですよ」


 俺たちは校内を散策しだす。


「ただ、不良の数はやっぱり多いですね」


 おおむね、遭遇する三人に一人は、気合の入った髪型をしている。


 篠原会長がきょろきょろと辺りを見渡す。


「うーん。黒川さんが見当たりません」


「もう帰宅したんじゃないですか? ですから、早く俺たちも帰りましょ――」


「おい! お前ら、何してる!」


 髪を逆立てた男子が一人、俺たちに歩み寄って来る。


「ヨソの学校の奴らが、なにウロチョロしてやがんだ!」


 その怒声に反応して、他の不良も集まりだした。


「じつは黒川有季ゆきさんを探しておりまして」


「「「!?」」」


 不良たちの顔色が変わった。


「黒川さん? ウチのトップに何の用だ!?」


 不良たちの声の凄味が増す。


(えええ!? そ、その人って、西中のヤンキーのリーダーなの!?)


 クラリと眩暈めまいがした。


「用件はなんだ!」


「端的に言うなら、素晴らしい吉報を届けに来た、というところでしょうか。ほほほ」


 会長は、いかつい男たちに囲まれながらも、いつもの調子を全く崩さない。


(ひ、ひいい)


 対照的に、俺は今にも小便チビりそうである。


「てめえ、バカにしてんのか!」


 不良の手が、会長ではなく、俺の胸倉に伸びた。


「やっちまうぞ、コラ!!!」


「あ、あのあのあの――」


「あっ、佐竹くん」


 不良の一人が、明後日の方向を向いた。


「なんだ? ゾロゾロと顔つき合わせて」


 最寄りの教室から、低い声と共に、一際でかい不良が姿を現す。


 身長はゆうに180センチを超えていて、横幅もある。


 この体格に道を塞がれたら、大人だって震えあがるに違いない。


 だから俺が心底泣き出したくても仕方がない。


「ヨソの生徒がなんで校内に?」


「なんでも、黒川さんに用があるらしくて」


「リーダーに?」


 佐竹とかの眉間にしわが寄った。


「はい。私は黒川さんと親しくお付き合いさせていただいている者です」


「!!!」


 佐竹の目がかっと見開かれた。


 その大型の拳が肩まで引き絞られて、放たれる。


 激しい音と共に、深い打痕が、壁に刻み込まれた。


 丁度そこには、非常ベルがある。


 ジリリリリリリ


 警報音が学校中に鳴り響いた。


「さ、佐竹くん? な、何を――」


「ひえええ!! 三中の篠原瑠衣だあ!!!」


 甲高い悲鳴を上げて、佐竹くんが逃げていく。


「さ、三中の篠原だって」


「あ、悪逆の独裁者!」


「金正日の隠し子!」


「スターリンの生まれ変わりだあ!」


 不良生徒たちが泡をくって、会長の前から全速で立ち去る。


 無人の廊下に、俺と会長がポツンと残された。


「なんていう人たちでしょう。私はただ黒川さんの居所を訊いただけなのに」


 会長は顔を真っ赤にして怒っている。


「たまにあるんですよ。私の三中での精力的な活動が、極めて湾曲されて伝わって、このような風評被害を生み出してしまう。まったく嘆かわしい」


「そ、そうですね」


 風評被害ではないことを、俺はよく分かっていた。


 会長の去年一年間の所業が、極めて正しく伝わっているからこそ、彼らはあのようなリアクションを取ったのである。


「ほ、本当に困ったものですね」


 もちろん俺に、そのことを指摘する勇気などない。


                 〇●〇


「それにしても困りました」


 校内が大騒ぎになってしまったので、会長と俺は、校舎の裏側にいったん避難している。


「黒川さんの姿が、一向に見当たりません」


「さっきから校門を見張っているんですけど、それらしい人はいませんか?」


 会長は首を横に振った。


「本当にもう帰宅してるんじゃあ?」


「あ! もしかしたら!」


 会長が駆け出した。


 慌てて後を追った俺は、大きな木の横で、会長に追いつく。


「立派な樹ですねえ」


 深い緑色の葉が、空を隠すように覆い茂っていた。


 根元には金属のパネルが設置され、この樹の歴史が長々と記されている。


「どうも、西中にとっては大切な樹みたいですね」


「新山くん。この樹をちょっと蹴飛ばしてください」


「は、はい!?」


「さ、早く」


「い、イヤですよ。なんでそんなことを」


「どうしても必要なことなんです。ささ、人が来る前に早く」


「よ、よそ様が大切にしているものを、どうして蹴飛ばさないと――」


「早く!」


「う、うう」


 足をゆっくり浮かせると、なよなよとした横蹴りを放った。


 幹はわずかに揺れて、枯れた葉っぱが、一枚落ちてきた。


「そんなのじゃダメです。もっと全力で」


「そんなこと言ったって」


「誤解の無いように言っておきます。これはお願いではありません。三中の生徒会長としての命令です」


「くく、……ええい、クソ!」


 権限を使われては抗う術もない。


 俺は樹から少し距離を取ると、助走からの飛び横蹴りを見舞う。


 轟音と共に、樹木が激しく揺れる。


 枝葉にとまっていた鳥たちが飛び去り、若葉が乱れ落ちる。


「うわあああああ!?」


 同時に、悲鳴が一つ、俺の頭上から降ってきた。


「へ?」


 衝撃!


 落ちてきた何かが、俺の身体を直撃する。


「!! ?? !?」


「あ、あ痛たたた」


 俺に馬乗りになっているのは、ヤンキーファッションに身を包んだ、一人の少女であった。


 髪は金髪、肌は褐色、改造した制服をだらしなく着こなす。


「ごきげんよう、黒川さん。やっぱりここでしたか」


「む?」


 金髪の少女が、会長を見上げる。


「よくこの樹に昇って居眠りをしていることを、すっかり忘れてました」


「ぐげっ! 篠原瑠衣!」


「はい。貴方のパートナーの篠原瑠衣です」


「じ、冗談はよせっての!」


 黒川有季が立ち上がった。


「私はお前と手を組んだつもりはない。これから組むつもりもない」


「ほほほ、黒川さんたらご冗談がお上手で」


「私は大真面目だ。自分にとって不都合な発言を、全て冗談と捉えるのは止めろ!」


「黒川さん。そこに転がっているのが私たちの新しい仲間です」


「は!?」


「ど、どうもはじめまして」


 俺が地べたに横たわったまま会釈する。


「仲間だと? じゃあ、お前もあのゲームを?」


「はい、たまたまプレーしちゃいまして」


「運の悪い奴だな」


「自分でもそう思います」


「一つだけ忠告してやる」


「はい?」


「篠原とは直ちに縁を切れ。こいつとパーティーなんて組んでしまった日には、命がいくつあっても足りやしない。私はもう、それをイヤって程味あわされてるんだ」


「またまた。黒川さんは本当にジョークがお好きで。ほほほほ」


大本気おおマジだ!」


 その後も、黒川有季は大声でがなり立て、それを篠原会長は笑顔でやり過ごした。


(んんん?)


 俺は、クッションにされた痛みも忘れ、この黒川という少女をじっと見つめていた。


「見覚えがある?」


 彼女の声が、目つきが、まとう雰囲気が、俺に何かを訴えてくる。


 しかし、俺に該当する記憶はない。


「???」


「だからお前は!」


「ほほほほ」


 噛み合わない会話を続ける二人を、俺はぼんやりと見つめつづけた。

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