第3章 幽霊対峙
第31話 死闘の余録
「おかしいわねえ? ここにあるはずなのだけど……」
小部屋に積み重なった荷物を、篠原
「そちらはどうですか?」
声をかけられる。
「こ、こっちも見当たりません」
僕、――荒井虎太郎が、足下の箱を開きながら答える。
「うーん、無いと言うことはないはずなのだけど」
ぶつぶつと呟きながら、彼女は次々箱をのぞき込む。
「あの、篠原さん」
「なあに?」
死神蜂との死闘を終え、その後の茶番劇もいちおう落着し、僕と篠原さんは、二人きりであるものを探していた。
「今回のようなことは二度としない、と約束してもらえますか」
極めて重大な事柄こそ、穏やかに口にするべきだと、僕は常々思っていた。
「今回のこと?」
高所の荷物に手を伸ばしながら、篠原さんは聞き返した。
「死神蜂の一件ですよ」
「ああ、本当にごめんなさい」彼女は苦笑した。「あなたたちが大変な思いをしているときに、私一人が呑気に花摘みをしていたのよね。何の申し開きもできません。今後このような失態はけして見せないと――」
「そんな訳ないですよね!」
あまりに白々しい物言いに、つい語気が荒くなる。
「え?」
「あの篠原瑠衣さんが、そんな間抜けをするわけがないじゃないですか」
「それは荒井くんの買いかぶりですよ」
「いいえ、アナタはきちんと気づいていました。その上で、僕と珪太を故意に放置したんです」
「おほほほ、私にそんなことをする理由がないじゃないですか。荒井くんも新山くんも、大切なパーティーメンバーなんですから。……新山くんは(仮)ですけど」
「僕と珪太の
篠原さんの指が触れかけていた箱が、音を立てて転落する。
「あら、いけない。私としたことが」
「僕と珪太が緊急事態に適切に対処できるか。降って湧いた『黄昏時の死神』のイベントを、アナタはこれ幸いと利用したんです」
「ああ、よかった。中身に傷はついてないみたい」
篠原さんが散らばったものを拾い集める。その作業自体には僕も協力する。
「トモロ平原に咲くセレイラの花が高額で取引されるのは、採取が非常に難しいからです」
中身を納めなおした箱を、元の位置に戻す。
「うーん、あと探していないのはこの列だけかしら?」
「あの花は、平原にある、高い岩山の頂上付近にのみ自生します。その高所からなら、僕らの様子は丸見えだったのでは?」
ジョブによる恩恵は、単純な身体能力に留まらない。向上した運動能力をコントロールするために、感覚もまた強化される。
まして、遠距離攻撃ジョブ『聖弓士』に属する篠原さんなら、遠隔地の僕らの様子も、つぶさに観察できたはずである。
「ふう、……どうしていつもこうなるんでしょう」。篠原さんが切なげな声を発した。「私はいつだって真心を尽くしているんです。どのような状況においても、誠心誠意の心構えを忘れたことはありません。なのに相手から返ってくるのは、心ない誹謗中傷ばかり。『すべてお前が裏で糸を引いていたくせに』。『何もかもお前の計算通りか』。ううう、なんて可哀想な私」
「お言葉ですが、本当にそれは
中には言われて当然の事案もあったのでは?
「荒井くん! 死者にむち打つような台詞を、よくもまあ」
「い、いやいや。ご自分のなさってきたことを考えてくださいよ」
「それほど大したことは、まだしてないつもりなのですが」
「よ、よく言いますよ」
三中の異能生徒会長。
ごくごく平凡な田舎の中学校を、世界的でも類を見ない、最先端の教育機関に大改造してしまった。
教育委員会、市役所、県庁、地元企業、地元の名士、反社会的組織、……、ありとあらゆる関係機関と争い、全て服従させてしまった妖怪が、この目の前の少女なのである。
「教師をナイフで刺した奴の顔写真より優先して、篠原さんの顔写真が配られているんですからね。少しは自覚してください」
「あらあら、それは大変。私写真うつりがあまり良くないのよね。おかしな
篠原さんに意に介する様子はなんら無い。「さてと」。彼女は、様々の異なる箱をいくつか抱えた。
「探し物も見つかったことですし、そろそろ戻りましょうか」
「少しはまともに相手をしてくださいよ」
彼女は糾弾者に一度も目をくれない。
「全部、推測ですしね。現時点では私が反論する必要性は感じません」
「……でしょうね」
悔しいが、証拠は何一つ無いのだ。
犯行は必ず証拠を伴う。しかし、今回のケースは『何もしなかったこと』を証明しなくてはならない。証拠が残るはずも無い。
(強いて言うなら篠原さんは僕らの様子を『見ていた』はず。だとすればそのこと自体には証拠は残るんだ)
だが、視認の証拠は彼女の脳内にしか無い。
通常なら、目撃者しか知らないことを暴露させるよう、水を向けるのがセオリーである。
(あの篠原瑠衣を相手に? ……それは到底不可能だ)
僕は、小さくため息をついて、これ以上の追求を諦めた。
(小さな釘を一本打てただけで、今回は
「荷物が僕が持ちますよ」
現代に生きる男子として、女子に荷物を持たせて、自分だけ手ぶらというのは抵抗がある。
たとえ相手が、そういう気配りの必要が皆無な相手だとしても。
「あら、ありがとう」
篠原さんが微笑む。
ふと、僕の中で、好奇心が鎌首をもたげた。
「もし、仮に、僕の言ったことが本当だったとしたら」
「仮に、だったとしたら?」
「僕のテストの点数はいくつくらいだったんでしょう?」
死神蜂を前にしての僕の行動は、この極上の天才のお眼鏡にかなったのか。
これほど興味をそそられる題材も無い。
「ふむ」
篠原さんが初めてこちらを振り返る。
彼女は、「あくまで事後に三人の話を総合しての判断ですが」と前置きする。
「もちろんそれで結構です」
「荒井くんは、言うまでも無くA評価です。あなたのスペックであの状況に置かれれば、私も大体同じ事をしたんじゃないかしら。ちなみに黒川さんも同じくA評価です。彼女の身体能力は流石と言わざるを得ません」
彼女は満足げに微笑む。
「じゃあ、珪太は?」
篠原さんの表情が、春から真冬になった。
「新山くんはE評価です。完全に落第です」
ぶすっと拗ねた子供の顔で、不満をぶちまけだす。
「あの立ち振る舞いはなんです。最初から最後まで、荒井くんにおんぶに抱っこだったじゃないですか。終始状況に振り回されるばかりで、主体性が皆無でした」
「ま、まあ、珪太なりによくやったと思いますけど……」
「全然ダメ。論外も論外です。しかもあのバカは、「俺は手槍蜂を三十匹以上倒した」とか自己申告したんですよ。本当は十一匹しか倒していないくせに」
「!??」
「きーーっ! なんであんな役立たずをパーティーに入れちゃったんでしょう! ああ、全回復スキルに目が眩んだ、かつての私をひっぱたいてやりたい。悔しい悔しい悔しいっ! 絶対にあんなバカ、クビにしてやるんだから」
自分の大失言にも気づかず、子供のように地団駄を踏む天才少女を、僕は呆気にとられて見ていた。
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