第56話 プランABC(3)


 肌を刺すような山風の冷たさを、なんら感じとれない。


 俺は、ロッジから突如現われた、2人の人物を、呆然と見ていた。


 言わずもがな、俺たちのパーティーメンバーを拉致した、憎むべき2名である。


 これから、俺たちは、ロッジに忍び込んで、状況にいかんよっては、この二人を強襲する予定であった。


(ま、まさか、この二人の方から、表に出てくるだなんて)


 将棋で例えるなら、堅牢な穴熊という囲いを、自分から解いたようなもの。


 ボクシングに例えるなら、俺の心境は、出鼻にカウンターをもらったようなもの。


(!?!?!?)


 うろたえていた。


 このとき、隣で同じように身を伏せていた、ユウ君が、そっと俺の腕に手を置く。


(落ち着け)


 と、目が言っていた。


 わずか1メートルと離れていない、彼女の姿だが、この真っ暗闇の中では、ほとんど視認できない。


 彼女の指が、俺の腕の上を、そっと動く。


(きづいてない)


 と、書かれた。


 俺は、10メートルと離れていないところにいる、二人組をハッと見上げた。


 確かに、男たちの様子に、緊張感は皆無だった。


(俺たちに気づいて、出てきたわけじゃないのか?)


 男たちは、ロッジの扉を開けたまま、出支度を整えている。


 ロッジの扉からは、屋内の強烈な光が漏れ出ていて、二人の姿は、くっきりと浮かび上がっている。


 反対に、その光が、周辺の闇を濃くし、そこに潜む俺たちの姿を、光の中にいる二人からは見えなくしていたようだった。


 それでも、何か一つ物音でも立てるようなことが、あれば、たちどころに存在を気取られる距離である。


 俺とユウ君は、必死に気配を殺すよう、努める。


 不意に、山風がまた吹いた。


「おー、さぶっ」


 男の一人が、気の抜けた声を上げた。


 まとっていた、穴だらけの赤ローブを、肌に密着させる。


「初夏とは言え、こうも標高が高いと、夜はやっぱさみいなあ」


 男の声には聞き覚えがあった。


 俺たちを焼き殺そうとした男の声を、忘れられるはずもなかった。


(あの、炎烈士!)


 町村市で会ったときは、マスクで顔を隠していたが、今度は素顔をはっきりと確認できた。


 想像通り、いや、想像以上に凶悪な面構えである。


 薄い唇に酷薄な笑みをたたえ、口からのぞく前歯は、サメみたいに尖っている。


 目尻がするどく吊り上がり、ニュートラルの目つきが、一般人の怒り顔より恐ろしい。


 類いまれな、凶相きょうそうの持ち主といえるだろう。


「なあ、怜夢れむよ」


 兇相の男は、すぐ隣にいる、小さな男に、視線を送った。


 小さな男、いや、少年が、頭二つ分高い所にある、凶悪な顔を見返した。


「なに?」


 少年の声には、この凶悪な面構えの人物に対して、なんら臆するニュアンスを感じさせない。


(こいつが、篠原会長の同類かもしれない、三人目?)


 俺は、視界の中心を、男から、怜夢とかいう少年にずらした。


「やっぱ、俺だけロッジに残るってのはダメか?」


 男が言った。


「却下」


 怜夢が、無機質な声で言う。


「お前一人で十分こなせる仕事だろ。俺が行く意味なんてねえじゃん」


「危険が認められる」


「ちぇっ」


 男が、オモチャを買ってもらえなかった、子供みたいな表情を浮かべる。


 もっとも、いくら稚気あふれる表情をしても、男の顔から受ける印象は、和らぎようがない。


 怜夢と男がやりとりをする間、俺はじっと、俺たちとそう歳の変わらない、少年を観察しつづけていた。


(?)


 ここまで、収穫は何一つとしてない。


(なんだ、こいつ?)


 いくら見つめても、何ら感じとれるものがない。


 怖いとも、羨ましいとも、可哀想とも、キレイとも、何の感想も、心に浮かばない。


 顔つき、体格、姿勢、髪型、声音、どこをどう見ても、個性と言うべきものが、何一つない。


『どこにでもいる普通の子よ』


 この少年の知人友人に、少年に関する質問をしたところで、誰しもが、困ったような顔を浮かべて、このような回答しかできないような気がする。


「いいじゃねえか。どうせ、お前なら、朝飯前の作業だろ」


 男は、怜夢に対して、何かせがむようなやりとりを、まだ続けていた。


「確かに、スキルのメンテナンスともいうべき作業は、ボク一人でもできる」


 怜夢の発言に、


(スキル? メンテナンス?)


 俺は、闇の中で困惑させられていた。


 スキルという単語は、もちろん知っている。


 俺たちプレイヤーが使う超常の能力のことだ。


 傷を治癒したり、風を操ったり、攻撃の威力を倍加したりできる。


 メンテナンスも当然知っている。


 車なんかの機械を、性能を維持するため、分解して検査し、部品交換したりすることだ。


 一つ一つはありふれた単語だが、それらをくっつけると、


『スキルのメンテナンス』


 まったく意味不明の語句が、できあがってしまう。


「さっきも話しただろう。君をロッジには残すことには、危険性が認められるんだ」


「俺なら大丈夫だって」


 真琴と言うらしい男が、顔をにやけさせた。少なくとも本人はそういうつもりだろう。


「ふう」


 怜夢が、面倒くさそうに息を吐いた。


 この少年が、はじめて見せた、人間的な感情表現だった。


「ボクたち今、言うなれば戦争状態にあることは、理解できているだろうか?」


「うん? ああ、よーく理解しているよ。くくく。いきなり先制攻撃をぶっこまれたことは、もちろん分かっている」


 真琴は、穏やかな口調で話してはいるが、その薄い唇が、かすかに震えていた。


 いきなり、真琴が、足下の砂利石を、まとめて蹴飛ばした。


 石は、猛烈な勢いで、夜闇を切り裂き、砕けた音をいくつも立てた。


「くそったれがあああ!! あのガキ共、ただじゃ済まさねえぞ!!」


 ドーベルマンの咆吼にも似た、絶叫を上げる。


 あまりの声圧に、ムチか何かではたかれたように、俺の肌に震えが走った。

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神魔のゲーム アリムラA @larala

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